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鬱と音楽、そして遺伝子

ミュージックセラピー、最近は結構身近になってきたのではないでしょうか。音楽を使って言語・身体能力のリハビリ・認知症やその他メンタルヘルスなどの不調を改善するというセラピーで、世界中からポジティブな効果が数多く報告されています。

しかし、必ずしも「音楽やってればポジティブ!」というわけではないようです。最近ではプロやアマチュアの音楽家は、それ以外の人よりも鬱・バーンアウト・精神病性障害に悩まされることが高めというデータも発表されています。今日は、そんなメンタルヘルスと音楽活動の関係に迫りましょう。

アンケートをとってメンタルヘルスと音楽活動のデータの相関をとるのも良いですが、今回はそこに遺伝子がどう絡んでいるのかを調べたアムステルダム大学のWesseldijkらの研究のご紹介です。

スイス人の双子の遺伝子情報を30000名分以上集めた有名なデータがあります(Swedish Twin Registory)。このうち約3分の1ほどの人が、彼らの「人となり」についてのアンケートに答えています。中には、音楽に関する質問も。普段音楽を演奏しているかどうか、練習の頻度、そして音楽やその他のアート、そしてスポーツの達成度などです。

アンケートの分析から、メンタルヘルスの不調に悩む人は、そうでない人たちよりも音楽を演奏したり、練習したり、また、アートの達成度が高いことがわかりました。遺伝子データの方は音楽的な行動を促進する遺伝子をもつ人たちは、うつの症状と診断されるリスクが多少高いかもしれない、といった、アンケートよりも控え目な、しかし興味深い結果となりました。

この研究のキモとなる発見は、以下の二点です。

  • 音楽遺伝子(名称を勝手に縮めました)は、個人が実際にどれほど音楽活動に従事していたかにかかわらず、メンタルヘルスの不調リスクを予見できる

  • メンタルヘルス不調の発現リスクにかかわる遺伝子は、不調が発症しているかどうかにかかわらず、その人の音楽活動の活発性を予見できる

・・・どういうことでしょうか?考え方に慣れていないと解釈が難しいかもしれません。「ある人が音楽活動を行なっていなくても、その人の音楽遺伝子の様子から、メンタルヘルスの不調を発現しやすいかどうかをある程度予測できる」ということは、音楽活動をすることで鬱になるなど、一方の状態の発現がもう片方を引き起こしているのではない、ということを示します。因果関係の否定ですね。これに対して、冒頭のミュージックセラピーは、音楽がさまざまな症状の改善に影響する、という因果関係が前提です。

ざっくりまとめると、音楽活動を行う人にはメンタルヘルスの不調に悩む人が多めという相関があるが、音楽活動によって不調が発現するもしくは不調によって音楽活動を活発に行うようになるわけではなく、遺伝子の段階である程度決定しているらしい、ということです。

メンタルヘルスの不調と音楽活動の活発さの関連だけでも私には結構驚きでした。ただ、精神病性症状に悩まされるアーティストは歴史上多くいましたし、言われてみればそうなのかも・・・?

この研究は音楽とマインドの関わりを理解するためのエキサイティングな一歩を踏み出してくれた感があり、今後の分野の発展に大いに期待です。

参考

Wesseldijk, L. W., Lu, Y., Karlsson, R., Ullén, F., & Mosing, M. A. (2023). A comprehensive investigation into the genetic relationship between music engagement and mental health. Translational Psychiatry, 13(1), 15.


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