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小声コラム#3 カッコつけるとたいてい失敗する理

たぶんみんな一度はカッコつけたことがあると思う。
いつだったか先輩が『男性はカッコつけたい生き物』と言っていたけど、そもそも何でカッコつけるのだろうと気になった。

カッコよく見られたい、モテたいってのはわかる。生物的に、その方が異性との接触の可能性があがるから(そんなこと考えてないか。)。ただ、カッコつけるというのは、カッコ悪い部分あるいは普通の部分を逆に際立たせるのではないかと思う。しかも度を越せば嘘つきというところまでいっちゃうのではないか。

ちょっと辞書の意味を調べてみた。

格好つけ
できるだけ、さまになるように、体裁が良くなるようにと、気にして振舞うさま。


ほら。体裁を良くなるように気にして振る舞うって、カッコよく見られるのだろうか。
人間はけっこう敏感だから、このような違和感に気づいてしまうし、その行為はリスクが高い(なぜかTKOのお尚香を額にすりつけるコントを思い出した)。

と言うものの、カッコつけることはカッコ悪いこととわかっていても、ついやってしまうから不思議なものだあと思う。


そう、ボクはかなりのカッコつけだ。
しかも斜に構えていて、捻くれている。
なんなら捻くれていることがカッコいいと思っていた時期もあり、捻くれるカッコつけをしていたこともある。
しかも、それはほぼ無自覚で自我が確立していないときから、やっていた。


小学5年生の授業参観のことだ。
親御さんたちが教室の後ろから子どもたちが授業を受ける姿を見るあのイベント。
普通の子どもなら、手を挙げてハキハキと答えるのがカッコいいと思うし、それはカッコつけではなく正しい姿だ。

が、あろうことかボクは授業なんて聞かなくても勉強できるヤツというアピールをしたくて、寝たフリをしていた。
普段の授業はめちゃくちゃ活発に手を挙げているのに だ。
(いま思えば母は恥ずかしかっただろうな。ごめんよ。母さん。)

というわけで、この歪んだカッコつけは当然、その日の帰宅後に説教の的になった。
しかも睡眠時間が足りないと思われてしまい、普段でも21時就寝なのに、20時就寝にすると言われてしまった。
当時はウォーターボーイズ2が放送されていて、ボクは毎週それを本当に楽しみにしていたのだが、20時就寝のおかげでそれが見られなくなってしまい、大泣きした。(自業自得だ。)

カッコつけはたいてい失敗するという理があると思う。
このように恥をさらして自覚しようとしても、またやってしまうんだろうなあ。
自然体が、そのものらしいことが、
1番カッコいいってわかってはいるんだけどなあ。



#3 カッコつけるとたいてい失敗する理

文章まとまりなくすみません。

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