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ユーレカの日々[60]絶対に来ない誕生日

初出:日刊デジタルクリエイターズ 2017年05月10日
2020年の誕生日なので再録(笑)えーと、今は平成何年??

運転免許証の更新に、妻と二人で試験場まで出かけた。誕生日が一か月違いなので、同時更新ができるのだ。このところふたりともゴールド免許なので、五年ぶりの更新だ。

免許更新は近くの警察署でもできるのだが、大阪府に二か所の試験場だと即日交付で終わるのが魅力。窓口に向かうと長蛇の列。申請して、印紙を買って、視力検査をして、写真を撮って、講習を受ける。五年前よりも、業務の最適化が進んでいるのか、待ち時間もほとんどなく、あっというまに終わってしまった。

真新しい免許証。無事故無違反、ゴールド更新である。次にここに来るのは五年後、還暦過ぎか。しげしげと真新しい免許証を眺めていて、ふと、おかしなことに気がついた。

あれ、この免許証、あきらかにおかしい。だって有効期限が「平成34年の誕生日の一か月後」なのだ。

存在しない日付まで有効

まだ確定していないとはいえ、今の天皇は退位を希望し、政府でもそれを認める方向で調整していると報道されている。2018年の年末には退位、「平成」は来年の30年で終了することになりそうだ。

ということは、現時点でも99%の確率で、「平成34年」は存在しないことになるはずだ。このようなことになった場合、法律的にはどうなるのだろうか? 公文書に書いてある日付が、実在しない日付なのは問題がないのだろうか?

元号法という法律は昭和54年に施行されているが、そこには換算のことは書かれていない。はてさて、これはやっかいなことになった。はたして二年後、この免許証は有効なのか?

前回、元号が変わったのはいつのことだったのかと調べてみたら、29年前だ(あたりまえ)。

よく憶えていないが、年末あたりから昭和天皇の健康状態について報道がはじまったと思う。調べてみると、年始早々の1月7日に逝去、即日、現天皇が即位。その日のうちに「平成」という新しい元号が発表され、翌日の1月8日からは「平成」となった。うーむ、仕事がはやい。

ということは、あの時自分は確実に「存在しない期限」の免許証を持っていたことになる。平成になったからといって、あわてて再発行してもらった記憶はない。もしその期間に駐車違反で捕まったりしてたら、免許証無効でさらに減点されていたのだろうか。

考えてみれば、免許だけの話ではない。借金の返済期限や、刑罰の期限はどうなるのだろう? あらかじめ決められた日付が永遠にやってこないのだ。借金はチャラに、刑罰は終身刑になるのだろうか?

実際は換算するだけの話なのだろうが、役所をはじめ、公的な文書が堂々と「存在しない日付を書く」ことを「よし」としているのが不思議でならない。

身の回りの年号は?

身の回りの書類をざっと見てみてみた。たとえばドリンクの賞味期限や、コンビニのレシート、iPhoneの契約書などはみな、西暦だ。

本はどうだろう? 書籍の奥付をざっと見たところ、ほとんどが西暦。1970年頃の本は和暦が多いが、80年代になるとほとんど西暦のみの表記になっている。

平成表記は、西暦と併記している一冊しか見つけられなかった。雑誌も同様、今の雑誌はほとんど西暦で、昭和時代の雑誌は和暦だった。どうやら出版の世界では西暦の方が圧倒的に多そうだ。

そりゃまあ、そうだろう。過去の在庫などを継続して扱う以上、和暦表記は面倒このうえない。

新聞は西暦と和暦を併記する。最近、共産党の機関紙「赤旗」が、元号を併記するようになったというニュースがあった。はたして自民の機関紙は和暦のみなんだろうか?

一方、元号のみで表記しているものはなんだろう? 税金の申告書、振込用紙。JRの定期券、うちの大学の身分証明書や書類すべて。貯金通帳の日付(オンラインバンクは西暦)。切手にコインも和暦のみ。

意外だったのが、病院と薬局の領収書やお薬手帳、診察券に記載されている誕生日。これが見事にすべて和暦で、その徹底ぶりにびっくり。

え、じゃあお薬の有効期限は? と、医者から処方された目薬、塗り薬を確認してみると、なんと西暦である。

医療関係では西暦和暦両方を使い分けているということか。大変だなぁ。

銀行や郵便局の領収印も和暦。ただし、同じ税金支払いでも、コンビニ支払いをするとハンコは西暦だ。

ちょっとひっかかったのが、出版社からの支払い明細が和暦だったこと。出版社の出版物は西暦でのみ表記されている。税務書類は和暦でないといけない、というルールはなかったはずだが。

もちろん、うちにある書類だけだし、ちゃんと統計をとったわけでもないが、どうやら、お役所や、民間であっても病院や学校のような公的な機関(=役所の支配力が強い機関)はことごとく和暦のみを使っているようだ。

お役所ということで、昔の三公社五現業はどうだろうと、公共料金の請求書などをチェックしてみると、電気と水道は予想どおり和暦だったが、ガスと電話(NTT)、たばこの賞味期限は西暦。JR、郵便、造幣局は和暦だ。林業とアルコールはわからない。

もともと同じ郵政省管轄だった郵便が和暦でNTTが西暦というのと、同じ時期に民営化されたJRとNTTが違うというのが意外だ。

いやもう、なんなんだ、この混乱ぶりは。まるでバベルの塔を建てようとして、神の怒りをかい、言葉が通じなくなった人間たちのようではないか。

いつから西暦がスタンダード?

お役所から来る書類はことごとく和暦だが、西暦がダメなわけではない。たとえば、ぼくが住んでいる市の住民票の請求書類では、誕生日欄で西暦が選べるし、作成日欄に「平成」と書かれていないので、西暦で出すことができる。

しかし、発行される住民票の日付はすべて、和暦になる。お役所では西暦をいちいち、和暦に変換してくれているようだ。

じゃあ、なんだって役所の書類はデフォルトで和暦なのか。色々考えてみたところ、「昔からそうだったから」というのが理由のように思える。

西暦が一般化したのはおそらく、東京オリンピック〜大阪万博の時期。国際イベントということでポスターなどで西暦が使われる。小学校時代、大阪万博の「1970年のコンニチワ〜」という歌が、とても未来的に聞こえた憶えがある。

書籍の奥付表記から推測すると、一般企業が西暦を使うようになったのもこのあたりからのようだ。

西暦がデフォルトになった直接的きっかけは、「コンピューターの一般化」と「平成」への元号改正だろう。平成元年(1989年)、企業ではすでにパソコンが多く導入され、自動改札もPOSも存在した。

パソコンのシステムは当然、西暦で動いているし、和暦にするとデータ量や計算の手間が増える(今のように無尽蔵にメモリやストレージが使える時代ではなかった)。

元号改正を社会が経験したとき、「いやもう、西暦でいいじゃん」となったのは当然だろう。来るべき次の元号改正にそなえ、システムすべてを西暦にした企業が多いのだと思う。

Macは元号を知っていた

とはいえ、あの時から29年。パソコンもネットも進化した。ふと気になって、MacOSのシステム日付設定を見てみたら、暦を切り替えられる。和暦、イスラム暦、インド暦など、なんと13種類から選べる。すごい。

ためしに和暦に切り替えてみると、ファイルの日付も、写真アルバムの日付も、元号になった。

ほうほう、じゃあ、問題の昭和と平成の境、昭和64年1月7日、8日はどうだろう? 写真アプリでは簡単に日付の修正ができるので、やってみたらなんと、「昭和65年」は入力できない。「昭和64年1月8日」と入力してみると、自動的に「平成1年」になった。

ちゃんと存在しない年は、存在できないようプログラミングされている。プログラマー、いい仕事をしてるじゃないか。

さらに驚いたのが、明治以前の元号も定義されている。どこまで遡れるのかやってみたところなんと、大化(大化の改新のあれ)、西暦645年まで遡れた。

この大化というのは、最初の元号なので、要はすべての元号がMac OSでは定義されているのだ。すげー。

これは歴史学者は大助かりだなぁと思ったが、表計算ソフトの日付フォーマットには反映されていないようで、明治以前は西暦になってしまう。APIは提供されているのだろうから、Apple純正のNumbersなどはきっちり対応してくれるといいのに(使いみちないけど)。

ちなみにWindowsは1980年、昭和55年以前は和暦にできず、iPhoneは西暦と和暦と、なぜかタイ仏歴の3種が選べた。

しかし、Macがすべての元号を知っているとしても、未来はどうだ? 平成34年、という定義は出来てしまう。はたして、この換算は自動的に行われる仕組みなんだろうか? 次の元号になった時に確認しよう(追記:し忘れた)。

ISO 8601

Macの暦の中に、風変わりなものを見つけた。「ISO 8601」。調べてみると日付と時間の国際標準規格だそうで、要は西暦なのだが、「国際標準」として制定されていたのだ。

ちなみに、日本ではJIS X 0301で和暦が定義されているそうだが、元号が定義されているのは明治以降のみで、それ以前は定義されていないそうだ。

「工業規格」なので、江戸時代以前など必要ないのだろうか。たとえば図書館での古文書などを和暦で管理しにくいんじゃないだろうか。

またJISによれば、元号をアルファベットの頭文字、M、T、S、Hと記述することも定義されている。あれ、これ、まずいんじゃない?

次の元号を決めるとき、頭文字が同じにならないように配慮されるのかな? うっかり「太平」とかつけると、「T1」が大正元年なのか太平元年なのかわからなくなり、過去のアーカイブ管理がえらいことになってしまう。

ちゃんと頭文字に配慮されるとしても、アルファベットは26文字しかなく、頭文字は1桁と定義されている。300年もしたら成り立たなくなってしまうのだが、JISとしてはそれでいいんだろうか? 後から桁数増やすのは大変だぞ。

いっそ宇宙世紀

「ISO 8601」は、西暦ではないが、西暦を元にしていることには違いない。

特定の宗教に由来している暦を、別の宗教の人が使うのに抵抗があるのはよくわかる。最近、アメリカでは「メリー・クリスマス」と言わずに「ハッピー・ホリデー」と言うようになっている。

グローバル化が進めば当然、そういうことになるだろう(そうだ、和暦は外国人旅行者や就業者、留学生に、とても優しくない)。

じゃあいっそ、宗教から切り離した新しい年号を制定するのはどうだろうか?

スタートレックでは「宇宙暦」、アニメ・機動戦士ガンダムでは「宇宙世紀」という年号が使われている。ガンダムの宇宙世紀は、スペースコロニーへの移民が開始された年を元年としているそうだ。

宇宙世紀、という一言で「人類は国や民族、宗教の対立を乗り越え、科学を基盤とした新しい時代に入っている」という意味が読み取れて、実に上手い演出である。

じゃあ、実際に宇宙世紀を作るとしたらどうなるだろう?

宇宙開発の歴史を見ると、人類がはじめて宇宙飛行を行ったのは、1961年のソ連のガガーリンだ。現在、ソ連は崩壊しているので、国家論争にならずに済むメリットもあるが、トランプ大統領は絶対反対するだろうなぁ。

じゃあアポロ11号が月に着陸した1969年? いやあれはキューブリックが撮影したフェイクと主張する歴史修正主義者がだまってはいない。

ISS、国際宇宙ステーションはどうだ? こちらも中国をはじめ、参加していない国が多数だ

結局、5000年もたてば、宇宙世紀の紀元をどこにするのか、それが実際にあったことなのか、と現在と同じような論争が繰り広げられるのだろう。

インターネット歴はどうだろうか。インターネットの基盤プロトコル「TCP/IP」が制定されたのは1981年。もとはアメリカで発明されたものだが、科学的な事象に基づいた起源としては悪くないような気がする。

TCP/IPの恩恵を受けていない国は、おそらく存在しないからだ。いや、だめだ。100年後、人類がTCP/IPを使い続けているとは思えない。

その時代でも、通信の起源としてこれを認めることはできなくはないが、それ以前の各種プロトコル、電話や電信、いやいやモールス信号はどうだ、手旗や狼煙は……と、またまた論争になってしまいそうだ。

結局、「なにかに由来させる」以上、それを不快に思う人間がいるのは当然だし、アポロ11号のように、どんな事実であってもそれを認めない人がいて、また、それが事実だと証明することは不可能だ。

そう考えると、暦なんていうものは、もともと、とても不確実なものなのかもしれない。

未来が定義できない暦

話を戻そう。元号が使いにくい理由ははっきりしている。免許の例のように、未来を表記することができない。確実にいつかは単位がリセットされ、どういう単位になるかはその時までわからない。

これでは「尺度」として使い物にならない。もし1,000ミリが数年後、1ゴヘラになるかもしれない、832ミリで1メールになるかもしれない、それが何年後かわからないが確実に起きる、なんてことになったら、「換算すればいい」ですまない。

将来の日付を定義できなのだから、世間は大混乱だ。だから「標準化」が必要であり、「ISO 8601」が必要なわけだし、多くの企業は西暦を使う。

ところが、お役所はそうならなかった。平成元年当時、DOS/V(注:IBM-PCおよび、そのクローンで走るMS-DOSというOSを、ソフトウェアだけで日本語化したのがDOS/V。当時、日本語で使えるOSはNECなど国産機に限られていたが、DOS/Vのリリースにより、輸入したPCでも、日本語が使えるようになった)はまだ存在せず、国産のNEC98が国内ではスタンダードマシンだった。

デジタルの世界でも、日本はなんとかやれるのではと思われていた時代だ。「TRON」が国産OSとして期待され、役所や学校のワープロはOfficeではなく「一太郎」だった。

「和暦にこだわった」というより、国産品にこだわった(期待した)結果、「西暦に移行しそこねた」ということではなかろうか。

まさかと思うが、もうひとつ考えられる理由は、和暦を使うのが「伝統」だからという理由。伝統を大切にするのはかまわないが、実務、事務の効率化よりも、伝統の方が優先順位が高いんだろうか? だとしたらお役人はみんな、和服に筆と墨で仕事をしてもらわないと辻褄が合わない。

結局どっちでもいいなら……

先日、安倍首相が「2020年までに憲法を改正したい」と表明したニュースがあった。ビデオでも確認したが、あれれ、なぜ、和暦ではなく西暦を使ったのだろう??「安倍首相が」「憲法改正」を言うなら、和暦の方が自然に思える。

首相官邸サイトを見てみると、その記事はまぁ、無いのだが、すべての記事の日付は当然のようにすべて和暦で記載されている(海外訪問の記事で、現地時間が「和暦」表記なのは相当おかしくないか?)。

じゃあ、そのメッセージが発表された「日本会議」のサイトは?

日本会議の前身は「元号法制化実現国民会議」。当然、すべて和暦で書かれている……と思って開いてみてひっくりかえった。個別記事は和暦だが、トップページのニュース一覧は西暦だぁ。いいんですかね? トップページに西暦で。

さらに、見た目では和暦の記事でも、URLを見ればディレクトリは西暦。実用上は、元号にはこだわってないんですね……。

じゃあ、各お役所のサイトはどうなんだろうと見てみたら、ほとんどが和暦なのに対し、総務省と経済産業省、市役所などは日本会議と同じく「一覧は西暦、個別は和暦」だった。

日本会議のWEBサイトには勇気づけられた(笑)。どっちでもいいなら、役所はじめ、日常の書類の表記は、さっさと合理的な西暦をデフォルトにすべきだろう。

特に1月〜3月は毎年混乱する。この時期、確定申告のために領収書を整理していると頭が痛くなる。たとえば今年であれば、2017年であり、2016年度であり、平成29年であり、平成28年度と、4種類の「年」から、状況に応じて書類を判断しなくてはならないからだ。

特に勘弁して欲しいのが、元号を省略して2桁だけで表記しているもの。「17」とだけあると、それが西暦で今年のことなのか、和暦で12年前のことなのか判断できず、手間をとられてしまう。

別に和暦を廃止する必要はない。天皇制の是非はともかく、天皇制がある以上は元号改正があるのはかまわない。ただ、それを日常的な事務や書類に使いつづける理由がさっぱりわからない。

公文書は基本、西暦にして、必要に応じて和暦を併記すればいいだけのように思える。

宇宙世紀はまだ遠い

平成34年まで有効な免許証。もし、私が免許更新を怠って、西暦2023年に無免許で捕まったとき、「平成34年という期限は存在せず、したがって、免許の期限は存在しない」と裁判で主張したらどうなるんだろう?

「社会常識とてらしあわせて、平成34年は西暦2020年であるから有罪」と言われた時、「ならば、それが予想できたのにかかわらず、公文書に記載してきた公安の社会的責任はいかに」と主張したら、裁判所はどう判断するのだろう?

ネットで調べてみると、やはり同じように思った人が多いらしく、こんな記事が見つかった。

・元号変更と運転免許証 「平成31年まで有効」はどうなる? 
(J-CASTニュース)
https://www.j-cast.com/2017/01/29288928.html?p=all

これによると
・警視庁に聞いたところ、「まだどうするか決まっていない」
・平成になった時は「昭和」が継続したものとみなした

ということで、要は「平成元年」を経験したのにもかかわらず、まだどうするか決めていないということらしい。

いやはや、平成も29年……いや、西暦も2017年たつのにねぇ。

宇宙世紀はまだまだ、遠そうだ。

追記:これを再録したのは2020年。えーと、令和2年らしいが平成何年なのか、もうわからない。令和になってから、お祭り気分なのか、元号表記が増えたような気がする。ぼくはといえば、手書きの書類なら迷うこと無く元号を横線で消して西暦…おっとISO 8601で記入してるが、選択式で和暦しかないと、ほんとムカつくんですが。

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