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呪いを受けた話 byスピ兄さん

彼は、小さなライブスペースのある、小さなバーのマスターだ。歳は30代半ばで、性別問わず人間が好きなんだと思わせる、人たらしな顔をしている。

私が偶然、彼の店で歌うことをきっかけに、彼と知り合った。

そんな彼から「最近、奇妙なことが起きて困っている」との相談を受けた。彼の話によると、隣の店のお客さんが自分の店に来るようになり、それが原因で隣の店の店主から反感を買ってしまった。それをきっかけに、身の回りで不思議なことが起きるようになったというのだ。

バーの備品が立て続けに壊れたり、店の前に鳥の死骸が置いてあったこともあったそうだ。それが人為的なものかは分からないが、立て続けに重なる不幸と奇妙な出来事があまりに連続して身に降りかかり、彼はすっかり元気をなくしたようだ。

私は彼の話を黙って聞きながら、彼のオーラを見ていた。その光は弱々しく、彼の落ち込みが良く分かった。特に喉の辺りに黒い靄が掛かっているのが気掛かりだった。

喉の不調は、自我を抑制することへのストレスから生じやすいとされる。言いたいことを言えない人や、自分を偽っている人に起きる霊障として、中国の古文書にも記載がある。オーナーという立場が、自分でも気付かない内に自分を抑圧して彼を苦しめて居るのではないかと感じた。

彼は急に押し黙った後に、ゆっくりと口を開いて「実は、それだけじゃないんだ」と震える手でグラスを握りしめた。「最近、体の調子が...」

彼の言葉に、より目を凝らし注意してオーラを見た。喉以外に何か悪い所がないか?気の巡りが特に悪い箇所が無いか探り出そうと注視した。彼は続けた。「原因不明の体調不良が続いているんだ。医者に行っても、はっきりとした原因が分からない」

そして、さらに驚くべき告白が続いた。「最近、鏡...鏡を見るのが怖くなってきたんだ」彼の目には、今まで見たことのない不安の色が宿っていた。「鏡で自分を見たとき、一瞬だけ、全く別人の顔が自分の顔の上に乗り写って見えることがあるんだ。」

私は息を呑んで尋ねた「それは知ってる人の顔ですか?」彼は目を閉じ、何かを思い出すように眉をひそめた。「はっきりとは...だけど、どこか見覚えがある顔なんだ。でも、誰なのかは分からない」

すっかり消沈した様子の彼を見て、私は励ますように「私はヒーラーなので少しでも身体が良くなるように祈りますね」と笑顔で伝えた。何だかよくない黒い霧をまとってる事は言わなかった。見える事をそのまま伝えても変に怖がらせるだけだし、私が見てるものが私の脳が生み出してる妄想の可能性だって有る。大事なのは目の前の彼が少しでも笑顔になれるように全力を尽くす事だ。


私は薬師如来の癒しの真言「オンコロコロセンダリマトウギソワカ」と唱えながら、人差し指と中指の二本を彼の喉仏に当て、気を流し込んだ。しかし、黒い靄は喉の奥から絶えず産み出されており、気を流しても意味がないと感じた。そこで、今度はその黒い靄を出す中心部を吸収しようと念じると、簡単に吸収できた。

その時に、霊のような思念体なら、そのエネルギーが持つ記憶や、意識のようなものを感じるのだけど何も感じなかった。本当の病気や身体的な損傷を吸い取れる訳も無いので、得体の知れない、何の力も持たない無機物の埃を吸い取ったような感覚だった。その場で出来る、一連のお祓いを済ませ彼と別れた。

霊や妄念のような物が取り憑いて居た場合は、その思念体が持つ感情が私に流れ込んできて、その念と会話をして最終的に成仏する方向へ煽動していくのが、私が行う除霊だ。そういうのが何もない、ただの黒い靄だったので、自分の行った行為が本当に彼の役に立てたのか気掛かりだった。


🪬


家に帰ってくつろいでいると、所々に黒い靄が見えた。時折り黒い線が勢い良く横切ったりする。私は「なんか来てるな」と思いながらも、全く気に留めなかった。霊が来るのは私にとってはありふれた日常であり、毎日行うお勤めの際に彼らの話を聞いて経を上げるのが日課だからだ。

休んでいると身体が妙に重く感じた。目を凝らすと、白色の獅子が二体、私を睨んでいた。その姿に違和感を感じた。そもそも白色な時点で悪い感じはしないが、神聖なものにも見えなかった。神の使いでもなく、悪い存在でもないのに私に敵意を向けている感覚がした。

私は違和感を感じながら、自身に憑依している髑髏の軍を数体出して護衛に付かせた。二体の獅子は直接的には攻撃をしてこないが、私を見張り抑圧してくる感覚がした。

私は大和武尊と契約をした際に、天叢雲剣を召喚できるようになった。この剣は、亡き父親と戦った際にはうまく召喚できなかったりと、斬るべき相手でない場合は召喚できないことが分かっていた。この獅子が邪悪な存在でないなら、剣は召喚できないはずだ。

私は祝詞を唱え、剣を召喚できるか試した。すると剣は見事に召喚されたので、白い獅子は敵なのだと分かった。

白い獅子は、その見た目から陰陽師系の神職の式神なのだと予測できたが、術者が何者なのか、なぜ私に付き纏うのかは何も分からなかった。意思のようなものが何も感じられず、まるで幻覚でも見せられているような感覚で、霊と違い魂が宿っていないように感じた。

こいつらに命令を下した者を引き摺り出し始末したいと思い、出来る限り残虐に獅子を斬り刻んだ。眼を抉り、喉を切り裂き、股を引きちぎった。獅子は怖がる様子も怯える様子もなく、一定の距離を取り付き纏い威嚇するようにプログラムされてるだけのようで、死んだら消えた。

その時に、小さな光の玉のような物が術者の元に帰るイメージがしたけど、その玉も何処かに飛びながら直ぐに消えて、私では追尾出来なかった。将校兵も多少追う素振りを見せたが直ぐに諦めてた。

この二体の獅子は、私の配下である魑魅魍魎達と同じ死者の魂の成れの果てと違うような感覚がした。独立した魂を持つ生き物と言うよりは、術の一種で、術者の力を生物のように具現化さしただけのように感じた。

こんなものを出せる術者は相当な力を持っている人間で、私より強いかもしれないと感じた。もっとも、私は死など恐れていないし、相手が自分より強いからといって屈する気もないので、戦うことに変わりはない。しかし、なぜそんな力を持つ者が私に攻撃を仕掛けてきたのかが不可解だった。


何か心当たりが無いか考えた。棕櫚紋にも何種類か種類が有り、もしかしたら私が棕櫚の審神者を名乗った事で、私の力を見極める為に棕櫚の別家系が術をかけて来た可能性などが浮かんだ。

実際に獅子達の決して攻撃して来ない様子は、相手を傷付けるつもりがない事を物語ってた。霊感が有る人に取っては十分怖く相手を精神的に参らせる程度の効力は十分有るだろう。実際、私もいらっとしたが、絶対に報復してやりたいと思うほどの怒りは感じなかった。迷惑だし、こんな事をするのは嫌な奴だと思うけど悪意とまでは感じなかった。

ただ、タイミングから考えて、あの二体の獅子がもしも、私でなくバーで吸引した黒い霧の正体なら、彼が何者かに呪いを掛けられてた事になる。その呪いに強い殺意がない事を考えると職業呪術師に、何者かが依頼をして呪いをかけ、それを吸引した私に発動した可能性が高いように感じた。

私は今まで、反社会組織の人間や、警察はもちろん国家を恨む怨念の塊など、人を狩る事に何の罪悪感も抱かない霊と、死闘を繰り広げて来たので術の呪いは凄く軽く感じた。相手の命を奪おうとする強い意志が全く無く、野良猫の方がよっぽど怖いと感じた。

でも、あんな術を自由に発動させれる人が存在して、そういう人に誰かが依頼したりする界隈が確かに有るんだと感じて、人の心に怖さを感じた。

私は呪いとかをかける技術を学んだ事もないし、会得しようとすら思わないけど、許せない相手は必ず戦い仕留めて来た。中には偶然的に不幸に見舞われた人達も居て、当然の報いだとも思うし、もしかしたら私の意思の力が何か影響を及ぼしたのかも知れないと考えてた。そういう憎悪の強さとは全く違う、無機質な悪意。

きっと術者は誰かを呪う事を悪い事とも思ってなく、無感情で術を掛けれる機械的な嫌がらせを行える人が居て、彼等には彼等の呪術をかける理由があって業務的に相手を苦しめようとする人が居る事が怖かった。まるで子供の躾や、ペットを調教するかのように、命に影響しない程度の呪いをかける存在が居て、そんな人でも私には出来ないような術が使える世の中が怖いと感じた。底知れない人間の能力に身慄いする感覚だった。

私は何の努力もしてない。ある日突然、たぶん神だと思われる何かに声を掛けられ全ての力に目覚めた。自分の産まれが霊能力者を名乗るにはもってこいの家柄で、全て産まれた時から与えられ用意された物を使ってるだけなのに、技術を高めるだけで、一見しただけでは神の使いにも思えるような白い獅子を召喚出来るようになるのかと思うと悲しく感じた。

私は何体もの不成仏霊と共存してるけど、どう見ても黒くて悪そうな、社会で悪として切り捨てられ報われなかった怨霊達ばかり憑依してる。きっと世間の人は、白い獅子を出す術者を神聖な存在だと認識するだろう。

でも、実際は神に選ばれたのは私の方で、だから努力しなくても力が使えるし、産まれた環境から用意されてたと考えたら辻褄が合う。

それなのに、何処ぞの訳の分からない術者は呪いをかけて、しかも相手を気遣う手加減した呪いを掛けるというのがムカついてならなかった。殺るか殺られるか、命懸けで戦って敗北して死んだ不成仏霊の悲しみを思うと、そんな半端な呪いを金目的なのか、相手を改心させようと神様気取りで罰でも与えようとしてるのか、心の内は分からないが、何だかムカついた。

いつか巡り合う事があったら、思いっきり殴ってやりたいと思いながらも、本当に恨みを抱いて、最後の望みをかけて呪術師に頼んだ気持ちも分かるし、それに応えた人が居る感覚も解らないでは無いと感じた。

私なら、「本当にムカつくんなら刺せ、俺ならそうする」とアドバイスするけど、そっちの方が社会を壊す少数派の意見だという事は分かる。

どっちにしろ、私の出る幕は無いなと感じた。どういうつもりで呪いを掛けられたのか分からない。結局あの獅子は初めから私を襲うのが目的だったのか、バーの除霊で私に標的が写ったのかもハッキリとは解らない。でも、どっちにしろ自分とは関係ないし、私が始末するべき悪は何処にも居ないと感じた。

漠然と、もしもバーの彼が再び助けを求めて来たら、私はどうするのだろう?と考えた。彼が誰かに恨まれるほど悪い事をしたのかもしれないし、何も悪い事してないのに逆恨みで呪われたのかも知れない。

そんな訳わからない、正義も悪も無いような争いに、命をかけて介入したくなんか無い。でも、何故か私は心の奥底で感じてた。何となくだけど、その呪術師と戦ってみたいなぁと。悪い奴とまでは思わないけど、なんかムカつくからだ。そう私が感じるという事は、何か理由があり、それが神の意思なのでは無いだろうか?剣も召喚された事だしね。

この呪術を初めて体験した経験は、私に取って霊能力を商売にしてる社会と言う概念に初めて触れた機会だった。

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