『阿久津先生は幽霊が見えない』第3話

目を輝かせている阿久津
「幸子さん!いるんですね!!ここに!」
「…はい、まぁ」
2人のやり取りを見て?を浮かべる三沢
「あ、この人は見えていないし、聞こえていないので私が会話中継します」
「初めまして。私、桜林大学民俗学部教授兼心霊研究家の阿久津と申します」
そのまま男の方を見て言葉を繰り返す幸子
「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます。わたし、蝉沢商事営業部…に勤めてました、三沢と申します」
同じように訳す幸子

阿久津、ふるふると震えたかと思うと後ろで小躍りし出した
「霊と!!会話が!!できたぁ!!!」
「壊れちゃったみたいです。あと普通にめんどくさいので私が会話しますね」

回想
1月前
雨の中傘を差して歩く三沢
スマホを耳に当てて会話をしている
「はい。はい。すみません。聞き取りにくいです?こっち雨降ってるからですかね。もうすぐ地下に入れるんでちょっと待ってください」
話しながら、地下通路へと入っていく三沢
通路の中央にはマウンテンパーカーのフードを被った人間がいる
気にせず、電話を続ける
「お待たせしました。音どうです?あ、よかった」
と話す三沢の背後に濡れた靴の足音が響く
三沢が振り返ると同時に腹部に衝撃が走る
「え…?」
目の前には先ほどのマウンテンパーカーの人物
顔がわずかに見える
そのまま男は走り去っていった
三沢、腹部に痛みを感じ触れる
その手は真っ赤に染まっている
そのまま力なく地面に倒れた
地面に血が染まっていく
回想終わり

「で、気がついたらここにいて。いろんな人に話しかけたんですが、誰も反応してくれなくて」
「諦めてたんですけど、雨の日の夜にユーチューバーみたいな人が来て」
「思いっきり念じたら電話が繋がって」
「でも声は電話越しでも聞こえてなくて」
「それから何人かに電話してたんですけど、会話ができたのはおねえさんが初めてです」

「…だそうです」
頭が茹っている阿久津
「なるほど。じゃあ別に悪意があったわけではないんですね」

「おそらくコンタクトを取ろうとした時がたまたま霊の力が高まるタイミングにあっただけだったんですね」
「うわ!びっくりした!急に落ち着くな!」
「失礼。ちょっと幸せすぎてキャパがオーバーしてました」
「大変ですね」

「ともあれ、三沢さんが危険な霊じゃないってことはわかりました。でも電話はやめましょうね。びっくりするでしょ」
「はい、すみませんでした…」
「あの…お2人は成仏の方法とかってご存知ですかね…どうしたら良いかわからなくて…」
三沢の言葉を阿久津に伝える幸子
「成仏…基本的には霊が自身の未練を晴らした際に精神エネルギーが霧散する現象だと解釈していますがこの場合…」
「未練…わかんないです…」
困った顔の三沢

阿久津が不意に地下の入り口の方を見る
「…ところで三沢さん。あなたを殺した犯人はあなたが知っている人ですか?」
「いえ、多分知らない人でしたけど…」
「知らないそうですよ」
「なるほど。でしたら犯人は無差別に人を襲っているということでしょうか」
「どうしたんです急に…?」
阿久津が入り口を指差す
「犯人、あの人ではないかと思いまして」

そこには黒いパーカーを着た男が立っていた
幸子と三沢の間に緊張が走る
「あの。そこの貴方」
阿久津が急に大きな声で呼びかける
「ひと月ほど前、ここで人を殺しましたか?」
ギョッとする三沢と幸子
男がピクリと反応する
「ちょっと!?いきなり何言ってんですか!?」
「手っ取り早いかなって」

「人殺しですか…?」
男が顔を隠したままゆらりと幸子たちの元に近づく
「ああこの前の通り魔のことですか。怖いですよね。安心してください。僕は丸腰ですよ。普通にたまたま通りかかっただけです」
男が歩きながら両手のひらを見せる
「それはそれは。失礼しました」
ニコニコ笑ったまま阿久津が答える
「いえいえ大丈夫ですよ。用心するにこしたことはないですから。危機感は大事です。常に周囲には殺人鬼が紛れ込んでいるくらいに考えておかないと」
男が幸子たちから2メートルほどの距離に近づいた時、男がフードを取った

「幸子さん!犯人、こいつです!!逃げて!!!」
三沢が叫んだ時にはすでに男はポケットからナイフを引き抜いていた
パーカー男が幸子に迫る
「きゃっ…!!」

「今度は2匹だぁ…!!」
凶刃が幸子に迫る
後ろでネクタイを緩めながら阿久津がゆらりと前に出る
そのナイフの隙間を縫うようにして、阿久津の上段蹴りが男の顎に突き刺さる

「失礼。この方は私の生徒ですので。そもそも」
男の体が浮きあがり、そのまま力無く地面に落ちる
「生きた人間が生きた人間に危害を加えるというのは許せません。生者を傷付けていいのは死者だけです」
阿久津が少しだけずれた眼鏡を正す
ポカンとする幸子と三沢
(…な)
(…なんだそのいかれた理屈は!!!!)
男は泡を吹いて意識を失っており阿久津の言葉は聞こえてはいない
(あと強ええ!!)

スマホ数回タップして電話をかける
「もしもし警察ですか。先日通り魔があったY駅付近の地下横断歩道でナイフの男に襲われました。男は気絶していますが、いつ目を覚ますかわかりませんので至急来ていただいてもよろしいですか」
スラスラと通報を済ませる阿久津

「三沢さん」
阿久津が三沢に呼びかけるが明後日の方向を向いている
「先生、三沢さんこっちです」
「おや失礼しました」
阿久津が向き直る
「三沢さん、一つ提案です。どうでしょう。この方に取り憑いてみては」
「!!!」
「三沢さんの未練が本当に復讐だった場合それで成仏できるかもしれませんよ」

「この方はあなたを殺したことに見合う罰を受けるでしょうか」
「え…?」
罰という言葉に三沢が反応する
「この方、目の焦点があっていませんでしたからね。お酒か、もしかしたら薬物の類に手を出しているかもしれません。その場合、裁判では心神喪失扱いになるかもですね。そしたら最悪殺人自体の罪には問われない可能性があります」「そんな…」
「人を殺してるんですよ!!?」
「日本の法律はそういうものですから。もし罪に問われても数年で出てこられるでしょうし、そもそも終身刑になったとしても、今の刑務所は規則正しい生活、まともな食事が保障されていますからね。人1人殺めて、更に罪を重ねようとした人間にふさわしい罰かは甚だ疑問ですね」
三沢が下を向いて拳を握る

「だから!」
阿久津が三沢(がいると思っている場所に)躙り寄る
「被害者である貴方が、貴方自身の手でこの方に見合った罰を与えて差し上げれば良いのです!!」
「貴方には!その権利がある」
三沢の呼吸が荒くなる
阿久津がいやらしい笑みを浮かべる

唖然とする幸子

「あーーーー!!!」
三沢は叫び声をあげて丁寧に整えられていた髪をクシャクシャと両手で乱す
「考えてみりゃそうだよな…なんで俺殺されてんの?なんか悪いことしたっけ?割と真面目に生きてきたし人に迷惑もかけてないよな?理不尽じゃね?ていうかそうだわ。死んだんだわ。別にこいつに何したって罪には問われないんだ。いいんじゃね。好きにやっても。こいつに関しては。誰彼構わず何かしようってんじゃないんだ。俺を殺したことへの落とし前をつけさせようってだけなんだから。悪人に罰を与えようってんだからそれは悪い事じゃない。正当だ。正しいことだ」

「三沢さん…!」
幸子が叫ぶ

「…止めないでください!俺は…」
「止めませんよ?」
ぶんぶんと顔の前で手を振りながら幸子が真顔で言う
「えっ」
間抜けな声を出す2人

「…止めないんですか?」
「止めて欲しいんですか?」
「え?いやそんなことは…」
「復讐大いに賛成ですよ?さっきの反応見た感じそれが未練な可能性は濃厚ですし。通り魔なんてクソ野郎、罰を受けて然るべきだと思いますし」
「私、ずっと幽霊が見えてんです。子供の頃から。だから暴走する幽霊の危険さも怖さもある程度知ってます。でも未練を果たせなかった幽霊はそれと同じかもっと危険なんですよ。だからできる限り未練を果たして成仏してもらいたいと思ってます」
「だから、三沢さん」
「あくまでシステマチックに、理性を保ちながらこいつに復讐してください」
阿久津が笑う
「…むずくないですそれ」
「いやいやそんなことないですよ。成仏までのタスクだと思って」
「そう言われるとできそうな気がしてきました」
(社畜ぅ…)
「まぁ…それでも成仏できなかったり暴走しそうになったら私のところに来てください。話くらいは聞きますから。これも縁ですからね」
「幸子さん…」
「もちろん人前で話しかけたり勝手に家に入ってきたらシバきますけど」
「辛辣…!」

「甘粕さん…あなた…」
阿久津が口を開く
「お優しいですね…霊にも人にも」
これまでとは違う優しい笑顔を浮かべる

照れる幸子
「そんなんじゃねぇっすよ。」

遠くでサイレンの音が鳴る
警察が近づいてきているようだ
「ようやく到着のようですね」

『その後、駆けつけた警察によって犯人は連行された。三沢さんもそれについて行った。どんな目に合わせてやろうかとワクワクしているようだった』

『私たちは少しばかりの事情聴取を受けて解放された』
『こうして私の知られたくなかった短所と先生の知りたくなかった本性と1人の霊の成仏の可能性を残して、私と阿久津教授の課外授業が終わった』
『何はともあれ、私の単位は無事…』

数日後
幸子の部屋
「入ってないんだけど!??」
幸子がpcを見ながら叫ぶ
そこでスマホが鳴る
画面には『阿久津』と書かれている
「あ、こんにちは甘粕さん」
「こんにちはじゃなくて!!先生!単位!変わってないんだけど!!?」
「当たり前じゃないですか。1回ので単位分全て埋められるわけないでしょう」
「聞いてねぇですよ!!?」
「そうでしたっけ。まぁ次の心霊現象の話をしましょう」
(ちくしょうめぇぇ…!!!)
幸子の魂の叫びが木霊する

『残念ながら私たちの課外授業はまだ終わっていないようだった』

(第3話 了)

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