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夢幻鉄道 君と見る景色 11

連載小説です。マガジンから初回から読めます。


 アスカは、「疲れた」と言って泣いた。その気持ちが手にとるようにわかるから、僕は言葉に詰まった。疲れた、よね。僕も口には出さないけど同じく思っていた。いつまで続くかわからない検査、何度も何度も受ける注射、減る事を知らない薬、もう、うんざりだ。全部もうしたくない。僕はアスカにどんな言葉をかけたらいいのだろう?ここでお別れはしたくない、そんなの嫌だ、けど、ずっと頑張ってきたアスカにかける言葉がみつからない。頑張って、頑張って、頑張っての後の「疲れた」だ。何もしなかった訳ではない。一生懸命、検査に耐えてきた。その努力を知っている。もうこれ以上、出来たら「頑張れ」なんて言いたくない。「もう頑張らななくていいよ」という言葉をかけてあげたい。けど、それだと、もうアスカに会えない。会えない方が嫌。どんな言葉が彼女を救えるのか。
「やだ、どうしてハルまで泣いてるのよ」
「え?」
 手を目にやると、指先が濡れた。言葉を探しているうちに、僕も泣いていた。泣こうとなんかしてないのに、勝手に涙が頬をつたう。
「あれ、ほんとだ、泣いている、どうしてだろう。泣きたくないのに」
 止めようとしても無理。どんどん涙が出る。アスカの前で泣くなんてかっこ悪いから嫌なのに、気持ちとは逆に流れていく。
「ハル、泣きすぎ」 
 アスカは泣きながら笑って僕を抱きしめた。つられて僕も笑った。
「ごめん、かっこ悪いよね、何か言おうと思うけど、出てこないんだ。もう十分頑張ってきたよね、わかるよ、わかる。だけど、また会いたいんだ。一緒に海も、森も行きたいんだ」
「ありがとう、嬉しい。私も行きたい」
 二人して向き合い、笑顔が涙に勝った。
「行こう、行こう。まだバイバイなんてしたくない。行きたい所いっぱいある」
「うん、バイバイしたくない、私、もっともっと生きたい。まだ死にたくない」
「大丈夫、アスカは死なない」
「ほんと?」
「ほんとに、ほんと」
「そういえば私、ここ最近ずっと寝てばっかりだったんだよ、大丈夫かな」
「大丈夫、絶対に治る。そして、大きくなったら一緒にして欲しい事があるんだ」
「うん、治る、治したい。私、大人になりたい。大きくなったら、か。何?そういえば、私たちって大きくなったら何になるとか、何をしたいとか話していなかったね。なんか、大人になるってリアルじゃなかったからかな」
「全部の病院にさ、色んな絵や自然の写真を沢山飾りたいんだ。それを、一緒にしてくれないかな?したいんだけど、僕は図工がとくに苦手だから、図工得意なアスカに手伝ってほしいんだ」
 さっき病院で見たあの壁の景色を、君と見たい。頑張っているみんなを応援したい。なかなか出かけられないみんなに、いろんな景色を見せてあげたい。少しでも、癒してあげたい。あの写真が僕やエル君を救ったように、今度は僕らがそれをする人になりたい。僕に夢が生まれた。
「それ、いいね。すごくいい。ステキ!ステキな夢だね。よし、のった!やる!私もしたい!ハルだけだと絶対変になるの目に見えるし。図工ほんと苦手だもんねーハルって」
 アスカから「生きる」という強い意思が伝わってきて安心した。図工苦手でよかった。苦手な事もこうやっていい所もあるのか。

 ほっとしていると、森にある木々がペンキが剥がれる様にゆっくりと落ちていった。
「そろそろ終わりみたいだね。さあ、電車に乗って。私はもう大丈夫だから」
「うん、わかった。元気になって、色んな所に行こう。そして、夢を叶えよう」
「うん、絶対」
 アスカは笑った。その顔にはもう涙はない。きっと大丈夫、だから僕も笑う。






 
 電車に乗り込むとすぐにドアが閉まった。窓際の席に着くと、車掌さんが近づいてきた。

「楽しかったみたいですね、大丈夫、きっとうまくいきますよ。あの海の写真、キレイでしたね。友達が喜んでくれるって嬉しいですね。友達って大切ですね。ステキな夢、是非叶えましょう」

 うん、きっと大丈夫。
 この夢、絶対にみんなで叶える。
 

 



 感動の涙が流れるのを必死に我慢しているのをアスカに気づかれた。やばい、と思ってアスカの方を見たら、アスカはアスカで既に泣いていた。なんだよ、泣いてるの一緒じゃん、嬉しすぎて感動しているの同じじゃん。エルが、「はいはい、お二人さん、嬉しくて泣くのはわかるけどさ、作業は進めよう」と僕に写真パネルを渡した。そのエルも目に涙を浮かべている。無理もない。ついに、僕らの夢が叶うのだ。いくらでも泣いたっていい。
「すごいね、この写真展示してくれるの?」
 看護師さんに声をかけられた。
「嬉しいなー。ありがとう。みんな喜ぶよ」
 先生もそう言って喜んでくれる。
 これは夢だけど、夢じゃない。








おわり。


読んでいただいてありがとうございます。この物語はフィクションですが、自分自身の闘病経験で感じた事が元になっています。そして、実際に今病院でホスピタルアート活動をしています。この活動を応援いただけたら嬉しいです。
ほかにも小説を書いています。

続編書きました



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