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放課後まほらbo第十話【夏のすべらないエエ話】「学びをつなぐ」バトンリレー

【第十話<夏のすべらないエエ話>】
■「その子」に合った対応が信頼を生む
■見立てと協働へのプロセス
■放課後のプロフェッショナルとは
コロナ禍で過ごす異例の夏休みは、子どもや、そこに関わる大人にとっても初めてのことばかりです。そんな中で、さっそく聞こえてきた「エエ話」が、放課後の指導者に求められる要件について考える機会になると思い「特別編」としてみなさんと共有します。


■「その子」に合った対応が信頼を生む
「お願いしてもいいですか?」模造紙と手作り実験器具を抱えた先生が放課後スタッフの部屋に来て、「校庭で出来る太陽熱でゆで卵を作る実験なのですが、Sさんにさっき朝礼台を使って説明をしておきました」と弾むような笑顔で事情の説明をはじめます。自由研究と言ってもほとんどの子どもは提出すること。放っておくとSさんは自由研究に取り組めないだろうと思っていること。そして少しでも夏休みの時間をつかってSさんに自信をつけて欲しいと願っていること。先生は、それらを、夏休みを共に過ごす放課後スタッフに引継ぎたいと思いやって来たとのことでした。「先生、この時期、朝礼台は午後から日陰になりますよ。滑り台の周辺ならずっと陽が当たっていますけど…」と、放課後の校庭の状況を熱中症対策で熟知している指導員は伝え、観察を比較し記録できるようにしてはどうかとか、Sさんに伝える自由研究の方法を先生と一緒に考え相談しています。学校の先生と放課後の指導員がこのような対話が出来るようになったのには、実は理由があります。
コロナ禍での休校期間中も、どうしても家庭で過ごすことが困難な児童に対して放課後児童クラブは稼働していました。しかし、そこでは学習指導は行わないという方針が出されていました。3月のコロナ対応で慌ただしい中、その指導員は、2年生の課題として出されたSさんの音読を聞いてショックを受けたというのです。なぜかというと、日常の生活や遊んでいる時の会話には問題がないのに、ひら仮名の読みがたどたどしかったからです。私はこの相談を受けて、いわゆる書字障害の可能性もありますが、これまで出会った何人かの子どもたちと取り組んだ、いくつかの指導の工夫をすすめました。その指導員は「学習指導はしない」というルールだと他の指導員から指摘されるかもしれないと危惧していましたが、2年生の春休みにしかもコロナ禍の状況で、Sさんにいま必要な事は何かを考えて動くことが大事ではないかと少し強めに話したのを覚えています。その後スタッフで話し合い、休校から春休みに突入した長い時間をつかって、「読み」と「計算」をSさんの理解状況を確認し、ドリルが苦手だというSさんに合った方法の工夫を重ねながら取り組んでいたのです。Sさんと指導員チームの間の信頼感はそんなところから生まれます.

■見立てと協働へのプロセス
 緊急事態宣言が解除され分散登校から徐々に学校も日常を取り戻す中で、学校での教科学習も始まりました。ある日、掛け算の単元テストがありました。3年生になったSさんは、小学生になって初めて「70点」をとりました。それを放課後に持って帰り指導員に見せ「みんなと同じくらいだった」と、ホントに嬉しそうに涙ぐみながら教えてくれたそうです。指導員が喜んだのは言うまでもありません。夏休みの直前には、割り算のテストがありました。それも皆と同じくらい出来て「75点」だったそうです。先生は、放課後指導員がこの間、絶え間なく行なった工夫や努力を知っています。それは何度も相談をし、学校の取り組みと歩調を合わせ、Sさんへの指導を工夫していたからです。そんな指導員のSさんへの真摯な態度が、先生の夏休みの自由研究への心遣いへとつながっているのだと思います。
 Sさんは、小学校入学したころに父親を亡くしています。放課後でも突然大声で泣き出したり、友だちとトラブルを起こしたり、と情緒が不安定で難しい対応が続きました。母親も生活を支えるために働かなければならず、子どもに関わる時間をとる余裕がない状況が続いています。2年生で学習に課題があるという兆候はあったようで、学校に残され放課後に来る時間が遅れることがしばしばでした。担任の先生は熱心に指導しようとされていましたが、クラスに多くの課題を抱える中でSさんへの個別指導にも限界があったのだと思われます。その熱心な若手の先生は、学年が変わる時に退職されたそうです。主に窓口をされる副校長先生は、放課後児童クラブと学校の協働に消極的な考えをもっておられます。
 学校という組織は人の集まりですから、常に有機的に変化します。それぞれの課題と向き合いながら協働を通して影響し合い、全体としてより良い変化をしていかなければなりません。先日お話をうかがった学校経営の研究がご専門の小松郁夫先生は、組織とはそういうもので、だからこそ「経営」が大切なのだといわれていました。この6カ月の取り組みが、まさに協働のプロセスなのだと思います。Sさんの課題を具体的に捉えて、それに対し具体的な対処を検討し、協働で実践する。見立てから協働へのプロセスが重要になる事例です。

幸福は伝染


■放課後のプロフェッショナルとは
 放課後の指導員としての要件については、色々なところで研究されています。必要な資質、能力についても明確になってくると思いますが、このケースからプロフェッショナルとは何かを考えるとやはり「子どもの力になれる人」ということではないでしょうか。いろんな生活場面で多様な課題を乗り越えながら成長していく子どもに対して、そこに関わる指導員は伴走できなくてはなりません。スキルでいえばコーチングが出来ることは重要でしょう。しかしもっと大切なことは子どもを思い遣る「心」があることです。大人の視点や周囲の目から「困った子」と見える子どもに対して、それは実は「困っている子」かもしれないと、自らの視点をかえることが出来ることから始まります。
 Sさんは、いまでも感情の起伏が大きく友だちとのトラブルは日常的にあります。しかし担任の先生は、Sさんのことを考え夏休みの自由研究を工夫し、放課後指導員は先生と相談しながら夏休み中の生活を組み立てようとしています。そしてついに母親が、「この夏休み毎日、家でも音読を聴くようにするので、よろしくお願いします」と、先日、お願いに来られたそうです。子どもにとって「良い」ことは、「良い」ことを行う大人と出会いながら伝播し連鎖していく。コネチカット州でかつて行われた5万人規模の追跡調査では、「幸福」は伝染するという興味深いデータが紹介されています(NHK白熱教室「幸福学」幸せの処方箋第4回2014年放送)。Sさんには、これからも乗り越えなければならない波が幾度も訪れるでしょうが、このような「良い」ことを望む大人と出会い成長していくことを信じて願いたいと思います。それこそ、私たち大人の責任だと考えるからです。
では。
 
(みやけ もとゆき/もっちゃん)