見出し画像

表現者が目指す“ホンモノ”の正体-映画『冗談じゃないよ』を見て

2日前、数年ぶりに1人映画館を決めた。
何ならレイトショーは初めてかもしれない。

『冗談じゃないよ』ポスターと映画チケット



見た映画は『冗談じゃないよ』という作品。
主演の海老沢七海さんが企画、日下玉巳さんが監督脚本。2人がタッグを組み、クラウドファンディングで制作された自主制作映画だ。
まだ直接会ったことはないけれど、尊敬している同世代の写真作家の友人が見に行っていることを知り、さらには関西で1週間限定で公開するというのだから、これはもう、行くしかなかった。

来場特典のポストカード

すごくすごく平たくあらすじを述べると、30歳目前の売れない役者が、理想と現実の狭間で葛藤しながら奮起する作品。(と言いつつこのあとガッツリ書く。ネタバレ注意です)

__________

映画の冒頭は穏やかに進む。荷下ろしのバイトを頑張りながらオーディション会場へ向かうのは主人公の江田丈。オーディションを終え家に帰ると大好きな彼女・このみがいる。

ある日、同棲していたこのみと食卓を囲みながら、人生でやりたいことを言い合う「やりたいこと選手権」を開催した。
すると“大きい犬を飼いたいね”“その次は結婚だね”というワードが、丈の口から自然に出る。このみが「来年かなあ?いつになったら?」と尋ねると丈は「主演映画が決まったら」と返した。

ほどなくしてこのみの妊娠が発覚する。「めでたいことじゃんか!俺、頑張る。これからは、ちゃんとするから」と明るく伝えるも、戸惑いの表情を隠すことができない。「ちゃんとするって何を?」とこのみに詰められ「荷下ろしのバイトも、俳優も頑張る」と何度も呟く。その言葉を聞いたこのみは泣くことしか出来ない。「このまま死にたいと思いながら生きていくのかな」と本音を漏らす。
翌日、丈がバイトから帰ると彼女の荷物の一切がなくなり、「ごめんね、ありがとう」という書き置きだけが残っていた。



相変わらず、役を掴み取るためにオーディションに参加する丈。
せっかく審査員が丈の演技に好印象を示しても、その直後に突飛な行動をしてチャンスをふいにしてしまう。ツテでせっかくもらった役でも、求められたことをそつなくこなせず、「自分の中の正解の演技」ばかりしてしまう。数テイクしても改善することができず、ついには役から外されてしまう。

丈はいつも、「ホンモノ」を求めていた。

オーディションの審査中、セリフのカンペをちらりと確認する相手役に向かって「本気で役取りにきてんだろ?!それなら本気で来いよ!本気で来れない人とは演技できない」と突っかかってしまう。
自分の中の「ホンモノ」を愚直に追いかけているから、居酒屋で居合わせたサラリーマンが「ニセモノ」に見えてしょうがなくて、言い合いになってしまう。


周りから見たら俳優志望だけど、自身は俳優だと信じて疑わない若さや自信が痛々しく映る。
俺たちは「ホンモノ」だから大丈夫。「ホンモノ」の演技がしたい、「ホンモノ」の人間になりたい…とあがく日々が続いた。

でも演技の現場では「そんなのは求めてない、求められてからやれ」と言われて、荒んでゆく心。
オーディションでは「ホンモノ」を見定める審査員の目に射抜かれる。自分も強い眼差しで見つめ返す。自分の信じていたものをやる。いつか「ホンモノ」の目に留まる日を夢見て。

なのにいつも、自分は選ばれない。
自分だけが選ばれないような気さえしてくる。

「ホンモノってなんだ?」「ホンモノって必要なのか…?」
信じていたものを追いかけても、愛する人は離れ、結果を出すこともできない。
じわじわと押し寄せる現実と不安が、丈の心を支配していった。



実は映画の冒頭、オーディション会場で丈は塩谷進という男と出会っていた。
進は丈より後に俳優を目指し始めたようで、そんな進を丈は後輩(俳優)と表した。“実は会社から内定をもらっているから、今日のオーディションがダメならもう俳優目指すの辞めようと思っているんです”と進は打ち明けた。

「お前はホンモノの目をしてる。ホンモノなんだから辞めるなよ」と鼓舞し、進に俳優として生きてゆく道を決断させた丈。2人は何かと一緒にいるようになっていった。
しかしいつの間にか追い抜かれ、頭角を現し始めた進と丈の実力は離れてゆくばかり。

以前別のオーディション会場で出会ったスタッフさんに声をかけられた!と喜ぶのも束の間、話題は隣にいる注目俳優・進の話に移り変わったり。丈と進2人ペアで受けたオーディションでは進だけ引き抜かれ、監督に「君、主役の新垣くん(後述)とやってみなさい」と言われているのを目の当たりにしたり。
そのことも、丈の自尊心を傷つけた。



ある日、丈が尊敬している先輩俳優・新垣に呼び出され、飲みの席に顔を出すと進もいた。直近進に誘われたサシ飲みを断っていたので、何だか気まずい丈。
「あの監督も、あの人も、お前のこと心配してるぞ。お前、最近どうしちゃったんだよ?」と新垣が声をかける。周りの優しさや心配を素直に聞き入れることができず、苛立ちや憤りを抑えることができない。
しまいには慕ってくれていた進を突き飛ばしてしまう。


どうしようもなくなって自転車を一心不乱に漕ぎ、数年ぶりの実家に駆け込む。
久しぶりに母と言葉を交わすも、随分前に出演した作品の録画を見た話や、数年前オーディション会場で知り合った俳優が朝の番組で特集されていた話を聞かされる。

あの頃から何ひとつ変わってない事実を突きつけられ、情けない自分。
「何で突然実家に帰ってきたの?」と聞かれても「近くで撮影があって、」と嘘をつくしかない自分。
「お金が足りないの?(だから帰ってきたの?)」と聞かれるほどに社会人として頼りない自分。
やるせなくて悔しくて、実家も飛び出してしまう。

その後、丈は自分の目指していた理想や「ホンモノ」であることを、次第に手放していくようになる。
オーディションに行き始めて8年も経つから、審査員の監督も顔馴染みが増える。
自分の中のホンモノを守ろうとして、否定されて、手放して。分からないなりに周りに望まれること・それとなくまとまっているような演技をするも、審査員からは「お前、昔はもっとのびのびとやってた印象だったけどな」と言われてしまう始末。何を信じたらいいのか、もう分からなくなってしまった。



映画の終盤、丈は演技ワークショップでペアになった詩乃と帰り道を共にすることになった。詩乃に「丈さん、どれくらい演技をしてるんですか?」と聞かれ、「8年です。けど責任なく続けているだけで、自分なんて…」と弱音が漏れる。

詩乃は「長く続けるってすごいです。私は主婦をしてるんですけど、昔の夢を諦めきれなくて。今になってワークショップに通おうって思ったんです。だから、続けている丈さんはすごい」と返す。

しばらく歩いていると、高円寺のシャッターの前で1人ポツンとギターの弾き語りをしている長髪の男性が目に留まった。グッナイ小形、というらしい。何となく引き寄せられ、近くまで行って詩乃としゃがむ。
するとグッナイ小形は2人に、お茶割りの缶を渡す。3人で乾杯し、丈は詩乃と2人でグッナイ小形の路上ライブを聞くことになる。

曲間、グッナイ小形は呟く。
「ここでギターを弾き始めて6年になるんです。近々、子供が生まれることになって。こんなこと、ずっと続けてられないなって思うんです。けど、やっぱりやりたいなって。売れなきゃって思うんです」と。
程なくして次の曲を弾き語り始めた。




真っ直ぐすぎるが故に、突っかかることが多かった4年前(25歳)とは打って変わり、29歳の丈は、周りとも何となく上手くやれるようになっていた。突き飛ばしてしまった進の家にも行って、あの日のことを謝れた。丈の中で少しずつ、何かが変わっていた。

ふと、荷下ろしバイトに入ってきた後輩らしき子が、バイト中にセリフの練習をしているのを見かける。別の先輩に相手役をやらせるも、適当にあしらわれた後輩。
後輩は腹を立たせながら「でも俺、こっち(俳優)が本業なんで!」と吐き捨てる。

その光景をぼんやりと眺める丈。ホンモノになりたい…後輩のようなメラメラした気持ちは、自分も確かに持ち合わせていたものだった。けれど時を経て、随分薄れてしまっていた。
荷下ろしのバイトにほとんど休みなく出ていることを口に出した時、丈は人生の折り合いをつけ始めたことに、ぼんやりと気づく。




荷下ろしの現場で一服していると、4年前同棲し、将来を誓い、丈なりにめいっぱい愛していたこのみとの衝撃的な再会を果たし、映画はラストに向かう。

このみが家を飛び出した4年前。きっとあの頃から、ボタンを掛け違えたような日々が始まった。そんな気がした。
こんなはずじゃなかった、俺の人生の主人公は俺なんだ、冗談じゃない、冗談じゃないよ…!と自転車でがむしゃらに走り出す。

忘れていた必死さを思い出した瞬間。折り合いをつけようとしていた自分にとって、それが正しいのかどうかは分からないけれど、走らずにはいられない。戻りたいと思わずにはいられない。このラストには胸が苦しくなった。


書き逃しているシーンがいくつかあるのだが、うまくまとまりそうにないので、この辺りで作品の話は終えようと思う(とはいいつつ、端折るにはしょれなくて、随分長く書いてしまった)。

__________




とにかく、終始胸がギュッとなる作品だった。

夢を追いかけたい気持ち。
自分の中のホンモノを追い求めたい気持ち。
心から思うことを表したい気持ち。
誰かに見つかりたい気持ち。
相手の要望に応えるのが「仕事」とは分かっていても、自分を曲げてまでやりたくない気持ち。

年齢や葛藤も近しいものがあって、主人公の丈と自分を重ねずにはいられなかった。

見ている最中や見終わった直後は主役の丈の「冗談じゃないよ!」(冗談にもそんなことを言ったりしたりするなよ!くそっ!)という怒りや悔しさを共有していた。
けれど、1日経つと「冗談じゃないんだよ」(本当なんだよ、切実なんだよ)という気持ちが湧いてきた。

理想を追い求めることと同じくらい、現実と向き合うことはしんどい。
それでもやっぱりやりたくて、夢をホンモノにしたくて、私たちはもがく。
ホンモノを追い求めすぎて、自分が何なのか分からなくなる。手放した方が楽にも思える。

けれど続けることと同じくらい、辞めることを決断するのは難しい。
そして辞めることと同じくらい、続けることも難しいのだ。



“頑固者だから”続いてるのかもしれない。納得できない方向に舵を切れるほど、大人になりきれてないのかもしれない。
自分に対して極端に負けず嫌いなのかもしれない。

自分になることを諦めたくない。ホンモノに触れたい。目指している私に、会いたい。会える自分になりたい。
そんな気持ちが、やっぱり忘れられないのだ。

「なるべく早く生計立てられるようにならなきゃ」とか「ずっと続けられるかな」とか「親を安心させてあげなきゃ」とか。全くよぎらないと言ったら嘘になる。
人生の指針を年単位で立てる必要性も、表現には戦略が必要なことも(今更ながら)分かってきた。

時間が有限であることを分かりながら、大人になることにがんじがらめにならないように。焦ってとりあえずの最短ルートを取らないように。人生の手綱は自分で制御していかなくちゃならない。

続ける胆力も、辞める決断も、新たなる道も等しく尊いことを忘れないようにしながら。

驚くべきことに、終演後、日下玉巳監督と主演の海老沢七海さんとお会いして、直接感想を伝えることができた。


(左から)主演の海老沢七海さん、わたし、日下玉巳監督


映画を0から作られた方・さっきまでスクリーンの中で動いていたお2人を目にした時、あまりにも胸がぎゅっとなって、言葉より先に涙が出た。

私の拙い言葉を一生懸命拾ってくださって「伝わってますよ」とじっくり耳を傾けてくださって本当に嬉しかったです。ありがとうございました。

自分の中のホンモノを、向かいたい場所をホンモノにするために走り続けた2人がとても眩しかった。
やっぱり、叶えるにはやるしかないんだって、泥臭く手を動かすしかないんだって、2人の姿が物語っていた。

私も、信じることをコツコツやり続けるしかない。
小っ恥ずかしくても、手放せないなら、手放せないうちは、ホンモノを追い続けるしかない。
自分と周りを、大きく巻き込みながら。

大きな渦から、ホンモノのひと雫が見つかると信じて。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?