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「本業に支障をきたさないこと」は副業制限の理由として不適

1.はじめに

2021年7月、北海道十勝地方で、消防士が許可なく農作業アルバイトの副業をしたとして懲戒処分を受けたという事案が発生したらしい。
最初私はヤフーで見たのだが、ヤフーでは掲載が終わってしまったようなので別サイトを参照させていただく(前文を見るには会員登録が必要)。
https://agribiz-hokkaido.jp/tp_detail.php?id=8838

規則は規則なので処分は仕方ないと思うが、この組織における副業の取り扱い実態がどのようであったかは興味がわいた。

特にそれを詳しく調べた情報は見当たらなかったので、ここからは一般論として検討することになるが、近年の働き方改革により、場合によって副業を可能にする就業規則を設けている組織が増えていると思う。近年の厚生労働省のモデル就業規則の改定でも話題になっていた。
ただ、その運用実態はお寒いというか、基本的に副業が認められない運用になっている場合が多いのではないかと思う。

2.副業の考え方

副業はなぜ禁止されるのだろうか?

労働時間以外の時間は労働者のものであるから、何をしようと基本的には自由のはずで、そこを拘束しようという試みは相当程度抑制的に行われなければならないと思う。奴隷的契約を防ぐ観点でもあるし、個人の尊厳を守るためでもある。憲法で保障されている職業選択の自由と言ってもよいか。

他方で、副業を禁止しない場合であっても、届出制ないし許可制にしているケースは非常に多い、ほとんどすべてではないかと思う。前述の厚労省モデル就業規則でもそうなっている。
https://www.mhlw.go.jp/content/000496428.pdf
この令和3年版だと68条。

許可条件(モデル就業規則では許可しない条件)のひとつに、労務提供上の支障がある場合、というものが挙げられている。実際、冒頭のニュースがYahooに掲載されていた時のヤフコメでも、「本業に支障をきたさなければいいのでは」と本人を擁護するコメントが多くみられた。

この「本業に支障をきたす」という条件は問題である、ということをここからは述べていきたい。

3.「本業に支障をきたす」の意味

端的に言うと、よくある「本業に支障をきたさないこと」の内容はもっと狭く解釈されるべきであるし、こんな規定はそもそもない方が良い、と考える。

ヤフコメの反応は即レスで素朴に思ったことを書いたのだろうからあまり突っ込むのも無粋と思うが、後述するように、この言い方は逆に副業を抑制的にしてしまうおそれがあるのでこういう言い方はしない方がいいと思う。
一方、モデル就業規則のほうは事実上の規範になっているので見過ごせない。内容があいまいで恣意的な運用を許しやすくなっているように見える。専門家が作ったであろう文書でこれはどうかと思う。
契約当事者間に力の差がある雇用契約ではこのようなあいまいな文言は可能な限り排除すべきだろう。法務部1年生のリーガルチェックでもこれくらいは指摘しなければならないと思う。

あいまいさも排除すべきだが、そもそも許可条件として合理的な内容なのかどうか、実務上ワークする内容なのかも検証されるべきと考える。
それなしには、この不適当な規範が世の中のスタンダードになってしまうことにより、不合理な理由、経営者の恣意的な運用により副業が抑制され、労働の奴隷化、個人の尊厳の毀損がはびこることになると思う(ていうか、元々は副業は原則禁止されていたわけで、日本の労働シーンはもとからそういう抑圧された状況にあったともいえるだろうか)。

以上前提を踏まえて、「本業に支障をきたす」というのが具体的にはどういうことなのか、どういうケースを想定しているのかを分解して考えていきたい。

ちなみに、「本業に支障をきたす」の挙証責任は会社側にある、としなければならない。
「きたさない」の証明は悪魔の証明であることもさることながら、「こういう理由で支障をきたさないと思う」という労働者の説明を必須にしてしまうと、「説明に納得できないから保留」などといった会社の対応を許すことになる。これだと会社が副業許可を引き延ばすことができてしまい、事実上副業を抑制することができてしまうので規範としては問題。
この点は厚労省のモデル就業規則も「原則OK」「届出は必要(許可は不要)」「届出内容次第では(事後的に)禁止することがある」という構成になっており、この構成は適切だと思う。

ではいよいよ中身に入りたい。
「本業に支障をきたす」ケースをいくつか考えてみる。

(1) 競合会社に就職することで、ノウハウや能力が競合会社で使われ、競合会社が有利になってしまい、本業会社の業績が落ちる

これはわからなくもない、利益相反はどこかで線を引かなくてはならないから、その一つとして本人が雇用されること、という条件にするというのはまあ合理的(でもどんな副業先でも一切禁止というのは無理筋だと思う、後述)。この根拠のみを持って「本業に支障をきたさない」をいうのであればまあ仕方ないと思う。
しかし、実務上は不都合が大きいのでこの理由も抑制的に使われるべきだと思う。

まず、「競合会社」の定義があいまいである。現代では商品やサービスは非常に多様化しているし、企業やグループ単位の多業種化もよく見られる。コラボレーションも広く行われているので、一部重なっているようなパターンは相当に多いと思われる。従い、業務範囲が一部かぶっている、関連しているといった程度で「競合会社」と認定してしまうことは副業選択の範囲をかなり不当に制限しかねない。

次に、ノウハウや能力を競合他社で使われる、という点についても、特に能力は個人に属するものであるから、これを使わせまいとすることは不当性が高まる。「原則として副業は自由」という原則が必要以上に制限されてしまう可能性が高いと思われる。

このあたり、副業についての法的判断はざっと探してもあまり見つけられなかったが、退職時の競業避止義務については判例がある程度見つけられた。
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference5.pdf

概略、職業選択の自由という原則があることから、競業避止義務は抑制的にしか有効と認めないような判例実務になっているようである。制限の内容や範囲が合理的でなければ制限を認めない、ということのようだ。
基本的には副業も同じ考え方で解釈されるべきと思う。すなわち、競合他社に副業として雇用されることを制限する場合でも、競合他社とは何か、制限される具体的な職種や業務内容がどうか、それは合理的に必要な範囲なのか、といった事情を個別具体的に検討し、制限することに合理性があると判断されるような場合に限り制限がなされる運用とすべきだろう。
そうでなくても、競業避止義務規定があるというだけで普通は競合他社での副業は回避されると思われるので(雇われてから本業会社で事後的にダメと言われるほうが労働者にはリスクが高いはず)。

なお、退職時の競業避止義務については、ある程度期間を限定することが職業選択の自由との兼ね合いで合理的とされる一つの要素になっているようである。これを逆に類推すると、在職中はより企業利益保護の必要性は高いと考えられるので、退職時の競業避止義務よりは副業時の制限を厳しめに設定することに合理性はあると思われる。
が、それであっても、原則として副業を自由とするという趣旨からすれば、個々の事情を検討しない画一的な制限は行われるべきでないというのは変わらないだろう。
(一応、ここの議論は、副業先で秘密保持義務に違反するような行為を行う場合には当然この限りではないように思われる。秘密保持義務違反は副業であるか否かにかかわらず問題行為)

ということで、競業避止義務の観点からの副業制限は、抑制的にすべきとは言えるものの認められるべき制限ではあるといえると思う。よって、この趣旨で「本業に支障をきたさない」と言うのであれば承服せざるを得ない。
それでも、おそらく就業規則の方に競業避止義務が別で書いてあるはずなので、それだけで十分であり、わざわざ副業を実施する際の手続で加重する必要はないように思う。

しかしながら、ヤフコメとかいろいろ見ていると、この競合会社利益の意味だけで「本業に支障をきたさない」を使ってはいないと思われるケースが多く見られる。
これらについて反論を試みたい。

(2) 副業で疲れると本業で集中できないからだめ

これはよく言われるように思うが、よく考えると意味不明。じゃあ二日酔いしたら懲戒か?夜更かししたら減棒か?
職務専念義務はある程度は必要だろうが、始業時にマックスコンディションじゃない事情は副業だけじゃない。副業についてだけこの理由をつけて制限することに合理性は認められないと考える。

(3) 応集義務があるからだめ/残業を自由に命じられないからだめ

これは一見もっともだが、副業といっても時間的にずっと拘束されて動けない仕事ばかりじゃないはずなので、一律禁止する根拠にはなり得ない。事務仕事とか創作仕事とかなら中断も可能だから、応集があれば副業を中断して行けばいいだろうし。
安全配慮義務があるから副業を行う社員に対し、副業先がどういう業務を行うかをある程度聞くことはやむを得ないと思うが、そこで(明確な根拠なく)副業先が忙しそうだから禁止、といった態度を会社が取ることは、自由な副業に対する不当な制限になりうると思われる。
実際に、副業側を優先して本業での仕事ができない、どうしても必要な残業ができない、といったような事情が発生してから、本人との協議なり注意なりを検討すればよいだろう。
(もっとも、副業をやめさせようとして、副業実施者や実施検討者だけを狙い撃ちして残業させるような仕事の振り方はパワハラの典型例であり、許されない)

ほかにも思いついたらいつか追記したい。

とかく誤解されやすいので、副業推進派も「本業に支障が出なければ良い」という言い方をするべきでない。利益相反がなければ良い、とだけすべきだろう。
もっとも、利益相反の禁止=競業避止義務というのはほかに雇用される場合以外にも想定される。だからだろうか?就業規則にも(副業をそもそも禁じている会社の就業規則でも)規定されているのが一般的と思う。であれば、副業の時だけ殊更これを言う必要もあまりないように思う。

なので、副業を推進する観点からは、副業にフォーカスした「本業に支障をきたさない」的な抑制規定自体が不要と考える次第。

ちなみに、モデル就業規則にはほかに「企業秘密漏洩」や「信用棄損行為」も副業禁止自由に挙げているが、これらも副業に限って問題になる話ではないだろうから、同様に不要と考える。確認的に書いているだけかもしれないが、契約条項としての就業規則には不要ではないだろうか。

4.補足:公務員の場合

公務員の場合について、特定企業との癒着を防止する観点で全面禁止、というケースも見られるが、これも不思議な話。

そもそも管理職であればともかく、下っ端なら行使する権限がないわけで、癒着しても便宜の図りようがない(何か偏った業務遂行をしているようであればそれは上司の管理責任)。

また人間である以上、家族や親族がいればその繋がりで何らかの企業等に関係があるし、地域に住んでいれば地域と関係があるし、友人やプライベートでの付き合いがあればその先に関係がある。
思想信条は縛れないのでシンパシーを感じる相手は存在する。何にどれだけエンゲージメントを感じるかは人それぞれなので、副業を禁止すれば一切の癒着が防げる、というのが幻想に過ぎないことは自明に思う。
とすれば、副業一切禁止による利益相反の回避は、相当の権限者でもなければ合理的根拠はないはず。

こういうのは、民間企業と同様に、届出は義務にするとしておいて(だから冒頭のケースは違反のままだが)、副業は原則許可する。許可しない場合には、利益相反であることを組織側が立証しなくてはならない。根拠を示さず許可しないことは自由権侵害で違法、といったルールが妥当と思う。上級管理職などは条件を加重してもよいかもしれない。

もちろん公務員という身分はそれだけの社会的責任がある、という方針もあるのかもしれないが、人手不足のこのご時世、公務員にたいしてだってそこまでの給料を保証しているわけでもないのだから、それなりの自由は認めたほうが全体最適ではなかろうか。

そして、公務なり事業の中立性や公正性といったところは、副業してるかどうかみたいな個人の属性で見るのでなく、業務プロセスとモニタリングで統制することが本道だろう。
調達部門が牽制として入る、調達プロセスの記録を残す、モニタリングの仕組みを作る。こういったことはまともな企業であれば当然やっていることであり、公的組織でできないわけではないと思う。そういうある意味当たり前のことがきっちりできるようになっていけば、行政組織全体のレベルアップにもなるのではないだろうか。