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母親が孤独死した話❺

母親が孤独死した話❹

有効か分からない公正証書

母親の自宅から公正証書が見つかった2日後、またもN県に飛び引き続き遺品整理をする。
昼過ぎからは公証役場で公正証書が生きているのか確認するのと、市役所で国民健康保険証の返還と高額療養費制度の還付の手続きのため都市部に戻った。
初めての場所だったので何がどこにあるのかもさっぱり分からなかったが、駅から公証役場までタクシーに乗ると案外近かった。
中に入ると一旦待合所で待たされて、しばらく経つと受付の人がやってきた。

「今日はどういったご用件でしょうか。」
「亡くなった母親の自宅から公正証書が出てきたのでそれが有効なのか確認してもらいたいです。」
「わかりました。こちらへどうぞ。」

受付の人に連れられて公証人の男性の前に通された。
公証人の男性は話しやすい気のいいおっちゃんだった。

「今日はどないしたん?」
「亡くなった母親の家から公正証書が出て来たのでそれが有効なのか調べてもらいたいんです。」
「分かった、分かった。まあ座りーな。」

そして一応持参した公正証書の謄本を渡し、母親が亡くなったことを知った経緯やらを説明した。

「遺産はあんたたちで分割してお兄ちゃんにはあげへんってことやな。こら揉めるかも分からへんでー。」
「もし公正証書が有効であればそのつもりです。」
「あんたがまきぐそさんかいな。あんた遺言執行人になってるから大変やで。」

そう話しながら公証人のおっちゃんはパソコンで公正証書がまだ存在しているのかを調べていた。
調べ始めて数分後

「あー、公正証書まだあるわ。あんたこれから大変やろうけどしっかり頑張りや。」
「はい、ありがとうございました。」

深々と頭を下げて公証役場を後にした。

公正証書が生きてることが確認できて多少なりとも安堵した。
これがもし廃止されて無効になっていれば、これからかかるであろう遺品整理費やら地元からN県へ通う交通費、その他諸々全て自費で賄わないといけなかったからだ。
一気に借金まみれになってしまう。

その足で市役所まで向かったが、色々な手続きでたらい回しにされたのにこれと言って特別な話はないので割愛する。

肝心の兄は

母親が亡くなったのを機に2週間ほど有給を取った兄に、遺品整理の進捗などを細かく報告はしていたが、LINEの文面は明らかに「また飲んだくれているな」と分かるくらい散々だった。
事あるごとに

「何か出てきたか?」
「通帳は?」
「銀行の口座はどこにあんねや」
「ゆうちょは絶対持ってるやろ」
「おかん紙に何か書くの好きやろ、なんか出てきたか」
「お前ら隠してるんちゃうやろな」

と次第に暴言を吐くようになった。
彼は遺品整理に参加することもない。参加させても何もしないだろうし、交通費も遺品整理中にとる食事代も全て私達が賄うことになる。
それを分かっていたからあえて私は妹と2人でこの件を進めることにしたのだ。

数日間、連絡を取っていたが明らかに暴言が増えたのでこちらも堪忍袋の尾が切れ

「何か出てきたらこちらから連絡する」

というメッセージを最後にLINEも未読のまま終わらせた。
もちろん通帳が出てきたことも公正証書が出てきたことも伝えていない。
それを伝えるかどうかは兄の出方次第だと思っている。

通帳の中身

家に帰ってから改めて公正証書を読み、通帳の中を確認した。

「余った分からいくらかお兄ちゃんにあげてください」

この一文が引っかかっていた。
何もしない兄にいくらかもあげなくてはいけないのか?
しかも飲んだくれて手伝いもする気のない兄になぜあげなくてはいけないのか。
どうにかビタ一文あげずに済む方法はないのか?
私の中で黒いものがどんどん膨れ上がっていった。

通帳は約10年以上前のものから現在のものまであった。
そのうちの一つの通帳から明細票とメモが出てきた。

「○○東京○○○銀行 普通 ○○○○○○  株式会社○○○エステート」

と書かれており、それには聞き覚えがあった。
兄が契約していたマンションを管理する不動産会社だった。
通帳を一番古いものから確認するとその「株式会社○○○エステート」宛に毎月25日あたりに116500円を振り込んでいる形跡があった。
兄が上京してから母親が兄の家賃をずっと振り込んでいたのは知っていた。

私達と兄は父親が違い、比較的稼ぎのいい私と妹の父親が私達の家賃を負担していたのを母親が「妹達が父親に家賃を払ってもらってるのに、お兄ちゃんが自分で家賃を払わないといけないのは可哀想だ」と私達の父親から振り込まれた養育費から兄の家賃ををいの一番に不動産会社に振り込んでいたのだ。

その額は確認できる分だけで平成15年11月から平成25年12月までの11年間で1537万8000円に上る。
兄が上京したのはおそらく平成6年か7年からで、その時期からの家賃と生活費(最初は家賃と生活費全てを振り込んでもらっていた)を合わせると概算でも3000万円以上になる。
これらのお金はもちろん私達の父親が私達の養育費にと母親に振り込んだお金から支払われていた。

もし仮に何も知らない兄が私達に遺留分侵害額請求 ※1をすることがあれば、相続開始日以前の10年間しか有効でないとしても、この家賃振込を特別受益にあたる生前贈与としてみなし、兄は超過特別受益者 ※2であることを主張して戦おうと覚悟した。(大阪府弁護士会の無料相談に超早口で相談した)

※1遺留分を侵害された法定相続人(兄)が、受遺者(特定財産承継遺言により財産を継承し、又は相続分の指定を受けた相続人を含む。)又は受贈者(私達)に対して、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求できる権利です(民法第1046条第1項)。
民法第1046条第1項
※2特別受益者が法定相続分よりも多くの生前贈与・遺贈を受けている場合、その特別受益者を「超過特別受益者」と言います。