一日一書評#7「紙の月/角田光代著」(2014)
日常が静かに崩れていく。それは気付く頃には誰にも止められない。ほんの些細な出来心によって入ったヒビは、もう修復不可能だった。
角田光代の「紙の月」は、長編サスペンス小説だ。銀行員の梅澤梨花が、一億円を着服したという事件から物語は始まる。本編では、一億円を着服するまでの経緯が、複雑な人間模様を交えて描かれている。
ある日梨花は、顧客である平林孝三の孫の光太と出会う。大学生だった光太に誘われ、楽しい時間を過ごした。光太に惹かれた梨花は、ある日の営業終わりに、百貨店で高額な化粧品を購入する。顧客から預かったお金で。その時はすぐに口座から金を引き出し、元に戻したのだが、それをきっかけに徐々に大金を遣うことに躊躇が無くなっていくのであった。
物語後半で見られるのは、書類を偽造し、顧客から金を次々騙し取る梨花の姿だ。そこに罪悪感や抵抗はない。自らの欲望のために、ただひたすら突き進んでいく。性格が豹変するような描写は無かったが、それが逆に恐ろしかった。
本作では、梨花と関わりのあった人物が登場し、彼女らの目線で梨花や梨花の起こした事件について語るパートがある。彼女らはいずれ梨花と何かをきっかけに出会い、交わることになるだろうと最初は思っていた。しかし、一切梨花と関わることなく物語は終わった。これにはさすがに驚いた。ただ、彼女らのパートは決しておまけのような存在ではない。彼女らもお金にまつわるそれぞれの事情を抱えている。それはありふれた悩みかもしれないが、そんな彼女らが梨花の立場になった時、絶対に不正を働かないとは誰が言い切れるだろうか。壊れていく梨花の日常と、あくまで平穏な彼女らの日常の対比が、物語を一層深いものにしている。
梅澤梨花は、元々はどこにでもいるような主婦だった。そんな人物が金のために変わっていく姿は、見ていてつらいものがあった。読み終えた後の余韻が凄まじかったことをはっきりと覚えている。