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一日一書評#44「すべて真夜中の恋人たち/川上未映子著」(2014)

これは恋愛小説なのだろうか。描いているのは間違いなく男女の恋愛感情だが、私が今までに触れてきた恋愛の物語とは、大きく異なることが多すぎる。

川上未映子さんは、2008年に「乳と卵」で芥川賞を受賞。「すべて真夜中の恋人たち」は、2011年に発表された長編小説である。

入江冬子は、出版社で校閲の仕事をしていた。人と関わることが苦手な冬子は、いつしか職場での居場所を無くしていた。その後、元々冬子の出版社で働いていて、現在は編集プロダクションを経営している恭子に頼まれ、新たに校閲のアルバイトを始める。恭子の紹介で出会った石川聖の勧めで、冬子は34歳の時にフリーランスとなる。

ある日冬子は、思い切って足を運んだカルチャーセンターで、三束(みつつか)という50代半ばくらいの男性に出会う。二人はある事をきっかけに連絡先を交換し、喫茶店で会う約束をする。その後二人は何度も会い、とりとめのない会話を行い、お互いのことを知っていく。

本作は、冬子が三束と出会う前と後で、雰囲気が違って見える。それはまるで別の小説かと思うほど異なる。三束と出会ってこんな会話をした、三束のこんな一面を知ったと反芻する場面からは、描かれていない冬子の喜びが伝わってくる。それは間違いなく恋愛感情なのだが、なぜかこちらが「恋愛」という言葉を使ってくくることを躊躇してしまう。事実、「好き」や「愛してる」といったストレートな表現は、ほとんど出てこない。

長編小説である本作だが、無駄な場面は無く、途中でダレることなく読み進めることが出来る。大きな事件のようなものはほぼ起きないので、登場人物たちの会話や感情の起伏を、ゆったりとした空気感で楽しむことが出来る。

何気ない会話の連続で距離を詰めていった冬子と三束だが、その最後はあまりに切なく、あっけない。それでも、読み手に救いの手を差し伸べ、前を向かせる、そんなラストシーンは必読だ。


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