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【番外編】どの立場で話しているの?という問い--理系各員に捧ぐ

理系各員に捧ぐの番外編でお届けします。番外編は、僕自身が理系生活で体験したことをそのまま取り扱ってみたり、トピック化しにくい些末なことをたらたらと書いたりしようと思います。

タイトルにした、

どの立場で話してるの?

というのは、研究室の先輩に言われたことのある言葉です。

あまり自覚がなかったのですが、僕自身は事象に対して、非常に中立的というか、それこそメタ視点で見るということが癖になってしまっていたようです。自分がどう思うかではなく、その出来事自体をありのままに捉え、分析したいという欲求が強かった。

僕自身が考えている時点で、ありのままということはありえないのですが、ずっとそうやって考える癖がついていたせいで、先輩からしたら、その事象そのまますぎて、僕自身の立場が見えなかったのかもしれません。この指摘はそのまま、僕が(もちろん相手にとっても)面白いと思って話していることが、相手にとっては面白くない、物足りないんだということを示していました。

さらに、この指摘は、不足しているものは、自分の立場を示すことだということも教えてくれました。確かにそうです。世の中のニュースは、とにかく誰かそれっぽい人にコメントを付けてもらったり、評論してもらうことでコンテンツになっています。例えるなら、僕の話はNHKニュースで、先輩が求めていたのは民放のワイドショー的なものか、最低でも報道ステーションみたいなものだったのです。

個人間で話すときは、相手自身の考えが知りたいものです。それは僕自身、本編で言葉を変えて何度も書いています。自分自身の考え方を育てろと。

おしゃべりは、おしゃべりのテーマと同じくらい、あるいはそれ以上に喋っている相手そのものの情報を取得していることを、僕はここで気付きました。正直話す内容なんて、話す相手に比べたらどうでもいいことです。そう気付いてからは、僕は自分の考えを会話に織り交ぜるようになりました。

そうやって話すようにすると自分も面白いし、なによりどんな人と話しても、結構会話が盛り上がります。これは大きな発見でした。初対面の人でも、かなり楽しく話せるようになったのです。

自分のことなんてどうでもいいと言って、自分のことを話さない人がいます。過去に人から、自分のことを話しすぎ、などと指摘されたのではないでしょうか。人から指摘されると、その言葉は自分の中に深く残って、呪いになります。でも、冷静に考えると、「話しすぎ」と、その量的過多を指摘されたのであって、自分のことを話すなとは言われてないことがわかります。

僕たちは、判断をイエスとノーの2つに分け過ぎです。こんなにグレーな表現の曖昧な言語を使うのに、自分の思考ははっきり白黒付けすぎています。これは、逆に見れば、言葉のせいでもあります。言葉がグレーだから、聞き手が白黒つけるしかないように思えるのです。そこで、聞き手がネガティブなら黒が多くなり、ポジティブなら白が多くなります。

解決するには、グレーのまま、そのままに受け入れるというのがあります。自分の判断の癖を入れないように、そのままいったん頭に保存します。それからゆっくり、言葉を眺めてみると、聞いた瞬間と違う見え方をして驚くことが多々あります。でも、きっとそっちが相手が伝えたかった本意です。

話が脱線しました。結論として、人と話す時には、自分の考えを散りばめるといいようです。ただし、入れすぎ厳禁。話をメインに、自分の考えはスパイスのように扱うといいと思います。スパイスの加減は、相手の反応をみながら調整しましょう。最初は失敗しても、いつか必ず、最高のカレー屋さんになれるはずです。本場インドを目指して頑張りましょう。


ではまた次回も、よろしくお願いします。

※トップフォトは、ぱくたそさまを利用しています。
ぱくたそ(www.pakutaso.com)

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