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ITエンジニアはこれからのジョブ型へのシフトに向けてどう覚悟すべきなのか

 KDDIがジョブ型雇用を導入というニュースが7月末に駆け巡りました。リモートワークの際のGMO、NTTデータも象徴的でしたが、古参大手が動くとこの国は倣うのでジョブ型の動きは現実のものになっていくんだろうなと感じています。Twitterでも「雰囲気でジョブ型を語る人事」などと揶揄されているのをたまに見ますが、リモートワーク下での評価に頭を悩ませていった結果、準備検討中の会社さんは多いのではないかと思います。

 本コンテンツでも幾度となくお話をしてきましたが、メンバーシップ型採用(新卒一括採用、終身雇用)の根幹としてはそもそも大学に期待をしておらず、入社後教育・研修でレベルを揃えるという点にあります。ここが流動的になることでアウトプットの期待値が読めなくなります。勢い、生産性という言葉が一人歩きをしていきます。

 組織構造はある程度構造的に考えたいところですが、ヒトが相手だと思うと難しいように思われがちです。以前、フリーランス・業務委託・社内副業といった働き方の多様化を計算機リソースの多様化になぞらえて整理したHRE (Human Resource Engineering) を唱えたのですが、こちらの発展形としてお話したいと思います。

従来型メンバーシップ採用

 メンバーシップ型採用などと言われる新卒一括採用・終身雇用ですがこちらはHREではオンプレミス環境と表現しています。オンプレミス環境ではデータセンター(環境が整った箱・綺麗なオフィス)にラック(座席)を設置し、新品のサーバ・ネットワーク機器(新入社員)をマウントします。OS・ミドルウェア・プログラムを新規インストールし、負荷試験をして(入社時研修)から本運用に出されます。耐用年数が近づくと本番環境から外されるのですが、必要となる計算機資源が少なくて済むmemcachedやRedis担当に回ったり、多くの場合は開発環境やコーポレートサイトなどに回したりして天寿を全うします。

 先に述べたように纏まった教育は入社時教育のみになります。元々が50歳で定年していた時代の産物なので学び直しなどは考慮されていない1サイクルなわけですが、DXなどでITが入ってくると各人の学習サイクルを確立しないとミドルにして引退扱いされる可能性が濃厚になってきます。感覚的には35歳で需要は陰り始め、5歳刻みで厳しくなっていき、45歳を超えると求人票が見当たりなくなります。このハードルを超えるためにはリラーニング、学び直しが不可欠であり、日頃からそのような姿勢は培っておかないとキャッチアップが難しくなっていきます。

20200814 労働資源工学、HRE

SES・フリーランスとの協業を振り返る

 ジョブ型の話をする前に、ITエンジニアではポピュラーなSES・フリーランス活用について触れておきます。

20200814 労働資源工学、HRE (3)

 彼らの活用のシーンとしては主に下記のようなものがあります。

・スポットで教育・学習コストの低い人材に即日参加してほしい
・正社員採用コストが払い出せない、うまく行かない
・新規事業など正社員を抱えて開発を進めることにリスクがあるのですべて投資という形で実現したい

 主に時間精算が中心で、スキルや経験に応じて単価や契約期間が変動します。この様子をHREではパブリッククラウドの様相であるとお話しました。オンプレミス(正社員)との連携しますが、ALB(タスク分配)が重要になってきます。

 この思想を更に進めていくとスポットで雇用してコストとタスク消化を両立する形になるわけですが、少人数の正社員と多数のフリーランスで構成される開発体制の例としてシェアフルの事例があります(1年ほど前に共にイベント登壇したので私も写真に居ますが)。フリーランスの方がカレンダーに稼働可能な日時を登録しておき、その日がやってくるとアクティブになります。事前に社内のPjMがタスク分解して登録をしておくことで、アクティブになったフリーランスがタスクを取っていきます。AWSで言うところのスポットインスタンスのようだなと捉えています。

スポットインスタンス は、オンデマンド価格より低価で利用できる未使用の EC2 インスタンスです。スポットインスタンス では未使用の EC2 インスタンスを静止状態割引でリクエストできるため、Amazon EC2 のコストを大幅に削減できます。

ジョブ型採用

 ジョブディスクリプションに応じた契約のジョブ型採用では、先のSESのような関係性が企業と社員の間に産まれるのではないかと考えています。

20200814 労働資源工学、HRE (2)

 ここで課題になってくるものとしては下記があると考えています。

1)ジョブ型人材の供給元
2)ジョブディスクリプションの達成・失敗と人材の行き先
3)ジョブとジョブの隙間は誰が担当するのか
4)企業には何が残るか

 これらの課題について順番に見ていきましょう。

1)ジョブ型人材の供給元

 新卒採用しているSESの会社さんだと社内研修を経て先輩社員について入場というパターンが王道…というかホワイトです。ただし、ジョブ型だとまだ議論されていないように思います。つまりは誰が育てるのか、どこからやってくるのか供給元が不明な状態ではないかと。

 一方、2019年の新卒エンジニア採用シーンを思い返すと、逆求人イベントなどではプログラミングをある程度経験している学生が(母集団形成の企業努力もありますが)9割以上を締めていました。早期にプログラミング学習を開始し学部2年生くらいからアルバイトで開発を始めたり、著名なベンチャーで働いたりという人たちです。学生のうちに戦力化を意識する動きや、NECの新卒1000万人材のニュースはいずれもコロナ禍以前の動きでしたが、今にして思うとジョブ型にシフトしていく狼煙だったとも言えるのではないでしょうか。

 では新卒市場というのは今後どのようになっていくでしょうか。想定されるのは下記の2つかと思います。

・アメリカのように入社当初からジョブ型
 問われる大学のあり方
・新卒という研修教育ジョブ(謎)からスタート
 慣れるという謎ジョブから始まる

 ゴールは前者でしょう。会社が若いベンチャーでも可能だと思います。大学時代に何をするかというのが非常に意味合いとして大きくなります。一例としてはメルカリが2018年に打ち出していたMergradsがあります。

内定者に対し、個人のスキルやバリューに応じた適正なオファー(年収)を、学年不問・時期不問で提示します。入社前の内定者も、「プロフェッショナル」とみなし、正社員と同様の体制で評価を実施します。インターンや大学での研究成果やイベント登壇といった学内外の活動を通して内定期間に有力なスキルや経験を身につければ、初任給として提示した報酬が上がる可能性があります。

 専門職であるITエンジニアの新卒採用やキャリアチェンジでジョブ型が採用されると、プログラミング学校の需要は更に膨らむことが予想されます。ただし学習形態が写経なので企業が思う即戦力としては遠くギャップが拡がるのではと予想しており、テコ入れが必要なのではと感じています。

2)ジョブディスクリプションの達成・失敗と人材の行き先

 キャリアの入り口で画一化されなくなると、人月計算は今よりもより意味をなさなくなります。その観点からもウォーターフォール開発はワークしなくなり、アジャイル開発でストーリーポイントやプランニングポーカーなどを通してタスクや担当者単位で作業ボリュームを推し量り、遂行し、清算しなければならなくなるでしょう。

 ジョブディスクリプションが達成されたとき・達成されなかった時に当人がどこに行くのかが謎です。労働市場にそんなに人は居ませんし、ウェットなメンバーシップ型を何十年も運用してきた企業がドライなジョブ型踏み切れるのでしょうか。労働組合が強いところだと無理そうですが、理屈から行けば踏み切らないと論理エラーが発生します。KDDIの件で行けば下記の「残る1万人強」の処遇がどうなるのかというところかと思います。

本体の正社員が対象で、まず今夏入社する中途採用の社員に適用する。2021年4月には管理職約2400人と新卒社員も対象となる。残る1万人超は労働組合との協議などを経て導入する。

 パブリッククラウドでは古いインスタンスタイプ(CPUやメモリ性能が劣る)は基本的には値下げではなく値上げが行われ、ユーザーに対してインスタンスの更新を迫っていきます。元気で高性能な若いジョブ型人材が出てくることを考えると、冒頭で触れたようなリラーニングが必須となり、まだ現役でジョブをこなせることを経営層にアピールするか、もしくはそのジョブの外に出るかが求められることになります(後述)。

3)ジョブとジョブの隙間は誰が担当するのか

 メンバーシップ型は必ずしも悪いことばかりではありません。今では悪しき風習として揶揄される社内イベントなども含めてですが、お互いが何をしているかが広く見え、相互フォローが達成されていたというメリットがありました。サル化する社会で内田樹氏が語っていた下記が印象的です。

システムクラッシュを招くようなリスクというのは、だいたい「ジョブとジョブの隙間」に発生する。

「社員の絆」というと何とも精神的なものに聞こえますが、お互いの顔を知り、何をしているのかに興味を持ち、相互フォローすることでジョブとジョブの隙間を損得抜きで埋めていくというのがこの言葉の狙っていたものでしょう。

 リモートワークが浸透し、ジョブ型が拡がるのはやむを得ないところですが、ジョブディスクリプションに定義しそこねたジョブとジョブの隙間から企業体が破綻していったり、勢い中間管理職やバックオフィス的なポジションがババを引いたりするというのはあり得るシナリオでしょう。私の観察範囲内の話ですが、ギスギスとした雰囲気の会社は概ね中間管理職や総務部に対する風当たりが強いように思います。「こんなのは私の仕事ではない」となっていきます。社外の人であっても共用部あたりから破綻が見え隠れするとだいぶ症状が進行しています。

4)企業には何が残るか

 ジョブ型を忠実に実現すると特にメンバー層にとってはタスクを熟すことが全てになっていきます。ここに更に関わってくるのがリモートワークです。

 社員についてジョブ型・フルリモートワークを導入している企業の経営者の方々からは文化形成、帰属意識についての相談を受けることがあります。SESの会社でよくお聞きする施策としては、帰社日を作って交流を増やしたり、会社負担の時間外勉強会で求心力を維持していました。先のシェアフルでも社内イベントや合宿などのイベントを実施しているとのことです。

 一方、スタートアップを中心に副業CTO・技術顧問・専門職の採用が拡がっています。DX投資が拡がっていくとこの流れは製造業にも拡がっていくと考えられます。社外コンサルも含めてですがどこまで行っても社外の人という壁があり、企業からすると「他人の褌で相撲を取る」という事実は拭えません。フルコミットできないが故に干渉しにくいという声も聞こえてきました。何を外部に依頼するのか、中長期的に内製化を検討するのかを考えて契約していく必要があるポイントです。

 突き詰めて考えていくと企業に残るのは役員とコンセプトだけであとは業務委託という企業も登場してくるでしょう。企業としては何を残したいのか考えていかなければならないフェーズに差し掛かっています。

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次回は「個」の能力

 お話したこれらは見えている地雷です。踏まないように気をつけて進めたいところですね。今回は企業体という組織にフォーカスしてお話しましたが、次回は個にフォーカスしてみたいと思います。





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