第33話:しのぶの憂鬱
どうもノルアドレナリンがブシャーって出すぎていると、しのぶは布団に入ったまま目を見開いて天井を見つめていた。頑張って「無」を意識しようとしても、いつの間にか気になることが頭に回る。何度も何度も回るものだから、ええい、起きてやれと思って目を開いてみた。
布団から出て、眠気を誘う音楽をスマホで検索しつつ、漢方薬を準備しつつ、今日やけに不調だった、ぶっこちゃんのことが気になって仕方がない。
いつもに増して様子がおかしかった。
認知症状が増していて、しかもぼーっとしていた。更には咳き込む。かれこれ十日ほど同じ服を着たまま着替えていない。風呂には入らず、シャワーも浴びない。体も拭かない。体臭は、日に日にきわどくなって、近寄りがたくなっている。
これは、周囲から見たら虐待になりかねない。
先日、しのぶはぶっこちゃんの寝室に湿度計を置いてみたところ、四十パーセントを切っていることを知った。これまでから乾燥しているとは感じていたが、ぶっこちゃん自身は平気そうだったので放置していた。だが、乾燥がウイルス飛散しやすく感染しやすい環境だと昼間のテレビで知って、更には冬バテの原因でもあると知って、これはなんとかせねばと焦りを感じ、早急に加湿器を買わねばと思ったわけだ。
そんなわけでしのぶはドキドキして眠れないでいる。
最近、ぶっこちゃんが日に日に衰えているような気がしてならない。明日、更に悪化していたらどうしようと心配でならない。更には、明日こそはシャワーを浴びさせたいと思っている。
暖かい環境にして、本人に負担にならないようにやるつもりではいるのだけれど、問題は本人の意思。
「お風呂は嫌」「着替えもいらない」「くさくない」と散々言われてきているものだから、明日もきっと拒否するに相違無いと考えてしまうわけで、憂鬱になる。
無理なら仕方無いという気持ちでいこうと自分に言い聞かせてはみるものの、でもやはりなんとかしたいと思っているものだから、なかなか開き直れない。
人の思考や感情は、なかなか自分自身のみで何とかできるものではない。
結論は出ている。
明日は明日の課題を遂行するのみなのだから。
でも、眠ろうとすると、何やらいらぬことばかり考えてしまう。
「無」を意識しようと思うのだけど、これが難しい。
「無」だから難しいのか、何か他のことを考えてみた方が有効かもしれないと考えつつも、とにかくしのぶはイライラしていた。
「むかつく」
小さくつぶやいてみる。
むかついているんだと改めて自覚する。
その感情を、解消したい。
「ぎゃー」と大声で叫びたい。
あーやばい、これがストレスか。
早く、眠気音楽を聞かなくっちゃ。
眠れるかどうか分からないけど「おやすみなさい」とつぶやいて頭から布団に潜った。
静かに波の音が聞こえる。脳に良い波長らしい。
ぶっこちゃんの声が聞こえる。
「生まれるような暖かさ」
どうも、チラシを見ながらつぶやいている。
「生まれるような暖かさて、どんなんや?」
しのぶはぶっこちゃんに話しかける。
「あったかいってことなんやろうなぁ」
ぶっこちゃんが言う。
「生まれるようなて、おかしいやろ」
しのぶは、ぶっこちゃんが見ているチラシを覗き込んでみる。
「包まれるような暖かさ」
「つつまれる、読むんかぁ、あはは」
夢の中で、ぶっこちゃんはしのぶを包み暖めてくれているようだった。
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