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夢幻鉄道 君と見る景色 4

連載小説です。前回はマガジンから読めます。 

 僕は今日も、順番が来るまで本を読む事にした。3冊のうちの、まずピンクのぽっちゃりクマさんが主役の本を選び、ページを開いた。
 青々とした木々が目に入る。壮大な大自然がここにある。僕はこの絵が大好きだ。出てくるキャラクターはみんなかわいいし、そしてそれぞれ魅力がある。クマはおっとりしているだけに見えて、実はとんでもなくかっこいいし、友達を助けるシーンはいつ見てもワクワクする。

 物語がいよいよクマの活躍するページまであと一歩という時に、名前が呼ばれてしまった。僕の番だ。お母さんに「さあ、行くよ」と声をかけられた。渋々本を鞄に戻し、立ち上がった。

 扉を開けると、お医者さんと看護師さんがいた。お医者さんはおばちゃんせんせいで、僕が赤ちゃんの頃からずっと診てくれている人だ。今日の看護師さんも名前はわからないけど見覚えはある。どっちの人も凄くやさしくて好きな人。

 椅子に座り、Tシャツを上にあげてお腹にある手術の跡を見せた。それは大きいし、縫い目まではっきりとわかる。そこにそっとせんせいの指が触れる。冷たくてヒヤッとしたのは内緒。
「お腹は最近痛くない?」や、「変わった事はないかな?」という質問に答える度に、せんせいはパソコンに何か文字を入れていく。

 もう何回ここに来たのかな?

 きっと、数えきれない程来ているはず。
 だからこの後何があるかも知っているし、それを考えると嫌になる。しなくていいならしたくないけど、そうはいかないんだよね。そわそわしたこの気持ちを悟られないよう、くしゃっとした笑顔を作り、壁にある見飽きたアニメの絵に意識を飛ばした。キャラクターと目が合う。君はいいな。とにかく羨ましいぞ。

「好きな食べ物って何だっけ?」と言いながらせんせいが注射器を手にすると、僕は手を差し出した。僕は隠れて息を止める。  
「ホットケーキだよ」と話している間に嫌な時間が終わり、心底ほっとした。 
 すぐに伝わらない位小さく一息ついた。朝からずっと憂鬱であった試練を達成出来た。  
 本当は「やったー」と叫びたい。
「頑張ったね」
「すごいね」
 せんせいと看護師さんにたっぷり褒められた。みんなに言われて本当は凄く嬉しいのに、僕は「そう?別にこれって普通だよ」という感じで「うん」とだけ答えた。この心の動きはバレていないはず。大丈夫、大丈夫。僕はそう、これ位大丈夫な人間なのだ。だから、みんなを心配させる訳にはいかないのだ。特に母さんにはそう思われたくない。僕は強い男、注射なんてもう慣れているし平気だと思われなければならない。

「代われるなら代わってあげたい」と泣いていた母さんを僕は知っている。夜にそう父さんと部屋で話しているのを、トイレに行く時に廊下で聞いてしまった。僕の前ではそんな素振りは見せず強くてあっけらかんとしているけど、実はそんな事を思っていたなんて、とにかくショックを受けた。だからその時に僕は「強い男になる」と決めた。もう検査で注射をされても泣かないし、一切ひるまない。僕のせいで母さんを悲しませたくはない。僕は大丈夫。代わらなくていい。そんな事、もう絶対に思わせない。ねえ、僕は頑張るよ。

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