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日常

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ただの日記
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#日記

41歳の別れ

 捨てることに潔いわたしでも、未だに捨てられないものがあった。マンドリンという弦楽器。  中学生だった頃部活でマンドリンをやっていた。自分のが欲しくて父に買ってもらった。大事なものだから進学のために札幌に出てくるときにも連れてきた。それからずっと一緒。でも、仕事で時間の都合がつかないためサークルに所属することもできず、一人暮らしの集合住宅で鳴らすわけにもいかず、最後にはクローゼットの中に仕舞われてしまった。  それっきり、弾くことも処分することもなく20年が経った。  

働くことで削られている

 朝、急がなくては会社に遅刻してしまうのに新雪に足をとられて思うように進めない。後ろから誰かが「追い越し」をしたがっている足音がするけど道を譲るほどの広さもない。両側がよけられた雪の山だ。  きっと今、しびれを切らした後ろの人が、無理やり追い越しをかけてきたらわたしは避けられず体がぶつかって派手に倒れるだろう。そして糸が切れたように大声で泣いてしまうだろう。  「会社に行きたくない」という気持ちと「会社に遅刻してまう」という気持ちがぶつかって炸裂してしまうと思った。限界だ

部屋干し野菜

 とても乾燥している。冬だ。肌はパリパリ。夜クリームを丁寧に塗り込んでも朝になるとあちこちつっぱっている。コリャちょうどいいじゃないかと野菜を干すことにする。  干し野菜を始めたきっかけは数年前、専用のネットがついたムックを買って、キュウリを干したことだった。乱切りにして半日干して、油で炒めたら食感がパリパリして、食べることが楽しかった。  キュウリは生の状態でもパリパリしているけど、わたしは生の野菜がそれほど好きではない。体が冷えてしまうからたくさん摂れないのだ。少し前

なぜなのだ

 吸い込まれるように本屋に入って、吟味の上一冊の文庫を持ってレジへ行く。するとそこにはすでに支払いをしている女性がひとり。髪の長い、上品そうななりの女性だ。うん、なりだけは。  その女性、さきほどからずーっとじゃらじゃらじゃらじゃらやっている。小銭を探しているのだ。30秒経った。いったいどれだけ小銭を溜め込んでいるのか。  こういう人、苦手だ。財布のなかを常に整理できない人。  失礼ながら彼女が相当の時間を費やして出したお金を覗き見る。千円札の上に、百円玉、十円玉、一円

わたしの知らない世界

 秋だ。食欲はあるが何食べたらいいかイマイチわからない。そして作るのめんどくさい。昔はいろいろ頑張って作っていたのにな・・・。  思い起こせば、一人暮らしをはじめて一番最初に作ったごはんはハンバーグだった。  それまで実家では料理なんてしたこともなく(お手伝いもさせてもらえなかった。台所は母の聖地である。)母が持たせてくれたレシピ本を頼りにものすごい時間をかけて作った。  本に忠実に玉ねぎを刻み、肉をこね、調味料は大さじ何杯といったふうに至って真面目に。でも結局焼くとき

ある日の訪問者(2)

 ずっと昔の記憶だ。  その日の訪問者は誰でも知ってる新聞社の購読勧誘だった。  当時、奴らがしつこいのは誰でも知っていた。ドアを閉めようとすると隙間に足つっこんでくるとか、いろんな景品をつけるからと言ってしつこく迫ってきたりとか。だから新聞の勧誘は無視しようと思ってたのに、わたしはドアを開けてしまった。  なぜか。相手がドアの向こうで小さな声で「宅配でーす」と言ったからだった。荷物が来たと思えば誰だって開ける。ひどいもんだ。  そこにいたのは若干強面のオッサンで、独

kindle談議

 地下鉄で移動中にはkindleで読書する。本を読んでいるところを邪魔しに来る人なんかいないと普通は思うのだが、なんと短い期間に二回も隣に座っていた人に話しかけられた。わたしは外から見て決して親しみやすいわけじゃないし、人目をひくほどに美人であるわけもないから、他人から声をかけられるなんてめったにないことだ。  1回目は声が大きいおじさんで、わたしが持っていた端末(kindle white paper)を見て「それは本なのかい!?」と聞いてきた。単純に、そういった進んだもの

歌う君

 集合住宅ってのは、実際住んでみないとその良し悪しがわからない。事前に内見すれば部屋のキレイさとか設備のあるなしはわかるけれども、住んでいる人の感じとか、管理会社の良し悪しは決してわからない。  ここに住んで数年になるが、ほぼ毎日隣の住人の歌声を聞かされている。ばったり出くわしても挨拶を返してこないイマドキの女子が住んでいる。時間はまちまちだが、夜、彼女は歌っている。それが壁を通してばっちり聞こえているのだ。  そんなだから、歌以外のものも当然聞こえる。おっさんみたいなク

よいこはまねしないでね

※汚い、いや臭い話なので読むときはご注意を。あとまねしないでね。  生まれて初めて綿棒を買った。  今まで使う用事がなかったのだ。それがここにきてどうしても力を借りなきゃいけない事項が発生したのだ。  喉に膿栓が出来ていて、徐々に成長している。  少し前、喉に来るタイプの風邪をひいて、その後ずっと違和感があった。鏡で見てみると喉に白い小さな塊がハッキリ見えた。  あ、コレ膿栓だ。  コレが出来るのは実は初めてではない。去年だったか、やはり風邪をひいた後に出来て、う

ともだちのやめ方がわからない

 「ともだちって何なのか」という定義的なことはすっぽかして、「ともだち」になることって容易だ。連絡先を交換したり、確実に会える場所や時間帯を教えてあげたり。それでなんとなく「ともだち」だ。  じゃあ「ともだち」やめたいときはどうすりゃいいんだろう。  こないだ、だいぶ前にともだちになって、その後しばらく密に会っていた人から「今から会わない?○○くんも一緒だよ」とLINEが入った。連絡自体数年ぶりだ。そのときわたしは家でくつろいでいて、その後の予定も入ってなかったので断る理

歳をとるってこと

 歳をとったら体力が落ちるということは想定していた。ろくに体も動かしてないし。白髪が増えるということも想定していた。わたしは昔から色素の抜けたような毛が他人よりたくさんあって、これは白髪予備軍だとわかっていたから。  ある程度、想像ができて覚悟もできていたことについてはショックを受けなかった。誰にだって「老い」はやってくるのだし。  だけど、最近想定外の「老い」を実感してとても切なくなったのだ。  それは食が細くなったということ。単に食欲が落ちるのなら、それは一般的に想

ある日の訪問者(1)

 その日の訪問者は国営放送の下っ端であった。  休日はいつも居留守を使うが、その日はたまたま宅配便を待っていたので、チャイムが鳴ってうっかり出てしまったのである。わたしより若く見えるそのおとなしそうな青年は、自分の身分を告げもせずいきなり本題に入った。 「このマンションはBSが観れる物件なのですが、BSを観れるテレビをお持ちですか」と聞く。確かにウチのテレビはBSも観れるヤツだが、実際は観てない。だってBS観るには衛星契約が必要で、それってお金かかるんでしょ?だから、BS

わらじ虫に関する考察

 わらじ虫が好きだ。わたしも一応女子だし、虫と聞けば「えー気持ち悪い!」という反応が正解なんだと思うけど、わらじ虫ってカワイイよね。たまに会社の床をのこのこ歩いているのを見たらば胸の内で密かに挨拶するくらいには好き。親愛の情を込めて「わらじ君」と呼んでいる。誤解しないでもらいたいのは、わたしは虫全般が好きな訳じゃない。クモとかゲジゲジ、ゴキブリ(もっとも北海道じゃチャバネと言われるあんまり気持ち悪くない種類のしか出ないけど)は嫌。見た瞬間にぞっとしてしまう。でもわらじ君は手で