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母国語:関西弁、第二言語:標準語の行く末

標準語を話す人には標準語でしか話せない

ちょっとした強みがある。
私は生粋の関西人であるが、完璧に標準語を使いこなせている、らしい。
東京に来て、初対面の人と話してみて、まず関西人とバレたことがない。
「出身は大阪です」と言うと「え〜全然わからなかった!全然関西弁出ないですね!」と、百発百中言われる。
1人で、「どこまで関西人だとバレないかゲーム」を楽しんでいるほどだ。

そして大体の人は、続けて「関西人って東京に来ても、絶対関西弁で突き通そうとするじゃん。」と言われる。
私は、この、“どうせ関西弁しか話せないんでしょ、関西弁をなかなか直そうとせず全面的に出してくるあたりウザいよな”的な見下した感じに聞こえて、ちょっと内心イラッとしながら、淡々と返す。
「東京に来た関西人は、2種類に分かれるんだよ。どうもこうも頑張っても関西弁しか話せない人と、(早かれ遅かれ)標準語も話せて使い分けれる人」と

自分的には、標準語で話す人と関西弁で話してみてよと言われた方が難しいのだ。

photo by ソエジマケイタ

私が標準語を完璧に使いこなせる理由

おそらく母に要因があると思っている。
母は出生は大阪だが、転勤族で、生まれてすぐ北海道に行き、東京に10年くらい住んでいた時期もある。だからなのか、確かにコテコテの“大阪弁"ではないし、電話口では標準語になっている。(ことに、私は東京に住むようになってから気づいた)
それを昔から聞いているからか、気づいたら、完全に標準語が使いこなせるようになっていたというわけだ。

中学の時に、すでに標準語を話せる体質になっていたのではないかと思う、エピソードがある。
クラスに、1人関東から来た女の子がいて、その子に「私が、関西弁に染まらせてみせる!」と宣言じみたことを言ったのだが、言った矢先から、その子が使う標準語に、私が釣られていた。
自分的には”話せる”というよりは”釣られる”という感覚だった。
何度も試みるも、出だしから私が標準語になっていつも完敗だった。

話を戻すと、標準語を話せるか話せないかは、単なる言語習得の得意不得意タイプかどうかに分かれるだけだと思っている。つまり、英語とかの外国語と一緒。リスニングスキルと、それを口に出すスピーキングスキルが高いかどうか、だけだと思う。

だから、関西人が標準語を話せないという偏見は、多分テレビの見過ぎだと思う。

・・・

しかし、関西弁が母国語の私にとって、この「標準語を話す人には標準語でしか話せない」という、他の人にとっては何てこないこのことが、徐々に生活に支障をきたすようになってくるのだ。
日に日に“関西弁不足”となり、今まで全く興味のなかった「お笑い」に手を出すことになる。


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