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270日後にオーケストラ会員を3割増やす広報サポーター

ひとつ前の記事で“音楽事業者向けサポート事業”を行っていると書きました。そのうちのひとつ「神奈川フィルハーモニー管弦楽団の広報サポーター」事業がおかげさまでひとつの節目を迎えました。新たなシーズンへ進む前に、どうしてもここまでの歩みを記しておきたくなりましたので、慣れない長文をしたためてみます。(ライターさんほんとすごい)

まずは「神奈川フィル」について

神奈川フィルハーモニー管弦楽団は神奈川県唯一のプロオーケストラです。横浜を拠点とし主に神奈川県の各地域へ生の音楽を届けています。創立は1970年。2020年コロナ禍のさなかに50周年を迎えています。

東京にはたくさんのプロオーケストラがありますが、神奈川県でのプロオケは唯一です。「関東圏」と一括りにされやすいという悩みもありますが、「わたしたちの街のオーケストラ」を誇りに思ういわゆる「サポーター」的な方に多く応援され(わたしもそのひとりです)地域に愛されているオーケストラです。

去年ドラマ「リバーサルオーケストラ」に全面協力したことでも記憶に新しく、Xフォロワー数はまもなく4万人を超え、聴きたいオーケストラ4位と認知度も高まっています。


何故サポートすることになったのか

「アナウンサーが何故広報サポートをするのか?」疑問に思われる方も多いと思います。

実は、アナウンサーになるきっかけをつくったのは、神奈川フィルでした。

音楽大学を卒業し、紆余曲折あって会社員をしていたころ、やりがいはあるものの心身ともに病み、「そうだ音楽を取り戻そう」と一歩踏み出したのが、当時地域住民で編成されていた「神奈川フィル合唱団」でした。入団オーディションは約10年ぶりの人前でのパフォーマンスとなりました。

その後「声」そのものに興味を持ち、アナウンススクールへ通い、ありがたくも仕事をいただくようになり、結果的にアナウンサーとして活動するに至りました。(その経緯はこのあたりに書いています)

人生を変えるきっかけとなった神奈川フィルの公演に何度となく訪れるにつれ、広報担当「中の人」と連絡を取り合うようになり、とある課題の相談をいただきました。去年の初夏のことでした。

2020年第九演奏会。どうやらこの頃「中の人兄さん」とご挨拶しているようです。


課題は「定期会員の減少」

神奈川フィルが抱える課題は「定期会員の減少」でした。

そもそも定期会員とは何?をご説明しておかなければなりません。オーケストラ団体により様々ですが、概ねスポーツの世界で「シーズンチケット」と呼ばれるいわゆる「シーズン通し券の購入者」を定期会員と呼んでいます。

多くのオーケストラ団体は「定期演奏会」の年間スケジュールを発表します。神奈川フィルの場合、月1〜3回のペースで定期演奏会が行われます。シーズンは4月始まりで例年秋に次シーズンのラインナップが発表されます。

この「定期演奏会」のチケットを期待を込めてシーズン開始前にまとめて購入するお客様=先行投資するお客様のことを感謝をこめて定期会員と呼んでいるのです。大事なステークホルダーとも言えます。そのため他主催公演の優先購入や割引を始めとした各種特典があります。

では何故「定期会員の減少」が課題になったのか?
原因は2つ考えられました。

①コロナ禍による離脱
②定期公演ホールの改修が重なった

オーケストラ業界全体の課題としては「若い観客層の開拓」も長期課題として挙げられます。

定期演奏会メイン会場である「みなとみらいホール」
大規模修繕工事に伴い2021年1月から2022年10月まで長期間の全館休館がありました。

持っているのは、神奈川フィルハーモニー管弦楽団 応援マスコット「ブルーダル」くん
約160年前ペリーと一緒に上陸したダルメシアン犬を祖先に持つ横浜生まれのキャラクターです。


活きた「多種多様な業務経験」

この大きな課題へ向き合うにあたり、これまでの経験を総動員することとなりました。

もう誰も信じてくれなさそうですが、渋谷のライブハウスで舞台監督としてTシャツジーンズで機材を持って走り回っていたこともあります。

就職氷河期世代ゆえに多種多様な業務経験がある「変わり種」アナウンサーの職務経歴は…

・接客経験
・コンタクトセンター運営経験
・イベント運営経験
・イベント制作経験
・ITサポートが行える程度のIT知見
・マーケティングを学んだこと

すべての共通項は「顧客目線」と「伝える」ことです。
広報は「広く報(しら)せる」。
アナウンサー業務の延長線上にあると考えることもできました。

「お客様の声を活用」「PDCAサイクルをまわす」をベースに、学んだマーケティング手法を活用していけると考えました。

お客様の声を反映したオリジナルグッズ。以前は不定期販売でした。
主催公演で毎回販売することもお客様満足度向上施策のひとつ。


課題解決のためにまず行ったこと

かくして「定期会員加入促進プロジェクト」は走り出しました。

まず現場へ行きました。
行くとわかることがあるからです。
定期演奏会のロビーに何度か立たせていただきました。
会場スタッフさんのお話を聞きました。
それから1年分ぐらいのアンケートに目を通しました。

その上で、課題解決のための軸を整理しました。

コンサートホールのロビーやホワイエの居心地のよさが大好き


課題解決のために必要な2つの軸

①定期会員制度をわかりやすく訴求する
②お客様満足度向上でリピーターを増やす

①について
継続しなかった会員の声を直接お聞きする機会に恵まれました。
「手続きが煩雑でわかりづらい」
「気がついたら申し込み期限が過ぎていた」

また、何度も神奈川フィルの公演に訪れているというお客様の声を聞く機会もありましたが、定期会員制度自体をご存知ありませんでした。

思えば、わたしも定期会員制度について、今回相談を受けるまで知らなかったので、「制度自体を知らない」「いつ・どのように申し込めばいいかわからない」という理由から「ターゲットを取りこぼしている」という仮説を立てました。

取りこぼさないだけで会員になっていただける層がいる!

②について
いきなり「シーズン通し券」を買っていただくのはなかなかハードルが高いですよね。ということで次シーズン3公演以上まとめ購入で「セレクト会員」という制度もあります。

アンケートで「ドラマを見て、初めてオーケストラのコンサートに来ました!」という回答をよく見かけました。やはりテレビの影響は大きいです。

最近では「青のオーケストラ」「響け!ユーフォニアム」などのアニメを入り口にYouTubeをたどり、気づいたら神奈川フィルの公式YouTubeチャンネルに辿り着いて会場に来てみた、という方も増えているようです。

これまで地道に伸ばしてきていたYouTubeやXでの認知度により、「初めてのオーケストラ」として神奈川フィルが入り口なる動線ができつつあるのでは?という仮説を立てました。

→「また来たい」とリピートを促せば「セレクト会員」の層は拡大できる!

いずれもお客様に「会員になるための行動をとっていただく」必要があり、行動していただくための鍵は「お客様の声」にあると考えました。

コンサートホールで飲むワイン。至福のひと時。非日常への旅がここから始まります。


改善活動スタート

大前提として「神奈川フィル自体がそもそも素晴らしいオーケストラであること」「Xのフォロワーが多く影響力を持っていること」「広報「中の人」が一人で活動しているためリソースが少ないこと」(頭の中に「倒れてしまっては困る」がいつもありました)を中心に据えて、「少ないリソースで大きく効果が出せることを優先しながら」丁寧に改善活動を行いました。

①定期会員制度をわかりやすく訴求する

①-1 広報活動PDCA
年間計画を立て→「中の人」が実行→毎週一緒に進捗確認→都度軌道修正をする、という極めて基本的なPDCAサイクルを週イチペースで回しました。

表向きに見えているものよりも、この役割が最もウェイトが高く、かつ効果を発揮したと思います。伴走支援の礎となりました。何においても基本、大事。

もちろん「できなかったこと」も生じるのですが「無理があった」と判断して見直したり見送ったりしてきました。1人だとできなかった自分を責めがちになるところですが、客観的な視点が入ることで気持ちの負荷分散ができていたらいいなと思っています。ずっとトスを上げ続けている感覚でした。アタックが打てないときはトスを上げる側にも改善の余地があるという考え方です。

①-2 定期会員の案内をシンプルに
「シーズンを通して演奏会を聴きたい方」「好きな公演を選んでプランを立てたい方」など、顧客目線の説明に変更しました。

神奈川フィルHP「定期会員のご案内」より

①-3 会員特典もわかりやすくシンプルに

神奈川フィルHP「定期会員のご案内」より

さらに「会員限定チケットホルダー」を復活させることにしました。きっかけはロビーに立っていて以前の会員チケットホルダーから大切そうにチケットを取り出す姿に感動するとともに自然と「いつも応援ありがとうございます」という気持ちが湧きおこった経験からです。これはファンの目線としても「会員さんだ!」と横の連帯を育めるのではないかと考えました。

シーズンの年を入れること、毎年色違いを提供することでコレクティブ要素を加えること、「会員でないと手に入らないグッズ」というプレミアム感を出すために"一般販売しないこと”にこだわりました。普段あまりこだわりがない人間なのですが、この点においてだけはちょっとこだわらせていただきました。いつも想像以上の可愛さに仕上げてくださるNDCグラフィックス社のデザイン力とお仕事の速度にはいつも感銘を受けています。

結果、Xなどで「かなフィルさんからお手紙ついた」とチケットホルダーと会員証の画像つきポストがいくつも見られてこっそりガッツポーズしていたことをここに記しておきます。

左:定期会員限定チケットホルダー
右:年間プログラム冊子

②お客様満足度向上でリピーターを増やす

②-1 お客様の声(VOC)収集
わたしも回答したことのなかったWebアンケートを活用すべく、ステッカー配布キャンペーンで認知度向上作戦を行いました。回答数を増やし、集計の速度を上げ、次アクションへの速度も上げることができました。ステッカー可愛いですよね。

アンケートからの改善例のひとつとして「マナー啓発」が挙げられます。プログラム記載の改善や会場掲示するようにしました。こちらもNDCグラフィックス社さんによる素敵デザインで可愛くしっかり伝えています。プログラムや会場でぜひ見つけてみてください。

あと、コロナ禍で実施できなくなっていた「会員向けイベント」の復活も「楽団員との交流の機会を望む」声が寄せられていたことが大きな決め手となりました。会員限定の目玉としました。

②-2 「また来たくなる」会場づくり
会場内の賑わい創出する
・話しかけやすくするためのスタッフバッジ
・毎回グッズ販売ブースを出す(バナーもつくりました)
・お客様の声を活かしたオリジナルグッズ制作
・プログラムに楽団員の写真を掲載(顔と名前を覚えて沼へようこそ)

地域連携
・近隣店舗とのコラボレーション
・FMでの告知活動

地域連携については、広報「中の人」のリソースを極力使わないようにするため、わたしが単独で動けるものが中心です。地域の人が神奈川フィルに携わっていただくことにより、関係人口を増やすという側面もあります。

FMやまと・FM熱海湯河原・FM-Hi・FM島田・FMしみず・FMブルー湘南
6局9番組にご協力いただきました。感謝しかありません。
FMやまと・FM熱海湯河原パーソナリティ 久保田さおりさん
たくさんご協力いただきました!感謝!

③オーケストラを次世代へつなぐために

どこの業界も人手不足と言われていますが、オーケストラも人手不足。特に「支える人」が足りません。「足りないからできない」と言いたくなくてまずは自分で手足を動かし、足りない時は友人にヘルプを頼んだりしながら土台を整え、最終的に音大生サポートチームを結成して手伝っていただくことにしました。昨年末あたりから主催公演のグッズ販売ブースは若い世代が生き生きと対応してくれています。

しかもご縁をいただいたのはOGでもある洗足学園音楽大学の現役音大生です。人生なにがあるかわからないものです。楽団や公演の運営に携わっていただいた経験は、演奏家になったとしても、支える仕事を選んだとしても、別の世界へ飛び込んだとしても生かすことのできる貴重なものであると信じています。

個人的な想いとしては、これからは演者も運営も両方やる多角的な活動がどんどんできる時代になっていくと感じています。どんどん新しい世界をつくっていってほしいと願っています。

洗足学園音楽大学つながり 先輩と後輩


おかげさまで目標達成!そして…

延々と提案というトスを上げ続け「中の人」が打てるものだけアタックをする…これを270日続けた結果、みなさんに情報が届き、入会手続きという行動をしていただくことができ、晴れて目標を達成することができました!

しかもコロナ禍前の水準に戻っただけではなく「+α」の3割増加という想定以上の結果です。”我らがかなフィルだし達成できないことはない”という妙な自信はありましたが、いざ達成してみると感無量です。

提案する機会を与えていただいただけではなく、櫻井専務や榊原音楽主幹が提案する都度「やりましょう!」と後押しし続けてくださったことに心から感謝しています。

提案しても「前例がないから」と物事を動かすことができない組織をたくさん見てきました。だからこそ「やりましょう!」ができる神奈川フィルをもっともっとたくさんの方々に体験していただきたいと思っています。

神奈川フィルは冒頭に書いた「地域に生の音楽を届ける」を本気でやっています。届けるために何でもトライしてみる素晴らしい事務局に支えられている楽団です。

有難いことに来期も新たなミッションをいただきました。引き続きサポートさせていただけることに感謝しています。よろしくお願いいたします。

お客様の表情や言葉から得られることが本当にたくさんあります


神奈川フィルの魅力は「圧倒的なウェルカム感」

最後に推し活タイムさせてください(笑)

「クラシック音楽は敷居が高い」と耳にタコができるほど聞くフレーズですが、そもそも「敷居が高い」という言葉は「(不義理をして)敷居が高く感じる」という意味なので「勝手に高いって思ってるんじゃん」事案です。敷居の高さは変えられません。だって自在に高くなったり低くなったりしたらおかしいもの。なので敷居の高さ自体は変えずに「この敷居、高くない」と感じていただくのが大事だと思っています。意外とひょいっとまたげます。

「クラシック音楽を知らないから」ともよく言われますが、アニメやゲームや映画やミュージカルの音楽がオーケストラで演奏されていることが多いですよね。ジブリとかもそう。ラピュタのサウンドトラックは最高ですし、NHK交響楽団が演奏するドラクエIIIのサントラがオーケストラ沼への入り口でした。オーケストラで演奏されている楽曲の礎になっているものがクラシック音楽と考えると、もうすでに「クラシック音楽の響きを知っている」ということになります。安心してください。

神奈川フィルは良い意味で「この敷居、高くない」と思わせる音を持っているように感じています。また行ってみようと思わせる「圧倒的なウェルカム感」があります。聴いたことのない曲の公演であっても、最後までずっと集中して聴いていられることが多く、その都度「世界が広がった!」という充実感を得られます。お客様も一緒に集中できる一体感のあるあたたかい会場だからかもしれません。それは会場でなければ体感できないので、ぜひ足を運んで身体全体で音を浴びていただきたいのです。

そして沼尻竜典音楽監督の言葉や音楽にも、もっと触れてもらいたいのです。触れれば触れるほど沼にハマっているなうなので皆さまも道連れにしたい所存。

「クラシック音楽家は落語家に似ている、が持論です。長屋を知らない若い世代にどう江戸時代を伝えるか……。同様に、どんどん遠い人になっていくバッハやベートーベンの音楽を、まるで隣のおじさんの言葉のように生き生きと手渡していきたい」

Interview:沼尻竜典(指揮者)落語のように伝えたい ENEOS音楽賞を受賞 | 毎日新聞
2022年10月 2023-24シーズン記者発表会での沼尻音楽監督。可愛い(心の声)
何故か記者発表の場に招かれていたので記者の皆さまに混じって撮影した1枚。
この日撮影したこの写真を使う日が来るとは。人生はまさかの連続です(笑)


これから実現させたいことが色々とあります。

お客様にご満足いただいて
応援の輪をもっと広げていき

いつしかどこかの駅や施設に
「わたしたちは神奈川フィルを応援しています!」と
大きく掲示されて

遠くから訪れた人に
「そうか、ここが神奈川フィルのいる街か!」
と思っていただけるように。

そして、楽団を支える人がもっと増えるように。
引き続き支えていきます。

この9ヶ月支えていただいた皆様に心からの感謝を込めて。
Office Tsutaebito 旅するアナウンサー吉野真徠

そうそう、司会もさせていただきました。
お客様の反応が素晴らしく拍手がなりやまなくて感動。
楽しかったー!こういう機会も増えるといいな。

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