序 4. 宮沢賢治『農民芸術概論綱要』
このような表現/表現者[12]の特徴をもう少し挙げてみよう。美術的な文脈や評価を頼らず、土地に根付いた伝承・神話・伝統といった民俗学・文化人類学的な興味を持っている。自然や先人に対する畏怖の精神がある。人間の進歩史観に疑問があり、西洋近代/都市文明や資本主義経済への批判的な考えを持っている。物質ではなく精神的な持続可能性を追求し、自分という存在や人間の理性を越えたものに作品を託すことで、それを実現しようとしている。作品が、知的側面より感情・情緒的側面が強い。自分の人生だけでなく、遠い祖先や子孫を含めた時間的なスケール感を持っている。作品や制作姿勢が、他者に対抗・対決させるものではなく、他者に対して調和的態度を持っている。
このように記述すると、岡本太郎を思い浮かべるかもしれない。確かに岡本太郎は縄文土器や、東北や沖縄を中心とした土俗的文化、洋の東西の古代遺跡、そして石、火、闇といった自然のエレメントに決して畏怖を隠さない作家だった[13]。しかし岡本太郎は、パリ留学中に交流を持ったバタイユが「少なくとも不可能性についての意識こそが、意識にとって映し出すことが可能である全てのものへと意識を向けるのである[14]」と述べるに留まっているのに対して、そうした自然や遺物の存在の圧倒さ=不可能さに闘争して立ち向かうことが美術であると訴えている。彼は言う。「圧倒してくる神聖、この無言の問いにこそ挑むのが情熱であり、挑まずにはいられないのである[15]」。つまり彼は、人間と人間の営みである文明は自然の神聖に対抗できると信じたし、その戦いが過酷であればあるほど人間の生命が燃え上がる=人間がもっとも美しく輝くのだと信じたのだ。そのような高みにまで人間性を置く限りにおいて、岡本太郎は近代的自我を徹底的に追求したモダニストの系譜に連なると言える。
しかしここで論じるべき新しい表現は、近代も、近代の延長である現代も、すでに速やかに脱しているのだ。彼らはエゴイスティックな欲望を手放し、自我という小さな檻から解き放たれ、物質性も資本主義経済的価値観も飛躍して、個々の存在だけでなく、時間や空間を大きく包括したあり方に作品を預けてしまうのだ。つまり、ここで想起すべきは、宮沢賢治の『農民芸術概論綱要』である。1926年、社会主義思想やユートピア思想が興るなか、農を営む日々の生活が、詩と物語と神話に交わる彼方に、宮沢賢治は彼の芸術の姿を見た。引用しよう[16]。
この芸術とは、苦役から解放された悦びとしての労働の延長にあり、宗教と科学に独占された真善美を奪還するものである。「風とゆきしし 雲からエネルギーをとれ」と綴る賢治の筆は、力強く、しかし軽やかで清々しい。閉塞した都市という構造を脱し、豊かで峻厳な自然に包まれ、見聞き感じるすべてを芸術ととらえ、かつ、そうした環境にある自分たちこそ真の芸術家であらんとする[17]。そして賢治は、すでに序文において、このような思いに到達している。
世界がひとつの意識であり、ひとつの生物である。ここには自我に囚われた近代人の姿はない。エゴは手放された。私はあなたであり、あなたは私である――まさに賢治が依拠した仏教の境地が現れている。そこでは労働とは、創作とは、そして芸術とは、自己という概念を越えた“一なるもの”に順じ、奉仕している。個々人が強く生きることを目指しながら、作品から作者のクレジットが抜け落ちていく。確かにそれは、私が成したものだが、成されたそれはすでに、私のものではない。では誰のものか。もう一度言おう。全体性である。“一なるもの”である。宮沢賢治には銀河系すら見えている。逆に言えば創作とは、それぞれが“一なるもの”を意識するための糸口でしかない。
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