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第30話:誕生日

 12月24日クリスマスイブは、ぶっこちゃんの誕生日。想定通り、本人は忘れているらしく普段通りに玄関前のソファでくつろいでいるところへ
「おめでとうー」
 娘のメイコがやってきた。
「おめでとうー」と、メイコの娘リサ。
「ばーちゃんおめでとうー」と、リサの長女リズ。
「ぶっこちゃんおめでとうー」と、リサの次女モカ。
「おめでとうございますー」と、リサの夫ムサシ。
「おめでとう」と、メイコの息子トオル。
「ばーちゃんおめでとー」と、赤子を抱っこしたトオルの妻エミコ。
 次々に子どもたちとその親が入ってくる。
 ぶっこちゃんは突然の出来事に目を丸くする。
「あらあらまあ、おめでとうー」
 つられてぶっこちゃんもおめでとうと言って皆が笑う。
「しのぶちゃん、チキン買ってきたから置いとくわね」
 メイコがキッチンのテーブルに大きな円柱の箱を置いた。
「わぁありがとう」
 丁度風呂掃除を終えたしのぶが皆の前に現れる。
 ぶっこちゃんが、よたよたとしのぶに歩み寄ってきて聞く。
「あれ何や?あの箱」
 メイコが持ってきた箱を指差す。
「ケンタッキー」
「あれが洗濯機か、えらいええ洗濯機やなぁ」
 本気か冗談か分からない。
 箱に近付いて、チキンの良い匂いがしたらしく、嬉しそうに微笑んで食卓のいつもの席に座った。
「そうか、今日は25日か」
「ちがうよ」
 どうやら、クリスマスだとは気付いたらしいが、自分の誕生日はまだ思い出していないようだ。
 しのぶは、ぶっこちゃんが間違ったことを言う度に、冗談めかしたニュアンスで明るく「ちがうよ」と答えるのが常になっていた。
「またちがう言われてもうたなぁ」
 ぶっこちゃんも演技者で、ちょっぴりがっかりしてみせる。
「おしいで、もう一度言うてみ」
「おしいで」
 周りに居た子どもたちが笑い出した。
「えらいおもろいこと言うやないの」
 誉めているのかけなしているのかメイコも嬉しそうに笑っている。
 ぶっこちゃんもまた笑って言う。
「よう日ぃ変わるから難しい」
 周囲は更に大爆笑になった。
「せやな、毎日のように変わるもんな」
 しのぶはもう答えなんてどうでも良いと思ったが、メイコがぶっこちゃんの肩に両手を置いて言う。
「ぶっこちゃんお誕生日おめでとう」
 そうしたら子どもたちも集まってきて皆で揃って一斉に言う。
「ぶっこちゃん、お誕生日おめでとう」
 ぶっこちゃんは豆鉄砲を食らったようなあからさまな表情で驚いている。
「そうかぁ、早いもんでもう12月かぁ、80と、12歳かぁ」
 ちょっとよく分からない数え方をするもんである。足して92?いや、正確には91なのだが、まあいいかとしのぶは思った。
 他の皆も深くは考えず笑っている。
「ぶっこちゃん、ハイタッチしようーハーイターッチ!」
 小学3年生のリズは積極的に年寄りに関わってくれる。特にしつけたわけでもなさそうなので、優しい感情が芽生えてくる頃なのかもしれない。妹の3歳児モカは皆には構わず無邪気に一人で走り回っている。
 しのぶがご飯を炊いて、子どもたちにお皿を並べさせ、メイコが汁物やおかずを手際良く作ってくれる。食卓が次第に賑やかになっていく。
 子どもたちの親たちはツリーに電飾を飾り付け、時間を費やしている。
 ぶっこちゃんは、その間皆を眺めていたが、しのぶがふと気付くと、並べたチキンをベタベタと触っていた。
 退屈だったのか、若しくは早く食べたいのか。
「ぶっこちゃん、またいらいなおりしてるんか?べたべたと」
 方言なのか、南野家用語なのかは分からないが、昔から「いじる」「触る」ことを「いらいなおり」と言った。
 そうした行為につい叱りたくなるが、きつくは言えないしのぶの感情が「べたべたと」を追加させた。
 だが、ご存知の通りぶっこちゃんも口達者である。
「いらいなおり……してるように見えてこれ、揃えてるねん」
 呆れて返す言葉もなく、チキンをぶっこちゃんから遠のけた。
 チキンが遠くなってふてくされた様子のぶっこちゃん。
 その後、キッチンとぶっこちゃんをメイコに任せて子どもたちの相手をしていたしのぶだが、ぶっこちゃんが呼んでいるような声が聞こえてキッチンに戻った。
 ひょいと扉からぶっこちゃんを覗き込んで
「私を呼んだ?」
 反射的にぶっこちゃんの口から出た言葉が
「あさしお4番?」
 そう、聞こえたらしい。
 メイコも一瞬分からない様子できょとんと立っていたが、聞き間違えと気付いてくすくす笑う。
「ごはんできたよ、食べよっか」
 メイコは言うが、ぶっこちゃんが困った顔をしている。どうも、大切な入れ歯が無いらしい。
 ふぅ。
 一息漏らし、しのぶを見つめて言う。
「大変なことになりにけりやな」
 笑いあふれるぶっこちゃんの誕生日であった。

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