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精神迷宮膝栗毛#2「江ノ島へ。後編」

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新江ノ島水族館の充実した展示を堪能した私たちは水族館を後にした。
国道134号線沿いのお店でしらす丼を食べながら、バル姉が最近見たという悪夢の話を聞かされる。
「夢の中の私の手元に借りた憶えのないTSUTAYAのDVDがあるんだ。配信でいくらでも見れるというのに一体私は何を借りたんだとDVDケースに貼られたラベルを見ると『ダンボ』って印字されてて……そこは、まあいい。さもありなんだ。私好きなんだ、ダンボ。サイケだろ?ディズニープラスにも入ってないしな。……それより驚いたのは店名だ。TSUTAYA青森今別町店と書かれていたんだ――行ったことないんだよ、私は青森に!……返さなきゃダメだよなって腹を括って東北新幹線に乗るんだが、どうしてもたどり着かないんだ、青森に。伊豆長岡にいたり、長門市にいたり、長野市にいたり、何故か『長』のつく地名ばかりにたどり着いてしまうんだよ。……その間にも延滞金は膨らみ続けてくばかり。怖いだろ?悪夢だろ?」
「恐ろしい夢だね。まるで人生そのものだ。」
とよくわからん感想をとりあえず言ってみる。

悪夢の話に花が咲きすぎて、店を出ると陽が暮れかけていた。
店の前で立ち尽くし、またもや神妙な面持ちで江ノ島方面を見つめるバル姉に少しばかりの不安を感じ、「いや目的地行かんと。」と声をかけると「当たり前だ。」と蚊の鳴くような声で返答された。
恐らくバル姉は疲れていた。バル姉の体力のなさには定評があった。
『江ノ島まで地味に距離あるんだな』などと心の中で思っていたに違いなく、同じく体力のなさに定評のある私はそう思っていた。
こんなことではいかん、一体私たちはなにをしにきたんだ?今のところ魚見て魚食べただけだ!これで帰るのか?これで帰ったら魚になっちまうよ!今日の一番の目的地は江ノ島だったはずだ!龍神様のご加護を頂戴しに来たはずだろう!俗塵を吹き飛ばしに来たはずだろう!そうだろ!そうだ!そうだ!私は魚じゃない!私は魚じゃない!などと二人で発破を掛け合い渋々といった具合に歩き出した。

しかし、いざ歩き出すと、江ノ島までの道中はなかなかに楽しいもので、そもそも大した距離はなかった。テレビの空撮映像なんかでよく見る江ノ島大橋では多国籍な観光客が思い思いの場所で写真撮影をしており、橋の欄干によりかかりながら軽食を食べる人たちもいたりと、かなり自由な雰囲気で、辺り一帯にはお祭りバイブスが立ち込めていた。
当然、江ノ島島内も多くの人で賑わっておりその活気にあてられ、みるみるうちに元気が出てきた。
「ここらへんタモさんが歩いていたぞ。」
とタモリシンパのバル姉もはしゃいでいたので一安心だった。

急な階段には面を食らったが、『歩けばたどり着く』の精神で登頂し江島神社へ参拝した。

茅の輪くぐりなんかをしたりした。

異国の女性に写真撮影のお願いをされ、スマホを受け取ろうとしたところ、私に任せろとバル姉に横取りされる。
「いきますよー、はいウエストバージニア!」
という謎の掛け声で写真撮影をしてあげたバル姉は
「善行をするって気持ち良いな、また一つ徳を積んだぞ。」
などと横取りという悪行のことはすっかり忘れ、大変満足そうな表情でそう言った。

念願だった江ノ島エスカーと初対面を果たす。
江ノ島エスカーとは、つまりはエスカレーターだったわけだが、エスカレーター横の壁面に綺麗な映像が映し出されたりと、観光地らしい演出は素敵だった。

しかしながら私は江ノ島エスカーに対し大きな勘違いをしていた。
ロープウェイのように麓から頂上までを一本で結ぶ、そんな天国へと続く階段のようなエスカレーターを勝手に想像していたのだが、江ノ島エスカーは三区間に分かれており、途中山の中腹に一旦出て、少し離れた次の区間のエスカレーター乗降口から再び乗るといった具合だった。

「私ボスになるならこのステージのボスになりたいと思うよ。」
というバル姉の唐突な発言に脳みそが停止する。
「どういうこと?」
「つまりラスボスではないんだ。」
「どういうこと?」
「ラスボスはあそこにいるもんだろ?」
とバル姉が指さす先には江ノ島のシンボル江ノ島シーキャンドルがそびえ立っていた。
「確かに江ノ島のラスボスがいるとしたら、あそこだろうね。」
「私はラスボスにはなりたくないんだ。管轄は中腹でいい。中腹が丁度良い。中腹のボスでありたい。そんな人間でありたい。」
「なんかわかる気がしてきたよ。」

そんな有益な会話を交わしていると、気づけばシーキャンドルの展望台にいた。
展望台からは相模湾が一望できた。

江ノ島の突端も見えた。

「江ノ島ってゴツゴツしているな。」
「伊豆半島もゴツゴツしてたよ。」
「島って全部ゴツゴツしてるのか?」
「多分島って全部ゴツゴツしているんだと思う。」
などと、決して他人には聞かれてはならない知性低めな会話をしながら沈みゆく夕陽を眺めた。

キャンドルの外に出ると夜になっており、キャンドルが光っていた。
体力は残っていなかったし、この時間から奥津宮や龍神様のおわす岩屋を目指す人もいそうになかったので、帰ることにした。
お互い口数が少なかった。
階段を下っていると木々の合間からキラキラと光る街並みが見えて、綺麗だなと思った。
江ノ島大橋を歩いているときに吹いてきた夜風が心地よかった。
橋を渡り終え、境川河口付近に佇めそうな場所があったので、しばらく座って汽水域をぼんやりと眺めたりした。
釣り人がなんのためらいもなく川の中に入っていく姿に驚いた。
釣りスピリットを感じた。
近くでカップルが唐突に線香花火を始めた。
綺麗だと思ったが、火花が飛んできそうで少し怖かった。

「岩屋には、また行けばいいじゃないか。龍神様は待っていてくれる。」
と私の肩をたたきバル姉が言う。
何故か私はバル姉に慰められているらしかった。
目的地に行けなくて残念がるのは言い出しっぺのバル姉のはずなのに、妙に清々しい顔して私を慰めるバル姉は本当に意味不明だなと思った。
でも夜風が気持ち良かったので、なんでもいいやと思った。


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