『阿久津先生は幽霊が見えない』第1話

あらすじ

単位が足りずに進級が危ぶまれている女子大生・甘粕幸子は民俗学の教授・阿久津不動に温情を申し出る。しかし、阿久津は突然幸子に妙なことを尋ねる。
「貴方幽霊が見えていますよね」
それは事実だった。幸子は幼い頃から心霊体験に悩まされてきたSSS級の霊感持ちだったのだ。
そして阿久津は続ける。「単位が欲しければ、私の心霊研究に協力してください。私には霊が見えないので。」
こうして、幸子は仕方なく彼の誘いに乗ることになり、阿久津とともに心霊現象が起こった土地を巡ることとなった。霊感ゼロの心霊研究家と霊感カンストの女子大生コンビが挑む怪異奇譚。


本文

ぴちょーん ぴちょーん
等間隔で水の滴が落ちる音がする
線路下、レンガ壁の地下横断歩道

そこに立っている甘粕幸子
気丈な表情をしているが歯はカタカタと震えている

『どうしてこんなことになってしまったのだろうか』

突如スマートフォンが鳴る
「きた…!」
息を呑み、画面を確認する幸子

画面には〈非通知設定〉の文字
恐る恐る通話ボタンを押し耳に当てる

電話の向こうからはザー……とノイズ
『こういうのとはできるだけ関わらずに生きてきたはずなのに』
ノイズをよく聞くと何か別の音が聞こえることに気がつく

耳を澄ませる幸子
それはぴちょーん、ぴちょーんという水音だった
安心する幸子だったが、突然目を見開く
(この音…!)
気がついてしまった
等間隔に響く水音が自分がいる地下横断歩道と同じ音だということに

「お前今どこにいる!!」
少し遅れて電話の向こうから「お前今どこにいる!!」という幸子の声が聞こえた
そして今度は電話の向こうと、幸子のすぐ後ろから

「後ろだよ」
と声が響いた

『全部全部アイツのせいだ』


初夏 大学の講堂
退屈そうにスマートフォンを見ている生徒が1人
画面には「K県S市、Y線の線路付近の地下横断歩道内にて男性の刺殺体が見つかった事件から1ヶ月。犯人未だ捕まらず」という記事
講義を受ける生徒達の中に幸子
隅の席で1人で講義を受けている

『私の名前は甘粕幸子。桜林大学1年生。花の女子大生だ。と言ってもまだ女子大生歴半年にも満たないド新人な訳だけど。それでも大学生活にも慣れてきたし。楽しくもなってきた。上京してきた身としては不安だったけど友達にも恵まれている』
『それに』
講義室の角をチラリと見て何事も無かったように講師の方に向き直る
『秘密も誰にもバレていないはずだ』
『とにかく!私は素敵なハッピーライフを謳歌している。おしゃれして、バイトして、サークル行って、たくさん遊んで。もうすぐ夏休みだし旅行も行きたい。免許も取りたい。人生の道行は明るいし楽しいことがたくさん待っている』

就業を告げるチャイムが鳴る
『今日だってこれから可愛い女友達と一緒に大学近くのおしゃれなカフェに…』「甘粕さーん。甘粕幸子さーん。いますかー?」
突然講師に名前を呼ばれ、妄想を遮られる幸子
「甘粕は私ですけど…何か用ですか?」
学生証を差し出し、身分を証明しながら尋ねる
「あー甘粕さん。ええっとね。君、留年しちゃうかも」
少しだけ困ったような様子の講師

「………は?」
『ハッピーライフなどなかった』

学内のベンチ
魂が抜けかけている幸子
「どうして……」
『顛末はこうだった』

回想
「いやいやいや、意味わかんないんですけど…」
「君ね。実は私の講義、受講していないのよ」
「え…いや履修登録しましたよ…ていうかこれ必修科目ですよね」
首を傾げる幸子
「確かに必修科目には登録してるね。でも、うちのは別の授業なのよ」
「??」
「簡単にいうと君は履修していない講義をずっと受けてたってわけ。必修のは隣の講義室ね」
「!!?」
「疑問に思って学生課に問い合わせたら、君、同じミスをあと3つしていることがわかってね。要するに必修科目4つ落としたことになるよ」
「そんな馬鹿な!!」
「私もこんな生徒は初めて見るよ。ドジだね君」
へなへなと崩れ落ちる幸子

「私どうしたら…」
「とりあえず、隣の必修の先生には話しておいてあげたから、会いに行っておいで。今日15時から時間ある?これ先生の教室の番号と一応連絡先」
メモを手渡す講師
よろよろと力なく受け取る幸子に講師が笑顔を作る
「多分大丈夫だよ。担当、阿久津教授だから。彼なら全部なんとかしてくれるよ!」
回想終わり

時刻は14時45分
研究室に向かう為、よろよろと立ち上がる幸子
「一体どうなっちゃうの私…」
渡されたメモを見ると、そこには建物の番号、部屋番号の後に〈阿久津〉の文字と携帯番号が書かれている
「阿久津…不導…」
あの講師からの全幅の信頼は一体と思いながらつぶやくと、
幸子の前を通りかかった女子大生が立ち止まって振り向いた
「ねぇ!今阿久津って言った!!?」
突然のことに驚く幸子
女子大生はいかにもおしゃれな女子大生といった風貌で、顔も可愛らしく。スタイルも良い
この前、幸子がテレビで見た港区女子というやつにそっくりだった
「あ、はい、ええと…ご存じなんですか?」
女子大生の表情が華やぐ
「当たり前じゃない!!この大学で阿久津先生を知らない女の子なんていないよ!?あんな素敵な先生他にいないんだから!!」
「…そうなんですか。私、まだ入学したばかりで…どんな人なんです?」
女子大生の圧に引き気味の幸子
「阿久津先生はね、容姿端麗、眉目秀麗、品行方正!そんな言葉を全て兼ね合わせた完璧な男性よ!その辺のアイドルやモデルごときじゃ相手にならないくらいかっこいいのよ!しかも、それを鼻にかけない性格の良さで生徒にも他の先生達にも人気があるわ!生徒教師問わず毎年100回以上告白されていてついたあだ名は〈民俗学界の光源氏〉!それでもずっと特定の相手はいなくて、私生活も誰も知らない!そのミステリアスさが人気に拍車をかけていて近隣の大学全てにファンクラブがあるのよ!」

「へぇ~…」
(異名が鬼ほどダサいのとなんか恋愛観が古いなファンクラブて…あ、でも良い先生みたいでよかった。留年の件、なんとかしてくれるかも)
心の中で突っ込みながら、とりあえずなんか怖いのでその場を去ろうとする
「教えてくれてありがとうございました…!じゃあ私急ぐので。」
と、言いながら振った手には先ほどのメモがあった
女子大生の目が光る
「…ねぇあなた、そのメモ見せてくれない?今阿久津先生の携帯番号が書いてあったように見えたんだけど、(小声で)本物なら言い値で買うわよ?」
猛獣のような女子大生の目にビビった幸子は「間に合ってます!!!」と叫びながらその場を走り去った
女子大生の、静止を求める呼び声が後ろから聞こえたが恐怖のあまり振り返らずに走り去った

教員棟
息を切らしている幸子
「なんとか…!撒いた…!ていうかなんだったんだあれ。阿久津ってのは何者なんだよ…私はただ留年をなんとかしてほしいだけなのに…!」
阿久津を信頼し切った講師の顔と番号を見つけた途端目の色を変えた女子大生を思い出し、身震いをする
息を整えながらスマートフォンを取り出し、時間を確認する
15時ジャスト
「やば…!時間!部屋どこだっけ!」
取り出したメモ書きと部屋番号を見比べる
その廊下の最奥突き当たりの部屋が阿久津の私室を見つける
「ラッキー…偶然ついてた」
部屋の前まで歩くともう一度深く深呼吸をする
扉をノックし、できるだけ愛想の良い高い声で
「人文学科一年の甘粕です。阿久津先生、単位の件でお話があってお伺いしましたー…」と自己紹介をする
部屋の中から、若々しい男の声で
「どうぞ」と返事があった
ゆっくりと扉を開ける幸子

部屋の中は、なんというか物が多い部屋だった
多いのはその大半を占める本だった
入口から見て部屋の両側の壁、は巨大な本棚で埋まり、その他にも入りきらない本が所々山積みにされている
奥にはPCが置いてある教員用デスク、その横には洒落たティーセットが置かれた棚、真ん中には応接用のテーブルとその両側に2人掛けのソファが置いてある。ただしそのほとんどは分厚い本やファイル積み上げられた紙などで埋まっている。奥の壁は大きな窓がついているが遮光カーテンが閉められている
クーラーの効いた部屋はとても涼しい
幸子にとっては大学教授の私室に入るというのは初めての経験だったが、なんとなくハリーポッターで見た教授の部屋みたいだなと思った

そして、応接用のソファには女性が1人腰掛けている
ゼミか何かの研究生とかだろうか
女性がこちらを見ていたので、「どうも」と挨拶しながら会釈をする

そして奥の教員用のデスク
その回転椅子に座っていた男が静かな動作で立ち上がる
長身痩躯。小綺麗なスーツ姿に、縁なしのメガネ。髪は多少長いが清潔感がある爽やかでイケメン。幸子は一目で彼が阿久津だと理解した

「どうも、甘粕幸子さん。高木先生からお話は聞いていますよ。」
爽やかな笑顔でデスクの前まで歩くと女性がソファを指す
「おかけ下さい。コーヒーと紅茶どちらが好みですか?」
「あ、えっとじゃあ紅茶で」
「わかりました。少々お待ちください」
言いながらかちゃかちゃと準備を始める阿久津
(爽やかー!確かにこりゃーモテるわ…)
「あ、お隣失礼します。」
女性がにこりと微笑む

阿久津が振り向いて幸子の方を見たが、幸子はきょろきょろと周囲を物珍しそうに見ており気が付いていない。鋭い目でメガネの位置を正す阿久津
「お部屋暑くないですか?」
「はい、大丈夫です」(こんだけクーラー効いてりゃあな。むしろ寒いくらいだ)

(物腰柔らかそうだし、必死で頼めばなんとかなりそうかも…大学入った時に親との約束で留年したら退学して田舎に帰ってくるように言われてるからな…あんなド田舎帰りたくねぇし、何がなんでも単位もらわなきゃ…!)
ふんと鼻息を吹く幸子

紅茶2つと砂糖が入った小瓶をお盆に乗せて、阿久津がテーブルまで歩いてくる
「お待たせしました」
雑多に物が置かれたテーブルの空いているスペースに紅茶を置く
「すみませんね。散らかってまして」
「あ、いえいえ全然」
阿久津は幸子の前に紅茶を置くと、対面にもう一つを置きその前のソファに腰掛けた
(2人分…?ああ、この子はもう飲んだ後なのかな。)
思いながら、幸子は紅茶に砂糖を入れかき混ぜる。

「初めましてですよね。甘粕幸子さん。私、阿久津不導と申します。民俗学の教授をしています」
「初めまして。阿久津先生。甘粕です。あの…単位なんとかなりそうですかね…」
「そうですねぇ…本来であれば、欠席扱いなので、難しいんですけど。今回は事情が事情ですし、誤って出ていた講義に関しては、授業態度も真面目で欠席も遅刻もなかったと聞いています」
阿久津が静かに紅茶を飲む
幸子は息を呑む

「今回は特別ですが、私の授業はなんとかできますし。他の先生達にお口添えすることも可能です」
「本当ですか!?ありがとうございます!!実は家庭の事情で一度でも留年したら大学辞めさせられることになっていて…」
「はは、大変ですね。ですが私の講義を含めて、それぞれ課外活動のようなものをやってもらう形になるとは思います」
「そんなの!全然頑張りますよ!どんなことをするんです?」

阿久津がソファから立ち上がる。
「それは素晴らしい。ではその前に幾つか質問よろしいですか?」
「…はい」
疑問に思いながらも返事をする幸子。
「甘粕さん、ご出身は?」
「九州です。長崎の田舎の方」
「長崎。素敵なところですね。ご両親や祖父母はご健在ですか?」
「みんな元気ですね。ひいばあも元気ですよ」
「それは素晴らしい…子供の頃はどんな子でした?」
「…別に普通だと思います。ちょっとヤンチャだったかもでけど」
「活発な子だったんですね。ところでこの部屋暑くはないですか?」
「それ一回聞きませんでしたっけ?全然大丈夫です。むしろクーラー効いてて少し寒いくらいです」
「クーラー付いてませんよ。この部屋」

は?と幸子がクーラーを見る
阿久津の言った通り、クーラーは起動していない

「この部屋今何人います?」
「何人って。3人…あ!」
何かに気がつく幸子
「いいえ。この部屋にいるのはあなたと私の2人だけです」
阿久津が爽やかには程遠い邪悪な笑顔を浮かべる。

「甘粕幸子さん。あなた、幽霊が見えてますね?」

2人の間に緊張が張り詰める
やがて幸子が口を開いた
「…幽霊なんている訳ないじゃないですか」
阿久津の表情が元に戻った
「ではどうしてこの部屋に3人いると思ったのですか?」
「数え間違えました」
「2人と3人を?」
「…はい。」
「それではどうしてこの部屋を寒いと思ったのですか?私も今戻ったところで暑くて仕方ないのですが」
「留年するかもしれないという恐怖に寒気がしてまして…」
目を逸らしながら答える幸子と幸子の顔を見据えながら質問を投げかける阿久津

不意に阿久津が幸子から離れる
ふーむと少しだけ考える素振りをする阿久津、その姿を警戒心バリバリといった表情で見ている幸子
そしてスーツのポケットから名刺入れを出して1枚手に取る
「そうですね。こちらの身分を明かさずにそちらの秘密を暴こうというのは誠意に欠けます」
と言いながら名刺を差し出した
受け取る幸子。白地に黒い文字で大学のロゴ。そして

〈桜林大学 人間文化学科民俗学 教授 阿久津不導〉

その後に個人情報が書かれている
あまり名刺というものを見たことがない幸子にもそれが極々普通のものだとわかった
それが何か?という表情を浮かべる幸子
阿久津が指を回転させるジェスチャーと共に「裏です」と笑顔で言う

名刺をめくる幸子
裏面を見て幸子は目を見開く
裏面には黒地に白い文字で

〈心霊研究家 阿久津不導〉

と書かれていた

「心霊…研究家…?」
名刺と阿久津本人を見比べる
「民俗学というのは心霊研究の一環です。趣味が高じてというやつですね。古今東西、津々浦々の霊現象や怪異譚を収集研究をしています。つまり、私、信じている側の人間ですよ。甘粕さん、もう一度聞きます。貴方、霊が見えていますね?」
再び、沈黙が流れる

そしてまたも先に口を開いたのは、幸子だった
「こっちでは誰にもいうつもり無かったんですけどね…」
「ええ、見えてますよ。」

阿久津素早い動きで幸子の手を握る
「素晴らしい!!!羨ましいですね。霊感。しかもただ見えるだけでない!人間と区別ができないレベルではっきり見えている!!!相当強い霊感をお持ちのようだ!!いつから?一体何がきっかけで!!?見えるだけなんですか??声が聞こえたり?会話?まさか触れたりとか…?霊媒体質…いわゆる引き寄せるみたいなことなんですが、そう言ったことはありますか?ああ!なんて素敵な力なんでしょう!!夢がありますね!!」

「先生キャラが…!!」
「ご心配なさらず!コッチが素なので!ところでここにいる霊に関してお話を聞きたいのですが!」
阿久津がネクタイを緩める。
「ああ…暑い…!!クーラーつけますね?よろしいですね?」
クーラーの電源を入れる阿久津。ゴーと大きな音を出してクーラーが稼働する
「それで?男の子女の子?どうなんです??」
「先生!!!」
大声で阿久津を制する幸子

「…落ち着いてください」
「失礼取り乱しました。段階を踏んでいきましょうか」
阿久津が眼鏡を正す

「甘粕さんまずあなたの霊感についてですが…」
幸子、後頭部をかきながら嫌そうにため息をつく
「…誰にも言わないでくれます?」
「ええ、あなたが望むなら」
観念したように幸子が話し始める

「…先生の言う通り、かなり強いと思います。私の霊感。普通に人間と見間違えますし、意思の疎通がとれるやつなら会話もできます。調子がいい時、いや、悪い時か。なら触れたりもします。引き寄せもしますよ」
阿久津が子供のようにキラキラ目を輝かせる
その様子にうんざりした表情の幸子
「…いつから霊感があるかってことですけど、物心ついた時にはすでに。そのせいで地元では不気味な子扱いされてますよ。だから隠してるし、こっちでは知られたくないんですよ」

「もったいないですね。素敵な個性なのに」
阿久津が真剣な顔で言う
初めて言われた言葉に驚く幸子
「人の目を気にして優れた力を隠さなければならない世の中なんてくだらない。私は貴方のような、自己の抑制を余儀なくされている人たちのために研究をしているんです」

「先生…」
ときめく幸子

「でもさっき趣味って言ってませんでした?」
「あ、バレました?はい、好きでやってるだけですよ」
真剣な表情を崩す阿久津
「なんでそんなわかりにくい嘘つくんです??」
「印象良くしておけば懐柔できるかなって。」
「最低だ!!」

「まぁまぁとりあえず、ここにいる霊のことを教えてもらってもいいですか?どこにいます?何を言ってます?何が目的です?」
「えーっと…場所は私の隣でソファに座ってるんですけど…」
答えにくそうな幸子
阿久津も?を浮かべる
「先生が、私の手を握った辺りからですかね。すっごい目で私のことをガン見してます」
女性の霊は目を剥きながらまっすぐに幸子を見つめている
「ほう。それでなんと」
少し考えて幸子が言う
「あの、私、先生とはなんの関係もないですよ?ただの生徒と教師です」
しかし女性の霊は反応しない。幸子を恐ろしい目で見続けている
霊に話しかけるという行動にテンションが上がっている阿久津

「反応なし…意思の疎通は無理みたいですね」
うーんと考える幸子
「先生、今彼女さんとか奥様とかいます?もしくは女性関係でトラブルとか」
「いませんしありませんね」
(女性関係ないのか…?ほんとか?)
女子大生の顔を思い浮かべる

「多分この人…」
「生霊ですか?」
幸子、驚いた表情
「ええ…なんで分かったんです?」
「甘粕さんが、死別した恋人や奥さんでなくて、今の女性関係をお聞きになったので。生きている者が原因なのかなと。生霊…生きた人間の想いが集まってできた霊的な精神エネルギーの集合体というのが私の見解ですが」
驚く幸子

「…そうですね。この人、生霊です。悪霊や呪いという程に悪い雰囲気は感じませんし、普通の霊というには意思の疎通がとれなすぎる。先生が私の手を握ったことが私へのこの表情の原因だというのなら…」
「私に想いを寄せる女性が原因というところですかね」

(…自分で言っちゃうんだこの人)
引いている幸子

「当たっていますか?」
爽やか笑顔に戻る阿久津
「…多分。おそらくまだ悪影響を及ぼすほどではないと思いますけど」
「霊障ですか…!素敵ですね!!それではまだしばらくいてもらってどんなふうに変わって行くのかを見てみましょう!」
変態を見る目で阿久津を見る幸子

「さて、それでは話を戻して、留年回避のための課外活動の話をしましょうか」
「このタイミングで!!?嫌な予感がしすぎる!!」
「私の心霊研究に協力してください」
「やっぱりな!!嫌すぎる!!!」
「お気づきかもしれませんが、私、霊見えないんですよ。それどころか霊感の類が一切無い」
(…やっぱり)
「だから常々研究に協力してくれる実験だ…もとい協力者がほしかったところなんですよ」
「今絶対実験台って言いかけましたよね!!?」
「同じようなもんです」
「開き直った!!」
ギギギと顔を顰める幸子とニコニコ微笑む阿久津

「…お断りしても…?」
「かまいませんが、それでは単位の件、他の教授達に口利きをする件はなかったことに…」
(くそ…!完全に弱みを握られている…!)
「おそらくですけど、私の口利きなしで現状を打破する術はないと思いますよ。私、学内ではかなり人望厚いですし。むしろ私があなたの頼みを断ったということが知れると、他の教授達まで倣って拒否する可能性まであります」
「なんだそれ!主体性は!!?」
「大学教授なんてそんなもんです。基本、他者依存の事なかれ主義。まぁ私は違いますけど」
「で、どうします?留年が嫌なら残された手は一つだと思いますが」
「他のことならなんでもしますから…」
「結構です。他には何もいりません」
くそ!と諦めたように天井を仰ぐ幸子
「わかりましたよ…!」

阿久津、幸子の前に立ち幸子に手を差し出す。
「ご快諾、ありがとうございます」
「白々しい…」
仕方なく手を握る幸子
からからと阿久津が笑う

「それはそうと甘粕さん。あなた、生まれた時から霊が見えているのに、心霊現象に遭うのは嫌なんですね」
気がついたように首を傾げながら阿久津
「あー…まぁそうですね。私の場合、霊感があるってだけで除霊したり祓ったりみたいな対処ができる訳じゃないですから。あとあいつらいきなり出てくるからびっくりするんですよ。勝手に家に入って来たりしますし。体調悪くなったりすることもありますからね。それと…」
「それと?」

「一旦手ェ離してもらっていいですか。生霊のこと忘れてました」
幸子が横を指差す
生霊は先程まで以上に目を見開いて、幸子に顔が触れるくらい近づいて幸子の顔を恨みがましい目で睨みつけている
「あー…失礼」
阿久津の方から手を離す

「ところで阿久津先生。先に一つだけ注意しておきます」
「なんでしょう?」
幸子、鋭い目で阿久津を見る
「普通の霊や生霊はそこまで害はありません。基本的に生きてる人間と同じようなもんです。ただヤバいのも確かにいます。悪霊とか呪いとか、実際に人間に害を与えるやつ。そういうのに面白半分でちょっかいを掛けるのは本当に危険です。殺される廃人になる体を奪われる。そういうのも全然有り得ます。そういう覚悟はありますか?」
阿久津が振り返る
(…ビビったか?これで手を引いてくんねぇかな…)

「…素晴らしい!!!!」
幸子、ポカンとする
「なんて生々しい忠告なんでしょうか!!見える方の言葉は雄弁ですね!!ゾクゾクします!!」
(だめだコイツ…)
項垂れる幸子

咳払いをする阿久津
「失礼。取り乱しました。…覚悟ですか。もちろんあります」
鋭い笑顔で笑いながら、阿久津は幸子を見る
「私は私の好奇心によって命を落とすのであれば望むところです。見たいもの知りたいものを存ぜぬ振りをして生きていく人生に価値なんてありませんから」
(…キマっちゃってるなこの人)
「…私がだめだと言ったことはやらないでくださいね」
「善処します」

「さぁそれでは早速、今晩は空いていますか?」
「…まぁ」
阿久津、本棚から一冊のファイルを取り出し、幸子が座るテーブルの上に置いた
「この辺りで1番近い心霊スポット、Y駅横の地下横断歩道に行きましょう!!!」
キラキラした表情の阿久津とげんなりした表情の幸子

(第1話 了)


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