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この時代のテキストコミュニケーション

某ウイルスの影響が続く中、働き方がリモートワーク中心になって気が付いたことがいくつかある。

テキスト優位な時代がやってきた。

伝えたいことを文字に起こすことが圧倒的に増えたなと。
今までは対面で、サクッと尋ねられたことが、
一呼吸おいて、要件を文字に起こすという作業が増えた。
人と手軽に会えないということはそういうことなのだなと思う。
これまで、表情や声音など非言語的な部分で伝えられていたことが伝えられない分、言葉を熟考することが増えた。

言葉が足らずとも伝えることができた部分が遮断されてしまっているからこそ、言葉に慎重になる。
自分が伝えたいことがきちんと伝わるだろうかと考える機会が増えた。

この状況下で転職して新しい職場で働くようになったから、
同僚に質問したいことはたくさんある。
これがオフィスで同じ空間で過ごしていたのならば、手軽に尋ねられるけど、
同じ空間で過ごしていないのだから、チャットなどで尋ねることが増える。

何を聞きたいのか、何に困っているのか、
表情では伝えられないから、的確に言葉にする必要がある。
そうやって、わざわざ文字に起こすまどろっこしさ、スピード感がなくなった欠点を感じるのだけど、
要点をまとめて起こされた文字は、思考の整理になるし、記録になるという利点も感じ取られる。

このテキスト優位のコミュニケーションの仕方は
向き不向きあるのだろうなと思う。


スポーティーなコミュニケーション、静的なコミュニケーション

喋りの上手い人は、
場の空気やスピード感に合わせて、反射的に伝えたいものを的確に伝えていく。
喋りの上手い人、対面でのコミュニケーションが上手い人を観察していると、
臨機応変な対応をするさま、状況の急変にも対応できる瞬発力を目の当たりする。
それは、まるでスポーツをしているかのように見える。
攻守の切り替え、スピード感、目まぐるしさ。
対面コミュニケーションが上手い人はなんだかスポーティだ。
動的なイメージ

そんなスポーティな人たちにとって、この状況はまどろっこしいだろう。
テキスト優位のコミュニケーションに不自由さを感じるだろう。

喋りよりも
文章や言葉を紡ぐのが得意な人は
このテキスト優位な時代で生き生きしているように見える。

文章で雄弁な人は
必ずしも、喋りが雄弁だというわけではない。
テキスト上でのイメージと、対面で会ったときのイメージに少なからずギャップを感じるのは、よくある話。

そのギャップを良しとするかは置いといて、
わざわざテキストに起こすというまどろっこしさがあるが故の、深い考察だったり、なかなか明かせない本音みたいなものが綴られているのを見るのが
興味深い。

歌うように伸びやかに、踊るように軽やかに
サラサラと文章を綴る人もいるだろうけど、
あーでもない、こーでもないと書いては消して、書いては消して、少しずつ研磨して、ゆっくりと言いたいことをまとめる人もいるだろう。
そんな風に熟考する様はどこか文化的で静的だ。

テキスト優位な時代だからこそ、
言いたいけれど、言うタイミングを逃した人や、
今更言わなくてもいいかと飲み込んできた人は、
ゆっくり整理して、本人が納得いくように表現できるよう時代が来たなと思う。

これまで自由に感じていたスポーティーコミュニケーションの使い手が不自由さを感じ
これまで歯がゆい思いをしていた文化的で静的なコミュニケーションの使い手が自由に羽を伸ばせるのかもしれないなあ。


とはいえ、テキストで伝えきれないものも大切だと思う。

昔から、時間はかかるけど、文章を書くという作業は好きなほうだ。
それは、自分の頭の中で考えていること、感じた感情を言葉にして残すことで、
内側にある、形ないものが形として現れ、
それをいつでも見直せるのが好きなのだ。

でもそれは、記録や内省するためであって
コミュニケーションの基本は、人と対面してだなと思う。

喋りがうまいわけではないし、むしろ下手くそと言われることが多いものの、
直接人と会って話を聞くことは結構好きだ。
相手の表情や声音など非言語情報から読み取ることで相手がどんな人なのかが見えるからだ。
その非言語情報から信頼関係が築かれることが多いし
だからこそ、対面でのコミュニケーションは大切だと思っている。

雑誌の編集として
人の話を聞くことが増えたからこそ、良い聞き手になりたいなと思う。
どちらかというと
何かを売り込んだりするのではなく、相手の話を引き出すほうがまだ得意かもしれないなと思う。

私の対面コミュニケーション力は
喋りが上手いってわけではなく、
非言語部分で表現していることが多いなと思う。
敵対しないですよー、平等に話聞く人ですよー、攻撃的ではないですよー、知らないことは是非教えてください。
そんな態度で相手の話を聞きたい。

それで少しずつ信頼を積み上げていく過程が好きなのだ。

テキストコミュニケーションは
今まで、うまくアピールできなかった、静的で文化的なコミュニケーション使い手がのびのびできると同時に
非言語部分で成り立っていたコミュニケーションの大切さを身に染みて感じられる
この時代の変化を、良いようにも、悪いようにも捉えるのも自由。

新しい時代がやってきたなあ。

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