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四国歩き遍路日記 7日目 18番~19番

2月27日

ホテルを出発して、国道をひたすら歩いていく。

靴と靴下を変えて、快適度は各段に上がった。五本指ソックスも生まれて初めて履いたが、足指の蒸れが無くなってすばらしい。
今まで生きてきて、どうして一度も試したことがなかったんだろう。

また今日はウォークマンを使い始めたが、やはり音楽を聞きながら歩くと時間が過ぎるのが早い。出発前に作ってきた「人生の懐メロ」フォルダが懐かしすぎる。サムエルの「ラストチャンス」を聞きながら、田んぼ道をチャリでつっぱしってた日々。

18番の手前で、突然車から降りてきたスーツ姿のおっさんが話しかけてきた。「お遍路さんを見かけると話しかけるようにしてるんです」とのこと。なんか直観的にうさんくさいと思ったので、少し警戒しながら応答していたら、やはり某宗教の人間だった。
20年前、同じように秩父を歩き遍路したときにもこの宗教の人間に話しかけられたことがあったので、もしかして四国でもあるかもとうっすら思っていたら本当にその通りになって、なかば呆れてしまった。遍路相手なら話しかけても無視されないだろうというやり口が汚い。


18番恩山寺で納経帳を取り出したとき、黄色い地図をホテルに忘れてきたことに気づく。あれほど部屋を出るときにチェックしたのに忘れてくるなんて意味が分からない。
高いし、その辺で売ってるものじゃないのだが、かといって往復20キロはさすがに戻れないので泣く泣くあきらめる。
本当、次から次へとトラブルが発生する。

納経後、スマホを見ると昨夜モンベルに出したメールの返信が来ていて、初期不良対応で替えのベルトを送ってくれるらしい。
一週間後ぐらいに高知市街を通る予定なので、高知店で受け取れるよう頼んでおいた。なにげに、どこにでも店舗があるモンベルだからこそこういうことができるんだろう。
とりあえずベルトの件はなんとかなりそうでほっとした。


19番立江寺を打ち、あとは20番の麓にある宿に向けてひたすら歩いていく。
昼飯を食いそびれてしまったので「腹減った、腹減った」と思いながら、のどかな車道を進んでいく。
途中、田んぼの向こうにうどん屋を見つけ、喜び勇んで行ったら休みだった。

空腹に耐えながら徐々に山間部に入っていくと、突然ローソンが現れたので、嬉々として飛び込んでイートインでガツガツ食べた。

すっかり生き返って、あとは宿に向かうだけだ。

黄色い地図によるとこのあたりは「金子や」という宿しかないのだが、あまり評判が良くない。「ふれあいの里さかもと」いう、廃校の校舎を利用した宿が魅力的だったが、なにぶんルートから外れすぎている。
そんなわけで、どうしたもんかとスマホで見つけたのが今日の宿だった。

宿に着いたら尺八を吹いてる人がいて、その人が宿の主人だった。
もともと徳島バスの運転手をやっていたそうで、よくしゃべる個性的な人だった。
これ以上客を増やさないためにあえて黄色い地図には載せてないとのこと。植村旅館に泊まった話をしたら「あそこの若女将、美人だったでしょ」と言われた(確かに!)。
いろんな話を聞いて夕食はだいぶ長引いてしまった。

明日はふたたび遍路ころがしの道だ。
阿波の三大難所「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」の二と三を登ることになる。しかも雨だ。そんなに降らないとの予報だが、やはり不安だ。

泊:鶴風亭(2食6000円)

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