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40歳からのライターDAYS②~序章 2~

その頃、電車に乗れなくなっていた。

空いていて慣れた路線なら無理できても、ラッシュ時や酔っ払いが多い時間帯はNG。従って、自力で移動する時の最終手段はバスになる。

だからその日もバスで渋谷まで行き、劇場のある青山方面まで宮益坂を昇るというルートを取った。

渋谷の街……高校生のころから歩いている場所なのに、知らない土地にきているみたい……東口……すれ違う人たちの顔が怖い。自分がどんな状態で歩いているのかもよく分からない。

なんとか到着した青山円形劇場。握りしめてきたチケットは『ア・ラ・カ・ル・ト』という舞台。だいぶ前に頼んでいたのを忘れていて、送られてきたチケットを見てその存在を思い出したのだ。

こんな状態なら行かなくても良かったのかもしれない。が、なんとなく行かなきゃいけないと直感的に思ったし、心のどこかでそろそろリハビリを始めないと、本当にひとりで家から出られなくなってしまうという焦りもあった。だから決死の覚悟で10代から何度も通った劇場まで足を運んだ。

席に着いて開演を待つ。落ち着かない……最後まで観ていられるのだろうか。

……物語が始まり、気が付いたら、何気ないシーンで普通に笑っていた。

劇場を出て、暗くなり始めた宮益坂をまた下って、バス停まで歩く。バスに乗って席に座って安心したら何とも言えない気持ちで胸が一杯になった。

……笑ってた……。

高校生の頃から何度も訪れたあの劇場の客席で私は笑えてた。舞台を観て笑えるなら……もしかしたらまだ大丈夫なのかもしれない。もう1度社会と繋がれるかもしれない。久しぶりにソロで街と劇場に行った高揚感もあって、いきなりの前向きモードになっていた。

だけど、なにをする?なにができる?なにをしたい?

叶うなら、もう1度自分をこちら側の世界に引き戻してくれた、そして幼いころからいつも近くにあった演劇に関わる仕事がしたい。それは唐突な思いつきだったかもしれないけれど、暗いトンネルの遠い向こうにやっと見えた”光”でもあった。

久しぶりにその夜は闇へのアクセスでなく未来のことを考えた。

Twitter @makigami_p




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