読書レビュー:歴史「Humankind 希望の歴史」下

2020年発売され世界46カ国でベストセラーになった本の日訳です。面白かったので上巻と下巻で分けました。上巻はこちらに。

上巻に続き、「人間はそんなに嫌なヤツじゃない」という希望を元に過去の穿った見方がなされた研究に反論を突きつけていきます。
下巻では、根っからの善人がなぜ悪人になるのかを解説します。

君主論

西洋史上最も有名な小論「君主論」著者のニッコロ・マキャヴェッリ。

権力を得たければ、掴み取らなければならない。図太くなれ。原則やモラルに縛られる必要はない。目的が手段を正当化する。それに、あなたが気をつけていなければ、他の人々がやすやすとあなたを踏み潰すだろう。

男が散々恩知らずで、内心を隠し、偽善的で、臆病で、強欲だと語り闘争させるような言葉を投げかける本著は、書店で経営カテゴリーを見ると、ハングリーな経営者が好きな話題であることが分かります。この誰もが知る理論について、著者は最新の科学で挑みます。

クッキーモンスター現象

セサミ・ストリートに登場する青いモンスター譲りでクッキーモンスター現象と言われます。

被験者を3人ずつのグループにし、ランダムに選んだ一人をリーダーに指名。全員を退屈な作業に取り組ませ、クッキー5枚を出したところ、1枚は残り(マナーの黄金率)、ほぼ全てのグループで4枚目をリーダーが食べること、その食べ方がだらしなくクッキーモンスターのようであることからきた名称。

上司でこういう人がいるのではないでしょうか。他にも、高級車の心理的影響を調べたところ、古びた三菱車の運転を課された被験者は横断歩道を渡る歩行者には皆法令に基づき一時停止したが、メルセデス・ベンツを与えられた被験者の45%は歩行者のために一時停止しなかったという結果も。

このような運転手の特徴は、後天的ソシオパスと呼ばれ、親切な人の脳を損傷した人でなしの行動をとるように変えることが分かると示されています。

<後天的ソシオパス>19世紀に心理学者に寄って診断された、非遺伝性の反社会的人格障害。普通の人より自己中心的で落ち着きがなく、横柄で失礼。人間を霊長類の中で特別とする顔の現象赤面もしない。

権力者は自己中心的で他社との繋がりを普通の人より感じにくく、他者を批判的に見るようになるのも特徴です。

<権力者の思考>
・大半の人は怠け者で信頼できない
・監督、監視、管理、検問され、するべきことを命令されなければならない
・権力は優越感を感じさせるので、権力者は、こうした監視はすべて自分に委ねられるべきだと考える

リモートワークを認めないお固い上司に見えてきま戦艦?権力が人を近視眼的にするのでしょうか。

権力のパラドクス

まさのその通りで、権力は、善人を腐敗させます。数十の研究によると、最も控えめで優しい人をリーダーに選んだところ、頂点に立って権力を手にするとその人はのぼせあがり、結局リーダーの座を追われることになるという権力のパラドクス現象が見られました。

人間がどれほど利己的に思えても、その本性には他人の幸福に関心を寄せ、他人の幸福を求めるという原則が見られる。それによって得られるのは、他人の幸福を眺める喜びだけなのだが。

アダム・スミス
道徳感情論(国富論出版の17年前)

利己心を信じるアダム・スミスのような啓蒙主義者も、人間には共感や利他性を示す高い能力があることを強調し、人間の立派な資質を認めています。

ピグマリオン、ゴーレム効果

私たちが抱く信念は、真実であっても像であっても同様に命が吹き込まれ、世界に変化をもたらします。ピグマリオンゴーレム効果です。

<ピグマリオン効果>
キプロス島の王ピグマリオンが、自分が作った彫刻の女性にあまりにも夢中になったため、神がその彫刻に命を吹き込んだというギリシア神話に因む名称。

<ゴーレム効果>
ピグマリオン効果の裏面。誰かについてマイナスの期待を抱いている時、私たちはその人をあまり見ようとしない。一種のノセボ効果で、人はあまり期待されないっとベストを尽くそうとしなくなり、それが周囲の期待をさらに減らし、パフォーマンスが一層下がる否定的な予想の過酷なサイクル。

ピグマリオン効果はプラセボ効果に似ていますが、自分にではなく、他者に利益をもたらします。また、逆の効果としてゴーレム効果があり、こちらは実験すると負のループに入り否定的な結果をもたらすことが予想されるため、研究は人道的でなく実験例はありません。

多元的無知

ピグマリオンとゴーレム効果は、常に他者に同調する人間の本性に関わっています。とある実験で、教授が授業で適当な造語を連発して数分たっても、誰も笑わず熱心に聞き入ったこと、学生たちは講義についていけないと思ったのに周りが聞き入っているのを見て自分に問題があると思い込み、一生懸命聞き入り多元的無知を証明するものがあります。

<多元的無知>
行動を否定しながらも孤立することを恐れて大勢に従おうとする心理的行為。人種差別、テロリスト、独裁政権の支援や大虐殺につながると著者は指摘。

時として集団、組織、国全体がこの合わせようとするスパイラルにとらわれることがあり、権力者に惑わされないようあえて流れに逆らい声を上げることの大切さが見えます。

コモンズの悲劇を否定したノーベル経済学賞

権力を分配しコントロール権を開放し共有財産(コモンズ)を持つ概念は、アメリカの生物学者ギャレット・ハーディンによる「コモンズの悲劇」で広く認知されます。

コモンズの悲劇:すべての人に開放された放牧地を想像しよう、とハーディンは書きます。しかし、一人ひとりの牧夫はそこでできるだけ多くの牛を飼おうとするだろう。過放牧は不毛の荒野しか残さない。個人レベルでは理にかなっていることが、集団レベルでは惨事をもたらすと述べた論文。

この論文に真っ向から対立し、女性初のノーベル経済学賞を取得したエリノア・オストロム。上辺だけのコモンズの悲劇の最大の欠点である、人間は話すことができるという事実をオストロムはいち早く読み取り、話し合って意見を統一する現実の人間が現実の世界でどのように行動したかを調査します。

オストロムが立ち上げた世界中のコモンズの例を記録するデータベース:
・スイスの共有放牧地
・日本の耕作地
・フィリピンの共同灌漑を記録
500以上のコモンズでは、ハーディンが主張したような悲劇は起きていない

ストックホルムから電話を受け取ったオストロムは、2009年女性として初めてノーベル経済学賞を受賞します。2008年のリーマン・ショック後の新たな時代の幕開けとして、スポットライトが当たったのです。

所感

マキャベリズムが興味深かったので権力関連のまとめが多くなりましたが、ナチス配下のドイツ人がなぜ一生懸命働いたのかを共感性に見る章もぐっとくる物があり、イエスの教えの一つである非相補的行動(誰かが貴方の右の頬おを打つなら、左の頬をも向けなさい)で互いを映し出す鏡であるということも人との関わりを避けられない現代人には必須のマインドのように思えます。

また、ノルウェーにある未来的なハルデン刑務所、ネルソン・マンデラの南アメリカの民主主義誕生を支えた双子のフィリューン兄弟、1914年第一次世界大戦のクリスマスのお話は、いずれも心が温まります。
人間の心根を知りたい人は、ぜひ一読ください。

この記事が参加している募集

#読書感想文

187,975件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?