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Pアイランド顛末記

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かつて東京湾に浮かんでいた間抜けな島Pアイランド。島の住人の奇妙な日常を描いたSF小説。
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2016年7月の記事一覧

Pアイランド顛末記#34

★三日月の夜 茸堂の地下で、蛙じいさんが例の茸をのもうとしている。夕べ、大東京通りの上空で出会った、二郎と名乗る「意識」が残した言葉が気になって、少し緊張していた。小瓶のなかの最後の茸をのみこみ、ソファに横になった。
 目と目の間に次第にエネルギーが集中してきて、体が気体になるような感覚が襲う。蛙じいさんの魂はふわりとうきあがった。地下室の天井からしわだらけの自分の肉体を見おろし、じいさんは少し悲

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Pアイランド顛末記#35

★ダイビング
 チョコボール島から海にダイブする。ドボン。目のまえの泡が消えて無くなると、ふわふわした浮遊物が体にまとわりついてくる。そのなかを、ときおりぬるぬるした魚がただよう。海底までおりて目をこらすと、Pアイランドを支える鋼鉄の支柱が規則的に並んでいる。某大手造船会社が自信を持ってお奨めするこの海中構造物も今やぼろぼろに錆び付き、小さなフジツボや、巨大化したカキの仲間におおわれている。密生し

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Pアイランド顛末記#36

★交信
 ヘリポートに近い丘の上に二郎の家がある。プラスチックで出来たポストモダンな建築で、二郎が自分で設計した。遠くからみると、グリコのおまけのような妙なほほえましさがあった。
 屋根裏部屋は板張りのサンルームになっている。二郎はその中央に置かれたソファに横になって眠っている。黒いトランクスに上半身は裸。薄い胸には汗が光っている。ぼうず頭の色白の顔にサングラスが光った。

 眠りこんだ二郎の意識

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Pアイランド顛末記#37

★さとしの日記 9月8日(雨)
 店に二郎が来た。トランスミッターと、発火装置を買って行く。いったい何に使うんだろう。あんなに機嫌のいい二郎を見たのは久しぶりだ。
 発火装置は、F型より、Pの方が良いと思うんだけど…。まあ、二郎の事だから…。サーモスタットは、取り寄せることにする。

Pアイランド顛末記#38

★ステレオボイス 真っ赤なタイル張りの床。ピカピカ光っている。マルコムのウエスタンブーツが音をたててその上を歩いた。床いっぱいに散らかったウオッカの瓶。古い絵はがきやパンツ、ハイヒール、様々なゴミ屑が、とがったブーツの先に引っかかってはヒステリックに払い落とされる。マルコムは、またウオッカのグラスを空けた。もう何杯目なのかもわからない。そんなことはどうでもいい。これは祝杯じゃないが、その一歩手前っ

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Pアイランド顛末記#39

★さとしの日記 9月10日(雨) イオちゃんのライブに行ったら、別のバンドが出ていた。イオちゃん行方不明。家に帰ってから、イオちゃんの曲をDATで聞く。Tが最近凝っている易でイオちゃんの行方を占う。マダガスカルの湿地で白骨になっているとのこと。そんなバカな!

Pアイランド顛末記#40

★コテツ ゾウガメのコテツは、誰もいない部屋でぼんやりと瞬きをくりかえした。イオもヒロシもどこへ行ってしまったのか、もう2日も帰ってこなかった。リノリウムのキッチンの床を歩くと、ガタゴトと音がした。
 雨が降ってきた。レースのカーテンごしにコテツは雨のしずくをながめていた。飽きもせずに、瞬きもせずに。あのなかでイオに甲らを洗ってもらったらどんなに気持ちがいいだろう。イオはどこかに行ってしまった。で

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Pアイランド顛末記#41

★DHバー 深夜、二郎は大東京通りのパンクスのたまり場「DHバー」の奥にひとり座っていた。
 二郎の真っ白な頬が、人影を見つけてピクリと動く。二郎の協力者のひとり、アンドレだ。赤毛のもじゃもじゃ頭をゆらゆらさせながら、人混みをかき分けてやってくる。アンドレは、二郎に向きあうようにテーブルにつくとモスコミュールを注文した。

「二郎さん、ステレオボイスブラザースがやっきになってる。」
「ステレオボイ

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Pアイランド顛末記#42

★探しもの  ステレオボイスブラザースは、二人とも生まれてこの方、捜し物など一度もやった事がなかった。何かなくなれば、ママがすぐに新しいのを買ってくれたし、屋敷のなかで挌闘技ばかり習っていたふたりの兄弟にとっては、たいていのなくしものはジムのなかかシャワー室で簡単にみつかった。さもなくば、コーチに泣き声で頼めば何とか捜しだしてもらえた。その二人がボスから捜し物を頼まれた。しかも捜すのは女。彼らはマ

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Pアイランド顛末記#43

★さとしの日記 9月15日(晴れ)
 二郎が火薬を買い集めているらしい。今日は、アンドレとゲンが二郎の注文していたサーモスタットを取りにきた。二郎はいったいなにを企んでいるのか…。
 そういえば、隣の部屋に、マドリッドから来たというじいさんが引っ越してきた。陶芸家って言っていたけど、あのめつきは、どうみても落ちぶれたハ虫類屋ってとこ。まあいいけど…。彼の名前はミゲル。

Pアイランド顛末記#44

★クジャク クジャクが蛙じいさんを求めてしきりに鳴いている。蛙じいさんが死んで7日目。ローズ園芸パークの温室には、訪れる人影もなかった。クジャクは、時計草の花をついばみながらじいさんの現れるのをずっと待っていた。
 温室のすみで音がする。人の気配にクジャクは頭をあげた。しかし、じいさんの匂いじゃない。もっと甘くて、生き生きしている。クジャクはその匂いを胸いっぱいに吸い込んでぼろぼろの羽を広げた。

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Pアイランド顛末記#45

★うじ虫
 月のない空に、夜行性の鳥が短く鳴きながら飛んでいく。
 ゲンは曼陀羅を背にあぐらをかくと、深く目をとじた。
 ゲンの瞳の裏側に茸堂の地下で腐乱した老人の死体が浮かぶ。その喉元はざっくりと切り開かれ、どろどろの傷口には、小さな生まれたばかりのうじ虫が群れてゆっくりと波うっている。
 イオの絶叫が聞こえ、ヒロシが息をの飲む音が聞こえた。

 …じいさんの死体は、やっぱ早めに片付けておくべき

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Pアイランド顛末記#46

★さとしの日記 9月18日(雨)
 うわさによると新しいマルコム印が発売されるらしい。菌類系だとしたら、ちょっと苦手。合成アシッドの方がきもちいい。

Pアイランド顛末記#47

★手術  二郎のサンルーム。ぱらぱらと降りだした雨が、ガラス張りの天井にながれおちた。粘着質の雨がガラス天井を覆う。ときおり雷が光った。

 イオの頬にできた赤い湿疹。痛みはないが重いような熱があった。組織の一部を小さく切り取ったあとに、透明なばんそうこうが貼られている。心配そうなヒロシの顔がイオをのぞき込む。イオはドラッグを注射され、夢みる顔でソファによこたわっている。

 二郎は部屋のすみの顕

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