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ショートショート「幽霊なんて怖くない」小説でもどうぞ 選外佳作

ショートショート「幽霊なんて怖くない」小説でもどうぞ 選外佳作

 
 この学校、「出る」らしいよ。悠真の通う中学校にはそんな噂が流れていた。

 「二年生の女子が見たって言うんだよ。夜中に学校まで忘れ物を取りに来たら、誰もいない教室で幽霊がケタケタ笑ってるのが窓越しに見えたんだって。それで最近塩の小瓶を持ち歩くのが流行ってるんだよ。塩をかければ退治できるって、誰かが調べたみたいで」
「やだやだ、怖い話しないでってば」
 放課後の教室。翔太が得意げに話すの

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ショートショート「コイントス」(小説でもどうぞ 佳作)

ショートショート「コイントス」(小説でもどうぞ 佳作)

「もうお前、コイントスで決めれば?」

 出張先で適当に入った個人経営の居酒屋はなかなかの当たりで、カウンターに並んで座る僕と西野の酒はどんどん進んでいた。大阪では普段お目にかかることのない刺身が美味い。いつの間にか、来たときはぱらぱらと降っていた雨の音が聞こえなくなったな、と外を見ると、どうやら雨は雪に変わりはじめていた。東北には一足早く冬が来つつあるようだ。
「ていうか、何をそんなに迷ってんの

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ビール傘(毎週ショートショートnote)→選出!

ビール傘(毎週ショートショートnote)→選出!

「田中部長、長い間お疲れ様でした!」

 今日でバスケ部を引退する俺を、後輩達が拍手で送り出してくれる。この一年は長かった。色々な感情が押し寄せ、思わず長い溜息が出る。
「これでようやく荷が下りましたね」
 次期部長の加藤が労ってくれる。

 外は雨だった。傘を開いた瞬間、琥珀色の液体がざばっと頭に落ちてきた。思わず仰反る。地面に落ちたそれは、しゅわしゅわと発泡している。何てことだ、これはビール傘

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ショートショート「再会」(小説でもどうぞ 選外佳作)

ショートショート「再会」(小説でもどうぞ 選外佳作)

 母親からの不在着信は十件を超えていた。今からでも戻って謝ろうかと一瞬頭をよぎったが、その考えごと消すようにスマホの電源を切り、鞄の底にしまい込む。窓から外を眺めた。先ほど降り始めた雨は勢いを増し、バスの速度に応じて窓に斜線を残していく。ずっと親の言いなりに生きてきた私にとって、これは冒険であった。今日、私は十二年ぶりに彼に会いに行く。
 社会人一年目は、毎日出勤するだけでへとへとだった。高校と短

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ぴえん充電(毎週ショートショートnote)

ぴえん充電(毎週ショートショートnote)

 これ見よがしに長い脚を組んで隣に座った女は、新作のブランドバッグを持っていた。充電を終えた私は、コードを抜き立ち上がる。

 女の涙は武器と言うが、さめざめ泣いては重いし、わんわん泣いては色気がない。コツはぴえんと泣くことだ。勿論そんな泣き方は演技に決まっているので、エネルギーを使う。出勤前のぴえん充電は必須だった。
 ドレスに着替えると早速ご指名。今日こそあのバッグを買わせてやるんだから。

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ショートショート「骨を拾う」 (TO-BE小説工房選外佳作)

ショートショート「骨を拾う」 (TO-BE小説工房選外佳作)

公募ガイドで募集されていた、「阿刀田高のTO-BE小説工房」最終回で選外佳作に引っかかったやつです。テーマは「骨」でした。

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「なあなあ、かばんって黒ければ何でもええんかな?」
 どたどたと走ってきた妹はもう四十を超えているのに泣きそうな顔で、玄関で靴を履くおれにかばんを見せてきた。さすがにいつもよりは薄化粧にしていて、少しくすんだ唇の色を見ると、こいつも年を取ったなと思う。右下にワンポ

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ショートショート「生まれ変わる」(ちくま800字文学賞応募作品)

ショートショート「生まれ変わる」(ちくま800字文学賞応募作品)

 「生まれ変わった私たちを、今後ともよろしくお願いいたします!」

 鈴木さんは立ち上がるとそう言って頭を下げた。A社の鈴木さんが挨拶に来た目的は、このたびの社内改革を説明するためだった。部署統合と人員削減により、今後は大きく価格を抑えられると言う。

 鈴木さんとは私が新卒で入社した頃からの付き合いだ。着なれないスーツを着て自分の名前を噛みながら名刺を渡した私に、そんな緊張しなくていいよ、と笑っ

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読書石けん(毎週ショートショートnote)

子供の活字離れが叫ばれて久しい。
コンテンツに溢れたこの時代、本を読む子供など絶滅危惧種に近い。文章を読むことは思った以上に忍耐力を必要とする。

そんな中発売された「読書石鹸」は飛ぶように売れた。この石鹸で洗った服を着せると、子供が読書家になるという。
ぴかぴかの服を着て本に齧り付く我が子の姿に、親たちは手を取り合って喜んだ。

しかし、数ヶ月後、あちこちの家庭で悲鳴が上がった。
「何してるの!

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ショートショート「たまごかんさつ日記」(光文社yomeba!優秀作)

ショートショート「たまごかんさつ日記」(光文社yomeba!優秀作)

□3月1日
 「誕生日おめでとう!」
 眠い目をこすりながらリビングに降りると、パパとママが満面の笑みで拍手してくれました。壁を見ると、「ユキちゃん たんじょうびおめでとう」と一文字ずつ書かれた折り紙が貼ってあります。ユキは、うれしくて一気に目が覚めました。そうだった、今日はユキの6歳の誕生日だった。ママが持っているきらきらした大きな箱はプレゼントに違いありません。いったい何が入っているんだろう。

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ショートショート「旅の醍醐味」(光文社yomeba!印象に残った作品)

ショートショート「旅の醍醐味」(光文社yomeba!印象に残った作品)

 「日本に帰ってきちゃったねえ」
 飛行機から降りるや否や、妻が伸びをする。3歳の娘はおれの腕の中ですやすやと眠りこんでいる。
 「楽しかったな、イタリア旅行」
 結婚5周年記念に思い切って有休をとり、イタリアに出発したのは1週間前。ローマでは現代的な街並みの先に突如現れる古代建築物に度肝を抜かれ、フィレンツェでは美しい街並みを背景にたくさん写真を撮った。
 「ゴンドラに乗る夢が叶ってよかったわ」

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