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一行目がまずわからない~藤野可織「爪と目」感想


すごーく美味しいパン食べてる感じでした。
「何気ない日常の様子」という生地があります。そこに切り刻んだ「怖」を混ぜていくんです。こねて、こねて、「何気ない日常の様子」に完全に馴染ませて、出されたものを食べてみてからやっと気が付くんです。ふんだんに使用されている「怖」に………。的な。

「爪と目」3編感想

普通の描写ほど怖いものは無いなと思いました。驚かす感じではなく、ちょっとされたら嫌なことをずっとされている感覚。(手の甲を差し出して、安全ピンを1分置きに刺されるような)

そして藤野さんの比喩は存在が大きい。
切り取りたくなる。ポケットの中に入れておいて、たまに取り出して、ちょっと眺めて、そっと握ってまたポケットにしまいたくなる。

そして、そして、「優しい透明なもの」を感じる。藤野さんの文章はとても素直で不気味でとても好きでした。読んでいく中で構築された状況が崩れては、立ち上がり、残しては、消えていく…。不思議な読書体験でした。

※この先ネタバレ有


「爪と目」

一行目がまずわからなかった。三回読んだ。

はじめてあなたと関係を持った日、帰り際になって父は「きみとは結婚できない」と言った。

誰が誰なんだろう…と思ったけど、のちにその霧は解消されて行きました。色がないというよりもどこまでも透明で、無情な文章が心地よかったです。

母、父の死んだ妻で三人称が変わるのは何故か考えていました。きっと主人公からして母の記憶が無いからかな。母と言えない義母に育てられ、実母との思い出も聞かされる描写もなく、家の中に「母親」を感じずに育った子供として至極真っ当な呼び名なのかもしれない。本作の恐怖や不気味さも体感しましたが、呼び方って大事だな~、それだけで距離を表せられるんだなと思い感動しました。

ゾワっとした文章が多く、そのたびに本を閉じました。

「フローリングに残っているわたしの右足首を持ち上げ、離した。」
あとはだいたい、おなじ。

「しょう子さんが忘れていること」

核心はつかないけど、行こうとしている場所は分かるという作品。そして、そのままたどり着けずに終わってしまった感覚の作品。

好きな表現が多すぎるのでここに残しておきます。

夜、腹の中でひんやりしているりんごジュースは、怒りのように重い。
すべての荷物を下したはずなのに、なぜまだ自分の体だけが残っているのかわからないし、いつから自分の体が荷物になってしまったのかもわからない。

「ちびっこ広場」

あ!!!!!!!!!!!と思ったら終わっていた。そしてもう一回読みたくなった。

母親が友人の結婚式に行く支度をするも、息子が止める。というその「母親」と「息子」というところが物語の主軸であるけど、私がもってかれたのは圧倒的に食事の描写。冷えた食事の描写。すっごく魅力的だった。

出だしはこう。

私はお腹を空かせていた。

そう、お腹を空かせていたのだ。そのあとに続く冷えた料理の描写を読んでほしい。

さっそくカルボナーラを一口食べる。しかし、ソースは固く冷え、ビールよりも冷たく感じるほどだった。近くで焚かれたデジカメのフラッシュが、ベーコンに浮いた脂にぱっと華々しくはじけた。

“どれくらいまずそうか”という極めて表現しにくいことを、手に取るように感じられた気がした。物語の展開についてもきっと話したいことは沢山あるはずなのに、パーティ会場でのそれらの描写が美しいという印象ですべて心を埋めた。


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