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唇に革命を

普段からあまり、口紅というものをつけない。
食事をしたらすぐに落ちてしまうし、落ちた後の顔とのギャップが恥ずかしい。塗りなおすために化粧直しに立つ時間があるのなら、その分、相手と話をしていたい。ずぼらな私は「それなら、最初から何もつけなければ、ギャップも生まれずに良いのではないか」と思ってしまう。

……というのと、なぜかまったく似合わないから。

子供の頃は、母がファンだった荒井由実の「ルージュの伝言」を聴き、私も大人になったらペン代わりに口紅を使うぐらい当たり前に持ち歩くようになるものなのだと思っていた。

大人になった今、気まぐれに話題のリップやグロスを買ってはみるものの、いまいちしっくりこず、すぐに化粧品のストックを入れたカゴの中にしまい込んでしまう。バッグの中には、バスルームで彼への伝言に使う口紅ではなく、会社で校正に使うフリクションの赤ペンが入っている。

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子供の頃、こっそり化粧台の引き出しを開け、母が使っていた資生堂の口紅をつけてみたことがある。うまくひけずにはみ出てしまった。毎日、口紅をきちんとひける母は、私にとって一番身近な「大人の女性」だった。

高校生になり、初めて彼氏ができて、メイクデビューをした。セブンティーンのコスメ紹介を見ながら、「肌水」でケアをした肌にともさかりえがモデルとなって売り出していたエルセリエのファンデーションを塗り重ねていく。眉墨鉛筆で安室奈美恵ちゃんみたいな細い眉毛を書き、まつ毛にファシオのマスカラを塗って、さあ、いよいよリップだ。上手くひけるだろうか。

キムタクが「スーパーリップで攻めてこい」と、顔を口紅だらけにして宣伝していたテスティモのリップをつけてみて、友達と顔を見合わせた。
「なんだか『演劇部の舞台裏』って感じじゃない?」
上手くひける・ひけないの問題ではない。誰にでも似合うと書いてあった定番カラーを選んだのに、まったく似合わない。まるで“おてもやん”だ。お互いの顔を見て、笑うしかなかった。
こんなに愉快な顔で彼氏の前に攻め出ていく勇気はない。

そのうち、一緒におかめ顔を大笑いしていた友もコスメブランドの販売員になり、スーパーリップで(ブランドはYSLだが)立派に勝負する女性になった。

一方で、相変わらず私は口紅で勝負できないまま歳を重ねていった。「真っ赤な口紅に、白いTシャツとデニムが似合う女性」に憧れていたこともあり、何度か赤いリップに挑戦してみたこともある。「私もやっと真っ赤な口紅が似合うようになったわ、」なんてつぶやいてみたかったのだ。
しかし「子供が母親の化粧道具を勝手に使っている」感じになってしまって、日常の顔にならない。なぜだろう。私こそがもはや母親なのに。

最近は、落ちても唇に色が残ると評判の「ティント」をいくつか買って挑戦してみたりしたが、つけたてと落ちた後の自分の顔になじめず、何度かつけてお蔵入りしていた。すぐに色なしのリップクリームに逆戻りだ。

口紅という武器をうまく使いこなせないことが、ずっとコンプレックスだった。

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先日、友達からKATEの「リップモンスター」をプレゼントしてもらった。
マスクしても食事をしても落ちない、コップにもつかないという評判で、どこのお店でも品切れ中のレアなリップ。興味があって何度か販売店を探してみたものの、商品の陳列棚はいつもからっぽで、一度も現品を見たことがなかった。お礼を言って、大喜びですぐにつけてみる。

鏡を覗いてみると、私も知らない大人の私がいた。

(とっくに大人なのだけれど!大人になってからもうかれこれ、20年ぐらいになるのだけど!)

鏡の中の自分は「ちゃんと大人の女性やってますよ」とでも言いたげな、得意げな表情をしている。

よく考えれば、リップを人からプレゼントしてもらったのは初めてだ。
今回もらったのは青みがかったピンクで、自分では絶対に選ばないようなカラーだった。唇と顔の血色目当てでリップを塗る人(私のような)ではなく、口紅が好きな人が選ぶ色、という感じ。

ああ、私はこういう色が似合う女だったのか。
こんな色が似合う年齢になっていたのか。

その後、しばらく食事をしながら話していたけれど、何度鏡を覗き込んでも私の唇の色は変わらなかった。すごい、本当に落ちてない。これなら、ギャップを気にせずつけていられる。

もはや革命ではないか、と思った。
どんな口紅にも戸惑い続けてきた私の唇に、今、革命が起きたのだ。
やっとここから、スーパーリップで攻めていけるかもしれない。


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