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修士・博士進学を決断するための10のチェックポイント

 景気の先行きが不透明になり、21新卒・22新卒の方々の中には就職ではなく進学への意思決定をし始めている方が居られると聞いています。

景気がヤバい⇒就活がヤバい⇒先送りにしよう

という戦略は数年経過しないと分からないというのは事実です。しかしきちんと意思決定を経た上でないと学費と時間が無駄になりがちなのもまた事実です。

 大学全入時代の現代では、学部までは「なんとなく」の進学でも社会的には受け入れられますが、修士以上になってくると一般的ではない期間追加であるため自己責任が色濃く発生します。就職面接でも「なぜその学部なのか」は質問されても「なぜ大学進学したのか」はほぼ聞かれないでしょう。しかし大学院は「なぜ大学院進学したのか」は聞かれることが多々あります。また、日本の多くの企業は社会人歴を経験として捉えるので基本的には不利になります(外資であっても一部日本法人は加味しないという話も聞こえます)。

「周りが進学するから」とか「先生に向いていると言われた」という進学理由は、うまく行かなかったときに他責になりがちです。大学院は学生側がお金を払う側であり、「学生」という身分は貰えますが正社員のように契約があって守られるものではありません。

 今回は修士・博士進学を決断するための10のチェックポイントについてお話をします。学費と生活費については言わずもがななので前提にしておきます。

 私のスタンスですがこれまでの経歴から下記の5つの視点からお話させていただきます。基本的には学位を取得に対しては賛成ですし、学生を増やしたい教員や運営サイドの気持ちも理解できますが、学生本人の中長期的な幸福を考えるとその意思決定とタイミングについては議論の余地があるというスタンスです。

・オーバードクター・博士持ち(政策・メディア)
・12年に渡って大学にて就活生を観察してきた大学人
・Acadexitした人
・企業のリクルーター
・人材紹介会社でのエージェント教育担当

1)何になりたいのか(修士・博士)

 修了後に何を目指すのか明らかにしておくのが第一です。

 2019年までの学位持ちの進路としては海外は花形でした。学位取得後の明るい未来がそこにはありました。国外はいつになったら行けるのか、行けたとしてアジアンへの差別の動向も気になるところです。

 修士で修了する場合、就活を差し引いて研究活動を考える必要があります(後述)。

 博士の場合は教員・研究職・就職というものになるでしょう。教員の場合、下記の私の体験記にヒントがあるかも知れません。その研究分野ごとに教員になる王道があるので複数の筋から情報収集しましょう。精神論が返ってきた場合は差し引いて考えましょう。多くの大学はリファラル採用のような形を取るので、横の繋がりを意識しましょう。加えて、近年は少子化で地方の新興大学でポストが空く傾向があるので注意が必要です。折角就任しても大学が存続することを祈りながら過ごさなければならないリスクが実際にあります。

 就職の場合、どういったアプローチをするのかがポイントになります。先のコンテンツでも触れましたが2019年まで売り手市場の中心部にあったAI・機械学習人材の需要がどの程度あるかは分かりません。学部や修士の人材が毎年量産されているので年々椅子が埋まっていること、民間の景気に後押しされた(なんとなくの)投資も萎みつつあることから、2019年までと同じ募集枠があるとは限りません。

「Society5.0と言われているので大丈夫だと思っています」と言われることがあるのですが、汎用的なビッグワードにバージョン番号がつくとキャズム越えの狼煙です。「WEB2.0」を忘れてはいけません。投機的キャリアの視点に立つと、1-2年後も同じ技術が売れるとは思わないほうが良いでしょう。IT業界のバブルは概ねそんな感じで収束します。

2)研究内容のイメージはついているか(修士・博士)

 多くの大学では学部4年(B4)時に配属されるかと思います。5月のこの時期に進学を意思決定するということはウィルスの影響で通学できていない期間もあると考えると短すぎると思いますが、研究内容のイメージはついていますでしょうか。やってみたらつまらなかった・興味が持てなかった・退学したいというのは意外と耳にします。就職を理由にした進学の場合は内定が出た瞬間に研究の熱意が冷めて退学したくなる人が少なくありませんので、そこも織り込むべきでしょう。

 博士の場合、研究テーマには変更ありませんでしょうか。先の私の体験談でも話しましたが途中でテーマが変更すると概ね追加で3年かかります。情報工学の場合は流行り廃りも激しく、ある程度の流行に沿ったものでないと外部予算からして取れないケースもあります。

3)就職活動の計画はどう考えているか(修士)

 新卒の活動開始が年々ブレるので不透明ではありますが、一般的に修士(M)の就活は下記のようになります。

・M1春 サマーインターンの母集団形成期
    ES提出、説明会参加、逆求人イベント
・M1夏 サマーインターン
    近年は梯子の傾向あり
・M1秋〜 本選考期
・内定後(だいたいM2)~ 内定者インターン

 つまりうっかりすると大体就活しています。私は学部1年生から研究室に入り、12年間学士・修士・博士の研究発表を見てきましたが、修論に費やした期間の最短は3か月という人が居ました。最終発表で最初に受けていた質問は「卒論との差分は?」です。

4)卒業要件は何か・論文は何本持っているか(修士・博士)

 修了要件は確認しましたでしょうか。まだの人は早く。

 特に博士の場合、論文誌や国際発表などが必要な要件として入ってくるケースがあります。私の母校の場合は論文誌2本、国際発表1本、TOEIC/TOEFLの点数、授業計画書、授業経験などがありました。

 論文誌が規定にある場合は査読がある分、ハードルが高いので修了の足かせになりがちです。私の母校のような要件であれば修士のうちに国際発表は済ませておきたいところですし、可能であれば論文誌もあると3年での修了が見えてきます。

 論文を書いたことがない博士は厳しいですし、修士も苦行だと思います。

5)他大学・学科は見たか(修士・博士)

 就活をやり直すために進学する方の多くは、そのまま所属研究室に進学していくケースが多いように思います。

 就職活動をする際、業界研究や企業研究の必要性を感じられたかと思いますが、進学先についてはいかがでしょうか。他大学だけでなく研究室単位でチェックすることをお勧めします。

 OB訪問と同じで、進学候補の研究室の先輩に話す必要があります。「他大学の同じ分野の先輩と話してイメージがつきました」という方が居られますが、それは完全に無関係な人です。

6)先生は修了までそこに居るか/健康状態はどうか(修士・博士)

 在学中に先生が退任する場合は察知できますが、大学を移ったり、サバティカルで長期でいなくなったり、サバティカルから戻ってきたら別人になっていたり、Acadexit(ビジネスへの転職)する方も居られます。先生にも人生があり、キャリアパスもありますし、職業選択の自由もありますので修了まで待ってくれとは言い難いところです。

 何例か見ましたが合同研究室内で引継ぎされて行くのは良い方で、在籍大学の近くに住みながら遠方で類似の研究をしている他大学に通う羽目になったり、やむを得ず研究テーマが変わるケースも少なからず見るケースです。

 そして先生の健康状態。先生にもしものことがあった時のバックアップ体制があるかどうかを確認しておくのが良いでしょう。某大学の話ですが、その界隈で著名だった先生が急逝され、一極集中だった上に独自性が高かったため、研究室が解散したケースを聞いた事があります。これは面と向かって確認しにくい観点ですが、それとなく調べておく必要があるでしょう。

7)進学する研究室の博士は何年で修了するか(博士)

 何度でも↓のリンクを貼ります。

 オーバードクターが前提である研究室の場合、必ず学術に残らない限りは控えめに言って機会損失です

8)進学する研究室に修士課程・博士課程の学生はいるか/輩出実績はあるか/進路はどうか(博士)

 私が進学相談をされた際に必ずする3点セットです。

・修士の学生は居る?
・博士の学生はいる?
・普段彼らは何をしている?

 先輩がいない場合、授業資料作り・研究の手伝い・学部生の世話が降ってくるケースが多いです。私の親族の場合ですが、修士0人、博士0人の研究室に進学しましたが雑務に辟易として半年で退学していました。

 外部予算を積極的に取りにいかないと研究できない体制も多々あります。うまく論文にリンクできれば良いですが、業務は多いです。周りの同期が書類仕事が嫌いだと悲惨です。Excel方眼紙よりも悲惨なWordの表が強制されたりするケースもありました(Excel埋め込んだら怒られた)。

 学位輩出実績はあったほうが良いでしょう。研究室を持ったばかりの先生を応援したいというケースも想定されますが、合同研究室で他の先生に輩出実績があるなど何かしらのノウハウがあったほうがスムーズだと思います。

 輩出者がいる場合、合わせて進路も確認しておきましょう。どうやってその研究室からその職になったのか、詳しくインタビューできる先はあるに越したことはありません。先の内容と重複しますが、他大学の同じ分野の人の進路というのは、人脈や共同研究先、外部からの見え方が違うので参考にならないと思って良いでしょう。

9)進学する研究室に研究費はあるか(修士・博士)

 専門外なので実際のところは分からない分野もありますが、図書館が生命線の学科以外は概ね研究費が必要です。

 震災があった際、私の在籍していた研究グループは補正予算を当てにしていましたが復興が優先されたため予算が途切れました。この頃から政府界隈で言われ始めたのが「選択と集中」です。大学、予算などのキーワードで検索しておくべきでしょう。数か月後にこの色が強くなる可能性は高いです。

 2000年代中盤より活発化した動きとして産学連携があります。一部の大学や研究室では研究費を産学連携に頼る比率が高いため、研究体制を維持するための費用集めのオーバーヘッドが高かったり、景気に左右されやすかったりします。

 途中で研究費が尽きるというのも悲惨なルートです。尚、私の場合、最終年の手前で尽きたので最新PCは返却されて行き、SSDエラー訂正のせいで遅いPCでギリギリ論文を書いてました。

10)就職浪人/社会人入学/社会人課程は検討したか(修士・博士)

 純粋に博士を取得するという観点に立った場合、最もスムーズに取得できると個人的に考えているものは社会人課程です。企業側から「3年で取得してこい」と派遣されてくるので、余計が業務が振られず、研究に集中ができるケースが多く見られます。修士のうちに社会人課程を志すのにもっともらしい論文を収め、その上で社会人課程を送り出してくれる企業に就職・転職するというルートです。

 修士に関しても社会人を経験してから修士に入学するルートも、ここで焦って修士を決めるよりはやりたいことが決まる分、時間を有効に使える可能性が高いです。

まとめ

 今回は特に不景気を想定した大学院進学の意思決定についてお話させて頂きました。上記のことが折り合いがついていれば、きっと良い研究生活になることでしょう。

 大学院生たるもの、高い志を持って専門分野に取り組むことが期待されています。ただこれが高学歴ワーキングプアを量産したり、清貧の精神に追い込まれたりするのは間違っていると私は考えています。

 繰り返しますが、就活のための進学は就活で溶けます。

 もし何か相談などありましたらTwitterDMなど頂ければと思います。 






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