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性別を見て、大盛りを暗に強要していないか

ちょうど直近、こんなニュースが世間を騒がせていた。

これに関しては呆れるばかりであるが、一つ言えるのは会議の進行が思うようにいかないのはジェンダー云々ではなくファシリテート能力の問題ではないのか、ということ。

そもそも課題の本質を履き違えてる違和感を持つ。

それもおそらく長年培われてしまった差別的思考によるものだろうと思うと哀れですらあるが。

令和も3年に入ったこの時代、世界的にジェンダー格差をなくそうという動きをしてる2021年に、大々的に取り上げられるニュースもそうだけれど、もっと身近に同じような考えは蔓延って(はびこって)ないだろうか。

お兄ちゃん!大盛りできるよ!

男性と共に何気なく入った定食屋で注文をすると、男性にだけ「大盛り無料だよ!どうする!?」などと声をかけられるシーンはよくある。

それだけならまだしも、「お嬢ちゃんはご飯少なめにしといたよ」とか「サービスのデザートつけとくからね」とか、いらん配慮をされることだってある。

もちろん、お店の人に悪気はなくて、良かれと思ってやっているサービスだ。

過去に女性がご飯を食べきれず廃棄することがあったとか、お店側としてもそれを防ぐための先回りである可能性も高い。

他に「あるある」と言われる光景だと、ビールと甘いカクテルを注文してほぼ必ずと言っていいほどビールを男性側へ置かれてしまうこともあるだろう。

レストランのレディースセットなるメニューや、映画のレディースデーなんて珍しいことでもなんでもない。

(最近は「誰でも少食セット」みたいなジェンダーを感じないメニュー名に変えている店も多くなった印象はあるけれど。)

だからといって、その度に店に対して不快になるとか、そういうことが言いたいわけじゃない。

少なくとも私たちが生まれ育ち、何気ない行為として違和感なく自然とそうしてしまうことこそが、今の日本の怖い部分なのだ。

本当に性差のない状況なんて作れない

何をどう頑張ったって、生物学的に男性と女性の性差は埋められない。

それぞれが違う役割を持って生き、身体的能力は見た目にも明らかに違う。

もちろんその男性、女性、の中でも細かなグラデーションはあれど、機能として備わったものが違う、というのは変えられない事実だ。

だからこそ、統計的に男性のほうが多くご飯を食べられるのかもしれないし、重いものを運ぶ力があるのも男性が圧倒的かもしれない。

本能的に相手の細かな変化に気づくのは女性が多いかもしれないし、身体はどうしても華奢かもしれない。

男性だから、女性だから、という区別そのものが悪いと私は思わない。実際に違うものを一緒と認識させるほうがどこか危うい。

そうではなくて、明らかな悪意や蔑みを伴った発言(「女性は話が長いから困る、やれやれ」だとか「男のくせにネチネチしてんな」とか)が人を不快にさせ、相手の尊厳を削っているのではないだろうか。

原点に立ち返ると、性差そのものではなく、自分という人間がされて嫌なことを相手にしていないか、その一瞬の配慮さえ怠らなければ、もう少し現実もネット社会も、生きやすくなるのかもしれないなぁと、そう思った。

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浪川舞(まいどる)

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合同会社PeerQuestの社長でありエンジニア。noteはエッセイみたいな文章が多め。プロジェクトマネジメントのことはこちらに→ https://dev-pm.io/