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天の道を往き総てを司る

天の道を往き総てを司る。天道総司。
仮面ライダーカブトの主人公の名前だ。彼は私と娘にとってとてつもない恩人なのだ。

既に成人した娘にあれこれ言うべきか親として試される場面だ。
その年は娘にとって勝負の年。舞踏コンクール上位入賞は絶対条件だ。コンクールがある夏が近づくにつれ、身体的にも精神的にも迷っているのは痛いほどわかっていた。
上に行くには指導者を変えねばならない。
身体を使う以上、身体の言葉とも言うべき文脈は、上に行けば行くほどそこに到達しえない人には理解出来ない世界が広がっている。腕の動かし方や使い方、技術的なことでも分かっている人にはわかる言葉のようなものが身体にもあるのだ。そしてそれはそこに到達出来ないダンサーにはわからない領域だ、つまり地元の先生では教えきれないのは明白だった。
今の先生がベスト。
娘は精神的に育ての指導者に囚われていた。子どもの頃から厳しく指導され逆らうことなど許されない。感情的な指導は常に正しい訳ではない。頭では理屈が合わないと分かっていても、先生から離れられない。大人になるにつれ以前のような依存状態からは脱したけれども、一言一言に動揺し影響を受け身体が迷ってしまう。
「一度だけ戻ってレッスン受けるだけ受けて、あとは忙しいからって現地集合でいいんじゃない?ホテルは絶対一人部屋にしてもらいなさいよ」
物理的に離れていても囚われている限り影響は免れない。社会的な義理だけ果たしてすぐ帰るように勧めた。コンクール前にわざわざ地元に帰って自信を失いに行くようなものだ。地元の先生は否定する言葉が多く、レッスンを受けただけで自信は失われていく。さらに踊りの文脈は共有されてはおらず、頭も身体も余計に混乱するだけだ。それだけは避けたかった。
気持ちは今の指導者にあり、最善策はそれしかない。
正確に言うと最大の障壁は地元の先生ではなく、娘の自信のなさだ。
技術的には申し分なくても本番が全て。
舞踏は心と身体が一体。
心が身体と一致していなければ踊れない。
誰の心にも響かない。
バラバラのまま舞台にあがり何度も悔しい思いをしてきたのは娘で、それを一番分かっているのも娘だ。
できることと言えば技術的に上手くなることしかない。引き上げられれば自信もついてくる。
今の指導者がベストなのだ。
ここに来て親である私も悩んでいた。
いくら周囲で応援していても、本人が壁を突破しなくては意味が無いしそれは乗り越えたことにはならない。手を差し伸べることは余計なことだろうか、甘やかしすぎだろうか。逡巡していた。
幼い時から母子カプセルになってはならぬ、と戒めてきたつもりだ。同化してはならない。あくまで並走することが親の役割と常に自分と戦ってきた。
それでも答えはわかっている。
助けを求めてるのを、「過保護になるから」とスルーする方が、母親の役割を放棄して逃げている。突き放して適切なときとケアが必要な時は違うのだ。
かと言って母親からのアドバイスは役に立たない。あくまでこの親子の外部にある何かを経由したもの、そうした回路でなければ娘の役に立たないだろう。それが一体なんなのか、見当もつかず困り果てていた。
虚構が有効だろうとは思う。
映画か、漫画か、本か。そもそもそれを素直に意図通りに受け取れるのか。そんな都合よく行くものだろうか。あれこれ考えていたけれど答えは出ずコンクールの夏が近づいていた。焦りは娘も私にも募っていた。

その頃それとは別に私がハマっていたものがある。PLANETSCLUBというオンラインサロンに参加してコンテンツを楽しんでいるのだがメルマガの連載に脚本家のエッセイがあった。仮面ライダーシリーズで有名な井上敏樹。そのエッセイが面白くて連載を楽しみにしていた。元々ヒーローものが好きだったのもあって今どき便利なサブスクリプションで彼がメインライターだった仮面ライダーカブトをまとめて観ていた。リアルタイムで息子と見ていたのだけれど「こんなに面白かったかな」と思うくらいハマって毎日5話くらいをまとめてみていた。

主人公は天道総司。とても俺様気質のイケメン。クールに敵を倒す。常に自信満々で揺るがない。そんなところが魅力的なライダーだ。
娘は自信がない割に俺様な言葉を使う。自信のなさの裏返しなのだとは分かっているけれど、今回は言葉でもなんでもいいから暗示でもかけて自分に自信を持って欲しい。
天道総司の言葉の使い方が何となく娘に似ている、だからという訳では無いが何気なく娘に今カブトにハマっている、と話をした。放送当時兄と一緒にみていたはずだから知らない訳では無いし、ただ誰かに語りたいカブトの面白さを伝えたい。ただそれだけで熱心にここがいいあそこが秀逸と言うといつもは「ふーん楽しそうね〜」と流す娘が、「へーカブトか」と答えた。
話している時はそんなに深く考えていなかったが、「カブトなんかみたら今以上に言い回しが腹立つ感じになるだろうな。自画自賛に磨きがかかって」と言う。あれ、興味あるのかな。
「逆に落ち着くんじゃない」と返した。
「なんでもいいから本番までに落ち着きを手に入れるわ」
「いや、本番に効くかはわからんけど」
「なんだってやるさ」
藁をも掴む気持ちだったのか、そんなことを言う。その日から娘は同じサブスクでカブトを観始めた。
興奮気味にTwitterで感想を呟いているのをみると偶然にも目論見が上手くいったようだった。
それからカブトを見終えて同じく井上敏樹がメインライターの『仮面ライダーキバ』も一周し何だかテンションが上がっている。キバ主題歌をよく聞いているようだ。
ついにコンクール週間を迎え育ての指導者へ丁寧な対応の仕方をアドバイスし短くキバの主題歌を引用して送り出した。
いつになく頼もしくスッキリして落ち着いているようだった。変化が目に見えて伝わる。
一週間ハラハラしていたが無事必要なタイトルを勝ち取ることが出来た。

後日どういう変化が起こったのか聞いてみた。
「今まで楽屋に入るとみんなが綺麗だし、上手いし、なんで自分がここにいるのかってそれしか考えられなかった。カブトの一話を観たら天道が『世界の中心は自分。そう思った方が楽しい』って言ったんだ。それが腑に落ちたんだよ。ほんとにそうだな、私が中心だっておもってもいいんだって」
ちょっと涙出そうになる。娘が続けた。
「天道が豆腐を買ってただ歩いてただけで周囲が勝手に転んだりするシーンがあったでしょ。天道はただ歩いてるだけ。それを見て自分は自分でいいんだって気がついた」
親から同じことを言われても、娘の中に変化を起こすことは出来なかっただろう。自分で価値を変えるポイントをみつけた。
「それから自分の罪を数えたよ。私の罪は自分で考えず先生を盲信してたこと」仮面ライダーシリーズの決めゼリフを引用して笑った。
こんなに上手く行くとは思わなかった。たまたまハマっているカブトを熱く語った。
それだけだ。
どういう作用か娘はそれ以来他のことにも自信がつき心が囚われすぎていた指導者とも距離を取れるようになり一皮剥けた。

タイトルがあるのとないとではこれから生きゆく舞踏の世界では大きく変わる。生き残りをかけた大事なタイトルだった。自らで勝ち取ったのだ。
一見華麗だがタフな世界を選択した娘。
この道で生きる決意をした娘を支え、前向きに変えたものが、まさか料理上手な無職のヒーローとは多分世界広しといえどうちの娘だけなんだろう。
ある意味必然だったのかもしれない。
仮面ライダーの「変身」は一歩抜きん出ようと世界に抗う誰の身にも起こる魔法の言葉なのだから。

敬称略

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ちょっと寂しいみんなに😢