「推し」がいるすべての人へ、映画『あの頃。』を観てほしい。 #映画あの頃
あなたには「推し」がいるだろうか。
アイドルや俳優、アーティスト、漫画やアニメのキャラクター、アスリート、はたまた家族やパートナーかもしれない。あるいは人ではなく店や場所、食べ物でもいい。「推し」とは、単なる「好き」を超越して他人に薦めたり共有したりしたいほど好きなものや夢中になれるものだ。
「推し」の概念はいまやすっかり市民権を得た。「推し」のひとりやふたり(ひとつやふたつ)は当たり前。人類総オタクの時代と言っても過言ではない。はっきりと「推し」と言わなくても、そのことについて語りだすとちょっぴり早口になってしまうような、そんな夢中になる何かに誰しも心当たりがあると思う。「推し」の存在に心を救われたり元気をもらったりするのは、ストレスや不安の多い世の中を生き抜くためのライフハックである。
ところで、私にはくじ運がない。その証拠に最推しの出演作の試写会やら舞台挨拶にはひとつも当選したことがない。しかしなぜか松坂桃李の出演作の試写会には何かとご縁がある(もちろん松坂桃李も大好き)。『新聞記者』、『蜜蜂と遠雷』、そして『あの頃。』だ。
——これはもう、書かねばなるまい。
名前の並びが強烈すぎる、映画『あの頃。』
まずあまりにも強烈なこの名前の並びを見てほしい。
『愛がなんだ』、『mellow』の今泉力哉と『南瓜とマヨネーズ』の脚本・冨永昌敬。何それ、好きじゃん。そのうえ主演が松坂桃李、助演に仲野太賀、私の中で急上昇俳優の若葉竜也ときたら観ない理由がない。
ただ「“ハロプロ”に魅せられた仲間たちの笑いと涙の日々を描いた青春エンターテイメント」という触れ込みだけが不安だった。ハロプロに関しての知識はゼロだし、俳優の「推し」はいるけれどオタクと胸を張って自称できるほど熱狂的かと言われるとちょっと自信がない(大丈夫、十分オタクだよという声がそこかしこから聞こえるが、気持ちは永久新規だから)。
もしかするとこれはあまり共感できないかもしれない。期待のなかに一抹の不安を抱きながら試写会に向かった。
ハロプロ讃歌でもノスタルジーでもない、いま私たちの青春時代
結論として、不安はすべて吹き飛ぶくらいめちゃくちゃ笑った。ここ最近で一番笑った。
試写会の雰囲気というのは少し独特で、その映画に期待している人たちが集まっているからか、みんな遠慮なく笑ったり泣いたり自由にリアクションをする。だからこの映画もみんな笑っていた。ハロプロを知らなくても、アイドルを知らなくても大丈夫。みんなが一緒に笑える温かい映画だ。
でも、ハロプロのことをよく知っている人たちはもっと笑えたんだろうなと思う。後ろのおじさん、たぶん笑い転げてた。後半は思わずホロリと泣いてしまうようなストーリーなのだけれど泣き笑いだった。
年齢も境遇もバラバラの男6人が狭い部屋に集まって、小さいテレビでDVDを観たり、推しメンについて語り合ったり、銭湯行ってばっかみたいに騒いだり、女子大で熱すぎる啓蒙活動をしたり。はたから見たらちょっと奇妙なくらいに濃密なハロプロ愛が加速していく。
そう、何かに夢中になるのってちょっと可笑しい。どうしようもないことが馬鹿馬鹿しくて愛おしい。ちなみに劇中、真顔のまま全力で歌い踊る西野(若葉竜也)がどうしてもツボに入ってしまって私は腹筋が痛い。
仲間と好きなものについて惜しみなく「好き」と叫び語り合い、ときには意見が衝突なんかしちゃって、でも結局「好き」の共通項だけでいつの間にか仲直りしちゃって。
ああ、これは青春だ。大人も子どもも関係ない。夢中になったあの頃、楽しかったよね。そういえばあいつ、どうしてるかな——そうやって思い出す「あの頃」も、「あの頃」を思い出している今も、いつだって私たちの青春時代になる。この映画は「いろいろあったけど、今が一番楽しい」と私たちのいまを全肯定してくれる。
松坂桃李がオタク役なんて、と思ったあなた
映画の冒頭、スクリーンの中に松坂桃李を探したが見つけられなかった。気付いたらさえない雰囲気の青年がぼさっとしながらベースを弾いていた。それが劔(松坂桃李)だった。
俳優って、オーラ消せるのね。
この冒頭の数分間で私は物語に没入できた。このところシリアスな役の松坂桃李を多く観ていた気がするが、コメディで弾けるところを久しぶりに観た。コズミン(仲野太賀)との掛け合いも抜群に面白かったし、彼のほのぼのとした雰囲気やにこにこと笑う顔、そういう根っこにある部分がこの映画にとてもマッチしていて心地いい。
ちなみに彼のTwitterのフォロワーや菅田将暉ANNリスナーはご存知だろうが、間違いなく松坂桃李はオタクである。安心して観てほしい。
今泉監督の「くだらない日常」はやっぱり最高
何も起こらない映画というのは好き嫌いが分かれるが、私は好きだ。くだらなくてだらだらしていて、そういう日常が面白いと思える映画に出会えたとき「よっしゃ!」という気持ちになる。この映画は何も起こらないわけではないけれど、仲間たちのだらしない日常のシーンがたくさんあって面白い。
今泉監督が撮る、くだらなくて何もない、でも思わずクスッと笑っちゃう日常がやっぱり最高だった。部屋でシチューを食べながら交わすくだらない会話が人間っぽくて、どうしたって笑っちゃう。
あと「このカット尻の長さ、今泉力哉だ!」というシーンがあったのが何だか嬉しい。『愛がなんだ』でも炸裂していた何てことない日常の妙、ぜひ劇場で堪能してほしい。
これだけはあの頃に戻りたい
たぶん、これだけはみんな同じことを思っただろう。
狭いライブハウス、ぎゅうぎゅう詰めの学園祭、満員の武道館。
もうあの光景は見られないのだろうか。人々がステージに向かって大声で名前を呼び、肩を組んで歌い踊る。アイドルのコンサートは行ったことがないけれど、私も劇場の楽しさは知っている。高揚感や一体感はあの場でしか味わえない生の感覚だ。
まだまだあの光景を取り戻すには時間がかかるだろう。この映画にノスタルジーは似合わないけれどこれだけは。「あの頃」に戻りたい。
「推し」がいるすべての人へ
ハロプロが好きな人もそうでない人も、いま応援したい「推し」がいる人も、いつか「推し」がいた人も、何かに夢中になったあの頃を思いながら、映画『あの頃。』を観てほしい。
きっと劇場を出たあと、ちょっとだけ元気になれる。何かに夢中な私の背中を押してあげられる。そんな映画。2月19日公開です。
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