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海外IT人材の高騰に見る、オフショア先としての日本在住日本人の可能性

先立ってTwitterにて台湾のエンジニアの単価が日本円で100万円を越えたという旨の投稿が話題になっていました。

私自身前職でフィリピン、ベトナムのエンジニアリングマネージャーを担当し、現在もインド新卒に関わっていたりするために海外人材との協調については色々な角度でご相談いただきます。

下記の1年前のnoteでは海外人材受入解禁が起きれば現在の採用バブルは落ち着くというお話をしました。当時の想定になかったものとしては急激な円安があります。これだけ円安が進むとなると「日本がオフショア拠点として発注される側になるのではないか」という議論もTwitterなどでは囁かれています。既にアメリカの企業と契約して働いているエンジニアも見られます。今回は円安前後の動きも踏まえつつ、日本のエンジニア事情について解説と予測をしていきたいと思います。

単価が安いオフショア開発案件は疑うべき

企業さんから頂く相談事として、「こういう受託開発の営業があったんですがどうでしょうか?」という類のものがあります。月単価20万円/人や、月単価 5万円/人の見積もりを見せて頂くことも2022年になってもありました。

例えばフィリピンの場合、下記のようなプログラマー283人分のサーベイがあります。

Average salary for IT & Programming / Philippines is 1,174,106 PHP per year. The most typical earning is 387,274 PHP. All data are based on 283 salary surveys.

Average Salary Survey
Levels / IT & Programming / Philippines (Gross PHP)

平均値の1,174,106 PHPというと2022年9月3日現在では約289万円です。また、典型例とされている387,274 PHPは約95.6万円です。いずれも私の感覚とも合致しています。ただしここに転職した場合の賃金上昇や、退職を踏み留まって貰うための賃上げを加味しなければなりません。

家族が多いフィリピンでは生活水準を確保するために情報系大学に進み、ITエンジニアになることで次の世代を育てます。そのため、コンピュータサイエンスについては問題がない人材が多いことと、大学を出ているクラスの人材になると英語でのコミュニケーションに全く不自由しません。そのため、欧米各国、オーストラリアからの引き合いが強く、転職時の年収アップ合戦が起きています。上記の年収水準から2〜3倍を提示されるということが起きています。

加えて社会保険が脆弱なフィリピンでは医療保険が福利厚生として人気です。扶養家族は何人までがカバーできるか、いくらまで支給されるかがコロナ禍の後押しもあり会社選び・残留のポイントになります。

こうしたことを総合すると、月単価20万円でお客様先に出せる人材は転職ができないロースキル人材に限定される可能性が高く、プロジェクトが頓挫するリスクも高まります。あるいは利益計算ができていないと言え、長期契約時に契約先の企業が飛ぶなど、何らかのトラブルが予想されます。買い叩く時代は10年前に終わりました。当時の感覚での契約は事業リスクとなります。

日本の多くのITエンジニア開発現場は中堅以上の心理的鎖国によって守られている

実際にオフショアの(いつの間にか)営業をしてみると、高確率でお断りされるのはキャリアが10年以上ある30代中盤以上の英語の話せないエンジニアが業者選定に関わっている場合が多いです。

その背景としては10年前のオフショアブームで辟易とした人達の苦々しい記憶があるためです。私もいくつか当時のオフショアプロジェクトを見ましたが、非IT業種の企業がオフショア拠点を作っていたり、プロジェクトマネージメントを現地に丸投げしていたり、集めていた人材がHTML/CSSがギリギリだったりしたことによって品質に問題がありました。契約形態も請負に近いものが多かったように思います。そのため途中のレビューやコミュニケーションを抜かした状態で明後日の完成品が来るため、事故になります。そしてこうしたプロジェクトの尻拭いを経験した方々はオフショアというと顔が引きつり、無条件でNOと言います。

現状のアップデート無しに10年前の記憶を元にオフショアと聞くと無条件にNOを突きつけてしまう、そんな日本人エンジニア10年以上選手による心の鎖国によって多くの日本市場は守られている状態です。

日本人はオフショア先になるのか?コミュニケーションコストのブーメラン現象

日本人エンジニアはオフショア先になるのかという点について、オフショア時のハードルを振り返り、それを転用して考えていきたいと思います。

海外人材との協調についてのポイント振り返り

日本が海外在住の非日本語話者であるITエンジニア人材に開発を依頼する場合、プロジェクト成功のポイントは3つあります。

1つ目はきちんと細かく詳細設計まで落とすことです。

2つ目はコミュニケーションをしっかりと取ることです。詳細設計で多少粗があってもコミュニケーションを詰められれば問題は最小限にできます。ただしここには自然言語の壁があり、日本人のエンジニアの多くが嫌い、避けるポイントです。

3つ目は2つ目のコミュニケションを取るために障壁となりやすい時差です。アメリカやブラジルと打ち合わせをご経験された方であれば、深夜や早朝のミーティングを経験された場合もあるかと思います。協業をするためにはタッチポイントとしてのコミュニケションが必要です。時差の許容範囲は日本から見ると時差を無視して良いほどのインドネシア・フィリピン・ベトナムという縦ライン、西はせいぜいインドくらいに留まります。

オフショア拠点としての日本を想定した場合のブーメラン現象

日本人がオフショア先になる可能性を危惧する人達のコメントは、「安いプログラマとしての日本」という発注理由として上げる傾向にあります。しかし実務を想定すると、日本人がオフショア先に抱いていた自然言語起因のもどかしさや時差がブーメランとなって自分たちに返ってきます。

翻訳ツールが優秀になることによって円滑になるのではないかという話はあるのですが、翻訳を待つコミュニケーションは会議時間を2−3倍にします。オフショア先に対してコミュニケションコストが高いなと感じたとき、オフショア先としての自分たちもまたコミュニケーションコストが高いと嫌がられるのです。

海外からのオフショア先として英語の話せないITエンジニアが生き残るシナリオ

英語が話せる外資系企業で既に活躍している人材は、給与の支払いをドル建てにする交渉でもすれば良いと思います。

英語が話せるプロジェクトマネージャーも有効だと考えています。フィリピンなどではプレイヤー層は厚いのですが、伝統的にどこかしらの企業のオフショアだったことが多く、リーダー、マネージメント層以上は少なめです。生存戦略を考えると安牌だと捉えています。

では英語を話せない状態で海外からの受注を得ようとするとどういった職種が残るでしょうか。前提として円安の後押しもあり安価に発注でき、コミュニケーションコストを差し引いても注文するだけのバリューがあるというものに限られます。R&D、AI領域の人材は好例に思われます。

プログラマの場合は他国との大体ができてしまうのでコミュニケーションコストが高いとコスト競争に巻き込まれることが予想されます。他方、極端に安い未経験フリーランス層は指名がありえるかも知れません。英語が得意な安価に海外からコーディングやデザイン、動画編集を受注して再委託することが予想され、地獄味が強いですが。

まとめとしては、時折起きる「ITエンジニアには英語が不要なのではないか」論争は無視をして英語の勉強もITの勉強も両方しておくのが妥当です。

余談:年収のお話は難しい

本来であれば国別ソフトウェアエンジニア年収情報としてインドなども出したかったのですがどうも多くのものが自己申告なため偏りが多く、サイト間を比較しても幅がありすぎるのであまり参考にはならない印象です。

また物価の問題もあります。現在は下記の給与基準があります。

  • 現地の物価が高いので給与も高いサンフランシスコのような給与形態

  • 現地の物価事情を加味せず、世界レベルでの基準にする合わせていく給与形態

物価を考慮せずにサンフランシスコ基準の給与が貰えるとなると、サンフランシスコのエンジニアより、インドやフィリピンあたりのエンジニアの方が豪遊できるはずです。いたずらにサンフランシスコ在住のエンジニアの給与を羨むより、物価を加味してどこに住まうと良いのかを考えると「悠々自適」を目指せそうです。

求人票をベースに各国の主要IT企業の職種別給与レンジを、為替や物価を考慮して比較すると違う価値観が見えてくるのではないかと考えている今日このごろです。

鍵付きアカウントの方から教えていただいたものは下記のサイトですが、これのソフトウェアエンジニア版があると話題になれそうです。真っ当な経済学あたりの方による確からしいアプローチを期待したいところです。個人的にはAppStoreのアプリ価格など原材料高騰の影響も受けずに良さそうに思っています。

noteやTwitterには書けないことや個別相談、質問回答などを週一のウェビナーとテキストで展開しています。経験者エンジニア、人材紹介、人事の方などにご参加いただいています。参加者の属性としてはかなり珍しいコミュニティだと思っています。ウェビナーアーカイブの限定公開なども実施しています。

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