『下北沢ディスオーダー』第1話

あらすじ


あらゆる個性が許容される街・下北沢
その地に行方不明の妹を探すためにやっていた少年、神枝縹
しかし、そこはただの街ではなかった
この世に最後の1柱となった神が住む街
その神力によって複数の異世界、異次元と繋がった
そこから溢れた奇人変人亜人に怪物
各世界で物語の主役を張るべきものたちをこの街は許容した
ここは下北沢
あらゆる個性が許容される街
これは世界滅亡、国家転覆クラスの異変に立ち向かう町民たちの物語。

本文

街の雑踏、下北沢駅前の風景
広場はさまざまな人で溢れかえっている
待ち合わせや友人たちと談笑する人々のほかに、
髷を結ってチラシ配りをする劇団員
楽しげに歌う三人組のガールズバンド
怪しげなアクセサリを売る露天商

『ここは下北沢ーーあらゆる個性、あらゆる自由が許される街』
『人口およそ1万9千人、面積およそ1キロ平方メートル、東京の世田谷区の東部に位置するこの街は、古着屋、飲食店、ライブハウスなどが軒を連ね、【サブカルチャーの聖地】などと呼ばれている』
『多くの人が集まり、様々な文化や人種が行き交っている』
『そんな街を訪れた少年が1人ーー』

下北沢駅前
「人多っ…建物多っ…」
少年の名前は神枝縹(かみえだはなだ)
都会に来たのが初めてで怯えたようにキョロキョロウロウロしている

「ホントにあいつこんなところに居るのかよ…?」
目線を高くして歩いており、人にぶつかってしまう
よろけた縹は地面に片手を突きながら反射的に叫んだ
「いって…すみません!」
ぶつかった相手は奇抜な格好をした若者で、縹を一瞥したのち興味なさそうに去っていった
「おお…相手にされてない…都会ではこれが普通なんかな…?」

突然肩を叩かれ慌てて振り向く
相手の姿を見て声を出して飛び退いた
縹の肩を叩いたのは、髷に着流し、腰には刀を差しているーーー侍だった

「大丈夫かい?」
手を差し伸べる侍
「ありがとうございます」
縹は一瞬戸惑うも手を握り侍の助けを借りて立ち上がる
(すげぇ…侍までいるのかこの街は…?)
「駅前は人が多いから気をつけてな」
優しく言いながら、侍は縹の目線に気がついた
「ああこのカッコな。俺演劇やってんの。ほれ、あそこの連中と」
と指をさすと侍の風貌をした者達が数人呼び込みをしていた
「よかったら君も観に来ないか?チケット負けとくぞ」
「っあ…えっと、その…(どうしよう今ほとんどお金無いのに…!)」
悪意のない様子の侍に断るに断れない縹

「はーいそこのお侍さん」
背後から声が掛かる
2人が振り向くとそこには厳格そうな警察官が数名の部下を従えて立っていた
縹が一瞬、焦ったような表情を浮かべる
それに気がついた様子の警察官
「押し売り?恐喝?どっちみち一般の人脅かすのダメですよ」
先頭に立つ男がめんどくさそうに喋りながら近づいてくる

「違っ…」
縹が言いかけたところで侍が警察に近づく
「別に何もしてないが?助けたついでにチラシ配っちゃいけないってのかい?
猫背で上目遣い
明らかに喧嘩を売るような口調と態度だ
「絵面がやべぇって言ってんだよ。自重しろバカ」
警察も負けじと口が悪い
鼻頭がくっつくような距離感で、相手を罵り合う2人
「だいたいてめぇら、チラシ配りの許可はとってんだろうな?」
警察がそう言った瞬間、侍が言葉を止める
「はっはっはっは、許可だと?」
不意に侍が笑い始めると、他の侍たちの所に近づいて行く
「許可!許可だと!そんなもの……取ってるワケないだろうが!皆解散!!」
言い終えた瞬間に侍たちが四方に散らばって駆け出す
「待ちやがれバカども!いつも許可とれって言ってんだろが!追え!」
警察が叫ぶと後ろにいた部下数名が侍たちの後を追い始める
「全くバカ共が…」
ため息をつく警察
「っと忘れてた君、ちょっと身分証…」
警察が振り向くがそこに縹の姿はない
「あれ…?」
キョロキョロとあたりを見回すが既に縹の姿はない
「いねぇし」

息を切らしている縹
場所は駅前から程なく離れた路上
通りの隅に小さな祠のような物がある
駅から離れたため人ごみは多少まばらになっている
「はぁ…はぁ…すごい街だな…」
「ともあれどさくさに紛れて逃げられたみたいだ。あぶないあぶない。職質でもされたら一発で島に引き戻されかねないからな。気をつけないと」

汗を拭いながらふと横を見るとそこには祠があった
何と無く祠に近寄ると両手を合わせてゆっくり目を閉じる
「妹が見つかりますように」
小さな声だが、真剣な口調だ
「…祈るよりも探すか」

「妹を探しているのかい?」
突然祠から声がする
びっくりして飛び退く縹
「…喋った!?」
「なんちゃって」
祠の後ろから、男がひょっこり顔を出した
軽率そうな見た目の白髪ロン毛の男だ
「ごめんごめんびっくりさせちゃったかな。ちょっとここで寝てたらお願い事が聞こえたもんで」
(ホームレス…?)
胡散臭そうに男を見る縹
「…間に合ってます」
その場を去ろうとするが、男ががっしりと縹の手を掴む
「まぁまぁ待ちなさいよ。怪しいもんじゃないよ」
(それ身に覚えがある人が言うやつだなぁ)
「見たとこ君この街に来たばかりだろ。僕はこの街かなり長いんだ。顔見知りも多いから人探しなら協力できるかもしれないよ」
(くっ…!割と魅力的な申し出…!でも怪しい!!)
「いや…!その…!ホント…!大丈夫なんで…!」
掴んだ手を振り払おうと腕をブンブンと振り回すが、男は腕を離さない
「いーいーじゃーん!協力さーせーてーよー!」
「いやいや大丈夫ですって!!お金持ってないんで!離してください!」
「あっ!!ひどい!そんなことするやつだと思ってたんだ!!」
「丸出しじゃないですか!田舎もんの観光客だからってカモにする気満々ですよね!?どうせ怖い人たちが出て来て持ち物も内蔵も全部売っ払って地下とかで労働させられるんだ!!」
「内臓全部売っぱらわれた人間がどうやって地下と労働するのか興味があるけどそんな事しないって!どんだけ怖い街だと思ってんだここを!君は!」
「知らないですよ!今日来たばっかなんですから!」

男が不意に手を離す
「そうか。君はこの街のことをホントに何も知らないようだね。いいかい。ここは普通の街とは少し違うんだよ」
「違う…?」
「少し歩いてみて気がつかなかったかい?」
「いや…」
「いいかいこの街はね。あらゆる個性、あらゆる自由、あらゆる人生、あらゆる思想が許される自由の街。なんでもあって、誰でもいる。ここは下北沢!通称下北!『サブカルチャーの聖地』!」
勢いに気圧される縹
縹、街の様子を思い返しながら、男の言葉に納得し少しだけ心が躍る
「そして僕はこの街の自称案内人。みんなからはナギって呼ばれてるよ。よろしくね。神枝縹くん」
「あ、あなたの胡散臭さが解消されるワケじゃないんですね。」
大袈裟にショックを受けたような動作をするナギ
(あれ?そういや名乗ったっけ…)
思ったタイミングで縹の腹が盛大になる
「差し当たっては、君の空腹を満たすとしようか。下北沢のソウルフードを食べに行こう。何、心配ない。ご馳走するよ」
「ぐ…!!」

スープカレー屋
(欲望に負けてしまった…)
2人の前に食欲をそそるスープカレーが置かれる
「こ…これは!!めちゃくちゃ美味そうな!!」
「ここのは下北沢で1番美味しいからね。たーんとお食べ」
目を輝かせながら手を合わせる
空っぽになった皿
「すーごい美味かったです…」
「満足そうで何より。君、美味しそうに食べるねぇ」
照れて頭を掻く
「がっついちゃってすみません。ひっさしぶりの食事だったもので」
「そうなの?」
「確か3日振りくらい…」
「3日!?よく生きてるね!?」
照れたように笑う
「ちょっとまぁ、お金がなくて…」
ナギが縹の全身を見る
ボサボサの髪、大きなリュック、長距離を歩いたのかボロボロになった靴
そして目を細めてニヤリと笑う
「ははーん、君ワケアリだな。」
ぎくりと反応する縹
「妹探しってところから察すると、家出した妹を探して田舎からこっそり出て来たみたいなところかな」
大体合ってる、と言わんばかりのバツの悪そうな顔をする縹
「……そんなところです」
「詳しくは聞かないよ。ここは自由の街だからね。ワケアリだって多いのさ」
「…はぁ」「じゃあ腹ごしらえも済んだし、ちゃちゃっと妹探し始めようか!てんちょー!いるー!」
ナギが芝居がかった素振りで、手をあげて叫ぶ

店の奥からエプロンの裾で手を拭きながら店長と呼ばれた男が現れた
男の風貌は一言で言うと、カレー屋の店長には似つかわしくない。だった
金髪に碧眼、綺麗な白い肌、さらに筋骨隆々で背も高い
爽やかな優しい笑顔、明らかに日本人では無いその姿はカレー屋、と言うよりはフレンチの料理人だった
「どうされました?」
「おや、ナギさん。何か御用ですか?」
「久しぶりだね店長。今日も最高のカレーだったよ!」
一等爽やかな笑顔の店長
「ははは、ありがとうございます」
「相変わらず下北一のスープカレー屋さんだねぇ。いやぁ毎日でも食べられちゃうよ!」
「いえいえ1番など。私たちなどまだまだですよ。日々研究と精進の日々です」
いつもの会話と言う感じでスラスラと掛け合いをする2人
(日本語上手いなこの人)
縹の目線に店長が気づく
「こちらはナギさんのご友人ですか?」
「彼、縹くん。さっき知り合ったけど、僕の友人です」
(いつの間に友人に…?)
「よろしくお願いします。縹くん」
店長、縹に向かって手を差し出す
気負けしつつも手を握り返す縹
「あの…カレーとても美味しかったです」
「ありがとう。お口にあったのなら何よりです」

「あっそうだ本題なんだけど、彼今妹を探しててね。何か知らないかな」
「妹…ですか…何か写真などはありますか?」
ああと思い出した様にリュックの小さなポケットから写真を一枚取り出す
栗色の髪に快活そうな笑顔の女の子が写っている
「茜(あかね)って言うんですけど3つ下なので今12歳です」
店長が写真を覗き込む、ついでにナギも横から覗き込む

「可愛い子だねー」
「ええ。縹くんに似て心根の優しそうな良き笑顔をしています」
「いやー…ちょっと元気が良過ぎて生意気な妹ですよ。元気すぎて家飛び出しちゃったくらいです」
「見覚えはありませんね。お役に立てずすみません」
「いえ、ありがとうございます」
「さぁ!じゃあ腹ごしらえも済んだし次行くとしようか!人探しは足でって言うしね!」
席を立ちながらナギが元気に言う
「私もお店に来るお客様のなかに妹君がいないか気をつけておきますよ」
「何から何までありがとうございます。妹見つけたら絶対また食べにきます」
店長、再び爽やかな笑顔を浮かべる
「ええ、最高のスープカレーをご用意してお待ちしています」
「店長、カレーごちそうさま!縹くん!支払いよろしく!」

「………は?」
「………え?」
3人の間に気まずい沈黙が流れる
「え、いや、ナギさん。奢ってくれるって…」
「え?言ってないよ?ご馳走するって言ったけど奢るとは言ってないよ?」
「同じ意味だろそれぇ!!!」
「どうされたのですか?」
恐る恐る店長の方を見る縹
相変わらず爽やかな笑顔だが明らかに先ほどと違って威圧感が出ている

縹、ポケットから財布を取りだして中身を見る
逆さにして振ってみるが、転がり出てきたのは僅かに32円
「あの…おいくらですかね…?」
「特製スープカレー、ライス大盛りトッピング季節の野菜とハンバーグで2人前2500円ですね」
「うわ…全然足りないじゃん…引くわぁ」
覗き込むナギ
「アンタが言うなよこんちくしょう!!」
「あの、えっとホントその…!」
店長の圧と状況に動揺する縹
店長が屈強な腕をは縹の肩に置く
(ヒィィィ!!折られる!!)

「…縹くん」
「ハイィ!!!」
店長の顔から圧が消える
「今回はツケでいいですよ。今度来た時に払ってください。もちろん自分の分だけで大丈夫ですよ」
「…へ?」
へなへなとその場に倒れ込む縹
「ナギさんが連れて来たのでそんなことかなとは思ってましたし。あの人ウチにツケ作るのこれで3食分なんですよ」
えへっと照れ笑いを浮かべるナギ
「…最低だなアンタ」
「ナギさん以前言いましたが4食目は無いですからね?へし折りますよ」
(折るんだ!怖っ!!)
「わかってるよ!次はきっと払うから!さっ縹くん行くよ!」
「…また不安になってきた」
げんなりする縹。

「縹くん」
店長に名前を呼ばれ振り返る縹
「君と妹君の無事をお祈りします」
丁寧な所作で胸に手を当てて目を閉じる店長
母国の祈りの所作だろうか
「…店長!!」
緊張と緩和で、涙を浮かべて店長の腰元に抱きつく縹
はっはっはと笑う店長

揚々と歩いていくナギと後に続く縹
テンポよく様々な場所で聞き込みをして回る2人

古着屋の強面の若者
「見たことねぇな」

不動産屋のおじさん
「知りませんね」

何か機械の部品を売っている店の女性店員
「いやあ知らねっす」

ラーメン屋の店主と女性のアルバイト
「店長見たことあります?」「ねぇ」

中年小太りの駅員さん
「はて、知りませんね」

駅前の三人組の女性ストリートシンガーとアクセサリーの露天商の女性
「「「知らなーい」」」「えっと、見たことないです、すみません」

「この人の人脈どうなってんだ!??節操なさすぎない!??」
聞き込みをしながら街中を回った2人だったが、結局何の手がかりもなく、
時刻は14時を回ろうとしていた。歩き疲れた足を引き摺る様にして歩く

「うーん手がかりないねぇ」
「…すみません。こんなに協力してもらったのに」
「うーん。あとはどうするかなぁ。とりあえず人通りの多い駅前に戻ってきたものの」
周囲をキョロキョロと警戒するが、警察官もチラシを配る侍劇団もどうやら今はいないことに一安心する縹

「もうこの街にはいないんじゃないかな?」
にっこり笑うナギ
「(飽きたのかな)うーん多分それは無いと思うんですけど」
「ほう、何か根拠があるんだね?」
「はい、島の占い婆さんの予言なので」
真剣な表情の縹と目を点にするナギ
「………はい?」
「はい?」
「占い?予言?」
「はい、当たるんですよ婆さんの予言」

「バーカじゃないの!!!??」
「おわ、びっくりした」
「なにそれ!全然根拠ないじゃん!大体島ってどこだよ!!」
「九州です。おれの地元」
「遠っ!!遠いよ!!じゃあ何か?君は島の占い師の「九州の島に住む12歳の女の子が家出して1人で何100キロも離れた下北沢にやって来た」て言う予言を信じてここまで来たの!?バーカじゃないの!!??」
「正確には下北沢で出会えるって占いですけど…」
「同じだよ!バカ!!胡散臭さしかないよ!!ご両親よく許してくれたね」
「いえ、こっそり家出してきたんです」
「だろうね!」
詰め寄るナギとたじろぐ縹

「それしか手がかりがなかったので…」
「それにしたってもっと冷静に行動しろよ君」
呆れてため息をつくナギ
「…妹は底抜けに元気で怖いもの知らずだけど、島の外にでるのも初めてだし1人で寂しがってるかもしれない。そんな時に助けてあげられなくて何が兄貴ですか」
言葉を返す縹の目には強い光が宿っている
「…君が向こう見ずで底抜けにシスコンだって事はわかったよ」
呆れながらも笑うナギ

「やっと見つけたぞ」
振り返る縹とナギ
そこには冒頭の警察官が立っていた
(やばっ…!)
焦った様に振り返る縹
その様子をめざとく見ていた警察官
「その感じやっぱりワケアリか?お巡りさん見てビクビクしやがって。大方家出少年ってところか?まさか盗みとか殺しはやってねぇだろうな」
「君そんなこともしてたのかい?」
「そんなわけないでしょ!!」
「ナギさんこのガキと知り合いなんですか?」
(警察とも知り合いなのかこの人…しかもさん付けだし。いよいよ得体が知れないな…)
「知り合いっていうか人探しに協力してあげていたんだよ。まぁ無駄足っぽかったけど。お察しの通り彼、家出少年だよ。保護したげて」
突然の裏切りに驚く縹
「裏切ったなこの野郎!!」
言い終わらないうちに警官が縹の腕を掴む
「はいはいあとは署で聞くから」
よろける縹を無理矢理引っ張っていく警官
「違うんです!いや俺の家出は違わないんですけど!妹を探していて…!」
「妹さん家出?行方不明?どっちにしたって警察に届け出るって選択肢が1番だろ。さ、行くぞ」
振り返るとナギが笑顔で手を振っている
(あのやろ…!)

「えっと…あの…警察は…」
言葉の途中で街全体の空気が大きく震える
が、それを感じ取ったのは縹だけの様子。震えの中心と思える方を見据え強引に足を止める縹。
「…今の…」
あまりに真剣な様子に警察官も足を止めそちらを見る
しかし、なにも感じなかった
「なんだ?また隙見て逃げようってか?芸がねぇなテメェ」

突然ナギが何かを感じ取って叫ぶ
「白道くん!!来たっぽい!!」
言葉を言い終えると同時にもう一度空気が震える
今度は白道と呼ばれた警官にも感じとれたらしい
鋭い表情で震えの発信源を睨む

と同時に震えの中心と思える地点、ナギ達の位置から目視で300mほど先の地点に遠近感が狂う様なサイズの扉が現れた
「なんでアレが…」
驚く縹

白道が身構える
「ナギさん!どのくらいで開きます!?」
「わかんない!でもそんなに時間は無いはずだよ!人払いと物質保護頼めるかい?」
答えるナギも切迫している
「了解!!」

叫びながら胸元のポケットから札の様なものを取り出した
そして大声で周囲に呼びかける
「おい駅員!!魔女!!行けるか!!?」
「はいはい行けますよ」
「魔女って呼ばないで」
先ほどナギ達と話した小太りの駅員と駅前にいたアクセサリーを売っていた露天商の女がその場で構えている
駅員は手元で印を組み露天商は手元にあった小さな杖を手に取り横に置いていた大きなツバ広帽子を被る

白道『急急如律令ーー』
駅員『天地封殺ーー』
露天商『遠隔式魔術陣同時起動ーー』

それぞれが構えのまま呪文を唱える
それを呆然と眺めている縹
不意にナギがその肩を掴む
「ナギさん…これは…」
「悪いね縹くん。本当に案内してあげられるのはこれまでみたいだ。君はこれからこの街を去っておそらく僕たちのことは忘れるだろうけど。今日は楽しかったぜ」
「ナギさ…」
呼びかけた声は3人の呪文とその効果によってかき消された

白道『符陣楼閣!』
駅員『人凪の呪い』
露天商『空間固定方陣』

白道の声と共に空を覆う無数の札が現れ下北沢の街を四角い箱のように取り囲む

駅員の印から浮かんだ黒いモヤが街中を奔り人々にこびりつく
モヤがこびりついた人々は胡乱な目をしながら思い出した様に駅構内へと向かっていく

露天商が持っていた杖が赤く輝くのと同時に、街の上空に複数の巨大な魔法陣が浮かび上がる
魔法陣は回転しながらゆっくりと下降し地面に張り付いた
それに呼応するように地面、建物、路駐された自転車、落ちているごみまでもがうっすらと赤く光っている

「以前話してた防衛システムです。陰陽術による檻、呪いによる人払い、魔術による街の保護。それぞれにうまく作用させて効果をブーストさせてます。そこそこ大規模なんで戦闘にはあんまり参加出来ませんけど。今の戦力はどうなってます?」
「そうだね。あと6時間もすれば日が暮れて夜のみんなが動くけど…それまでは敵の規模次第かな。扉がかなり大きいから…」

「あの…」

「大したことない敵だったり友好的なことを祈るばかりってとこですかね…」

縹「あのー…」

「とりあえず街を回った時に何人かいたのは確認できてるから、さっきので異変を感じて動いてくれるでしょ」

「あのー!!」

「うるせぇなガキ!こっちは忙しいんだから黙ってろよ!」
「ちょっと君に構っている暇ないから黙ってて縹くん!」

白道とナギが同時に叫ぶ
「…………」
叫んだ後で妙な沈黙が流れた

「「なんでいるのぉ!!!??」」
驚いて同時に叫ぶ2人
機嫌悪そうに舌打ちをする白道
「おい呪い屋ァ!!お前の術ホントに効いてんのかよ!一般人残ってんぞ!」
「えーー…そんなハズはないんですけどね…ちゃんと“普通の人”に作用するように術を組んだんですが…」
「んなこと言ったって現にここに1人残ってんじゃねぇか!!」

「そんなことより!!答えてくださいよ!!ありえない!!」
「だってあれ“異世界の扉”じゃないですか!!」
縹の言葉に周囲が驚く

「縹くん…どうしてそれを…」
言いかけたところで長い地鳴りがする
全員が地鳴りのもと、先ほど発生した扉の方を見る
扉が開き始めている

「…全部あとだ、ガキ。とにかく生き延びることだけ考えろ」
真剣な口調の白道に縹も思わず息をのむ
やがて完全に扉が開いた

しばしの沈黙の後、扉の奥から、地鳴りとも風の音とも取れない音が轟々微かになり始めた
思わず息を呑む縹
音は徐々に巨大になっていく
そしてそれは確かな振動に変わった
そのあたりで縹は音の正体になんとなく気がついてしまった
そして、気が付いたことを後悔した

声だ
音じゃない。これは
複数の叫び声が1つに集まって巨大な振動となっている

気が付いた直後、真っ暗だった門の中から大量の何かが飛び出してきた。
それはあまりにも現実離れした光景だった

ゴブリンだった

人間と同じように四肢を持ち、二足歩行で駆けているが、
全身は緑色の表皮で覆われ、毛はなく腰にボロボロの布を巻いている
体高は人間の幼児程度、100cm前後といったところだ。顔にはその身長に不釣り合いなほど大きく釣り上がった口と耳、目鼻も異常なまでに大きい。手には欠けたナイフや棍棒など様々な武器を持って涎を垂らしながら下品な笑い声を上げている

その姿はゴブリンと言うほかない
その大群が緑色の濁流となって扉から溢れ出す
「ちくしょう【ゴブリンの国】…!!大はずれじゃねぇか」
悪態をつく白道
あまりの光景に体が硬直して動けない縹
濁流は凄い勢い、凄い速度で縹たちへと迫る
先陣を切っていた数匹が縹たちの姿を捉え、ゴブリン同士が合図を送る
そして、最前にいた縹、白道、ナギに飛びかかる
怯える縹に対して無反応のナギと白道
飛びかかったゴブリンたちが振りかぶった武器を3人に浴びせようとした瞬間

目を閉じた縹は背後からの突風を感じる
そしていつまで経っても届かないゴブリンたちの攻撃を疑問に感じて恐る恐る目を開く

眼前には、地に伏した先程のゴブリンたちと2人の男の背があった
1人は着流しを来た侍。本差と脇差を両の手に持ち、二刀流で立っている
もう1人は白い西洋風の鎧を着た騎士。両手で両刃の剣を軽々と持っている
2人が同時に振り返る

「怪我はないか?」
「怪我はありませんか?」

「ありがとう助かったよ。常盤くん、グレイくん」
振り向いた2人の顔を見て縹は気が付いた
常盤と呼ばれた侍は劇団員の男、グレイと呼ばれた騎士はスープカレー屋の店主だった
「おや?縹くん?なぜ今ここに?」

「ちょっと!雑談してる場合じゃないでしょう!来るよ!」
不意に聞こえた露天商の叫び声に、一同が向き直る

思わぬ返り討ちに動揺している様だったゴブリンたちだったが、倒れた仲間を見て激昂した様だ。憎悪が籠った唸り声を上げている
叫び声をあげるゴブリンたち扉から無尽蔵に現れ、通りはすでに緑色に染まっていた
数えることはできないがすでに数万は超えているだろう

「凄い数…」

「劇団月代侍衆、出入りだ!!」
「スープカレー『magokoro』改め、アートリオット騎士団分隊、前へ!」
常盤とグレイが叫ぶと、背後から先程の劇団員であろう侍たちと、カレー屋の店員にいた男たち(騎士の風貌)が十数名ずつ現れた

縹(こっちも増えた!でもまだ数は…)
「大丈夫、まだまだ増えるよ」
緊張する縹を察してか、ナギが優しい口調で言う

それと同時に
「ハッハァ!!!野郎どもォ!!侵略者だぜ!奪い尽くすぞ!!」
建物の上から海賊たちが(先頭に立つ男は先程の古着屋の店員だ)

『すみません!調整手間取って遅れたっす!』
街中に響く電子音とともに数百機のドローンが

「あたしたちも出るよ」
駅前にいたストリートミュージシャンの女性が(1人は両手が羽に変わり、1人は髪が炎のように、1人は下半身が魚のように変わる)

「すみません遅れました!」
耳が尖った透き通るような金髪の女性(タオルを頭に巻いていたので気がつかなったが、先程のラーメン屋の女性店員だ)

次々に街のあちこちから現れた
「これで頭数は向こうの1/1000くらいにはなったかなかな」
「全然足りないじゃないですか!!」

「大丈夫。この街の住人はね。みんな強いから」
ふふんと鼻を鳴らして自慢げに笑うナギ

「それじゃあみんな!!今日も元気に街を守ろう!!!」
ナギが張り上げた大声と共に双方がぶつかる

どうすることもできず、ただ茫然するしかない縹はなぎの言葉を思い出していた

『いいかいこの街はね。あらゆる個性、あらゆる自由、あらゆる人生、あらゆる思想が許される自由の街。なんでもあって、誰でもいる。ここは下北沢!通称下北!『サブカルチャーの聖地』!』

「なんでもありすぎるだろ!!!!!!」
縹の声が木霊する

第1話 了


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