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第50話:しのぶの夢

 三月も終わる頃、しのぶは夢を見て起きた。久しぶりのことだった。
 しのぶはこの家に帰ってきて当初、ぶっこちゃんを気にしてぶっこちゃんの部屋の隣の部屋である仏間に布団を敷いて寝ていたのだが、どうも仏間は落ち着かず、ご先祖の遺影と目が合って、見守られているというよりは見張られているような気になって、一週間程で別の座敷に移動した。昔の屋敷なので部屋数は多く、今ではその大屋敷にぶっこちゃんと二人きりなので部屋は使いたい放題である。と言っても普段の生活には持て余し、掃除するところが多いばかりで、しのぶは逆に不自由さを感じていた。
 しのぶが寝室に選んだ部屋は、いつもぶっこちゃんと幸太が日を浴びてのほほんとビタミンDを吸収している縁側に続く部屋で、南側に面しているので風も気も通りが良い。何もないその部屋の中央に来客用布団を敷いて、高い天井を見ながら毎夜眠りにつく。実家の安心感がそうさせるのか、なんだかんだ日々動いているせいか、寝付きもよく目覚めもよく快適さを感じていた。
 ああ、なんか、この家には抜け道があるようだ。
その日、まだ布団の中でしのぶは考えていた。目を閉じているが、脳は覚醒している。つい今しがた見ていた夢を忘れまいと、一生懸命回想している。目を開けた瞬間に忘れてしまいそうで、それを回避すべくスマホをどこに置いたかということも思い出さねばならない。スマホのメモに、記そうと思ったのだ。パソコンを立ち上げるまでに忘れそうだし、紙に書くにも昨今使わなくなった紙とペンの在り処を考える方が困難だったからだ。
 そうこうしている内にも既に前半の部分が思い出せない。しのぶは意を決してゆっくりと目を開けた。
 いつもの天井が、そこにある。今見た夢が本当ならば、この天井の上の、まだその上に屋根裏部屋がある。階段の中腹あたりの天井に、その屋根裏部屋に通じる通路があるのだが、通路の入口は高くて届かない。夢の中では、通路側から入口が開かれて縄梯子が下ろされたのだが、そこに誰かが居たわけではない。しのぶはその縄梯子を上がっていく。人が四つん這いになってギリギリ通れる狭い通路から出ると、そこが屋根裏部屋の空間で、セピア色をしていた。少し、埃っぽい感じがした。そこはどうも、亡き父清一の部屋であるらしいが、清一はいない。どうも、その空間は過去であるらしく、セピア色の色んな思い出が、所狭しと散乱していた。
 しのぶはもそもそと布団から出てきて周囲を見回すがスマホは見当たらない。キッチンに置きっぱなしかもしれないなと思い、しぶしぶ取りに行くことを決意する。が、キッチンに入る前に通路の天井を見上げた。古い造りだけに天井が高い。が、扉などない。そもそもこの家は平屋なので階段もない。
 そりゃそうだよねと思いつつも、もしかしたら一見分からない隠し扉なのかもと思って目を凝らしてみる。
 と、そこに廊下の向こうからよたよたとぶっこちゃんがやってきた。しのぶを見つけるなり
「おじいさんは?」
 と言った。
「山へ芝刈りに!」
 しのぶは条件反射で答える。
「今日はいるわ」
 自信満々に、反抗するぶっこちゃん。
 どうも、いるらしい。そんなぶっこちゃんの言うことも、まんざらデタラメではないのかもしれないと、しのぶは思った。

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