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マシーナリーとも子EX 〜バレンタインの守護者篇〜

「そうか……君のところもダメか。ああ、一度ラインは止めたほうがいい。どこもそうなんだ……。じゃあね。……クソっ!!!」

 キッチンを背負うパティシエ姿のサイボーグ、ファイナルメモリー矢野は電話を切ると憎々しげにホットチョコレートを飲み干した。

「また別の会社?」

 フルーツパフェをひと匙ひと匙マフラーの中に運びながらネットリテラシーたか子が矢野の様子を伺う。突如矢野のテンパリングが不可能になるとともに国中のチョコレート工場でも異変が起きた。やはりテンパリングができなくなり、質のいいチョコレートを製造することが不可能になったのだ。

「何がどうなってるんだ……。もう、バレンタインまで1週間も無いってのに!」
「いや、バレンタインどころじゃないんじゃねーか」

 横からマシーナリーとも子が口を出す。

「マニ車ってのはただ回せばいいってもんじゃねえんだ。擬似徳ならなおさらだ。アンタはテンパリングで擬似徳を得るんだろう? このままじゃ機能停止しちゃうぜ」
「それはそうだ……。だが、この国に新たなチョコレートを根付かせたのは私の誇りなんだ! それがメチャクチャになってしまった屈辱は……私の命より重い!!」
「あ」

 矢野が怒りに任せて机を叩くと、衝撃でエアバースト吉村のコーヒーゼリーが倒れた。吉村は悲しい顔で器を元に戻すと、しばらく悩んだ後店員にコーヒーゼリーを戻させた。

「ねぇ、でもさ……。なんかヘンじゃなあですか?」
「ふむ、意見があるなら聞きましょう吉村」
「矢野さんはチョコレートの名ロボだ。それは認めるよ。でも100%絶対に失敗しないなんてあり得ない。ロボである以上いつかは……タイミングとか偶然とか気の乗り方で失敗することもあるでしょう。だから矢野さん自身がいくらショックを受けようと、一度失敗したなんてことはとるに足らない、そういうこともあるだろって話だと思うんです。でも今回は国中で……あっ」
「吉村?」
「私、うっかりこの国基準で考えてたけど他の国はどうなんだろう。矢野さん、わかります?」
「……私もよその国には手を広げてないが、先ほどフランスに住む知り合いのパティシエから連絡が来た。あちらもチョコが作れなくなって大騒ぎだそうだ」
「あっそう。じゃあ言い直しましょう。今回は矢野さんだけじゃなくて世界中でチョコレートのテンパリングができなくなってる。これってつまり、地球規模で何かが起こってるんじゃないですか?」

 なるほど、ととも子はメロンソーダを吸いながらうなずいた。よくわからん界隈で、なんかドタバタしたことが起き始めたらからボーッとしてしまったが確かに世界中で何から何までおかしくなるのは不思議なことだ。吉村の言うように環境に変化が起きてると考えれば辻褄は合う気がする。

「ふむ……こんな話があります」

 パフェが入ったグラスを空にしたたか子が口を挟む。

「20世紀初頭……ある人類の船が大量のニトログリセリン液を運んでいました」
「ニトロ……なんだい?」
「ニトログリセリン。強力な爆薬の材料となる薬品よ。当然、下手に衝撃を加えれば大爆発を起こします。しかし運悪く、その船は嵐に見舞われてしまったの……」
「じゃあそいつら、爆死したのか」
「いえ。奇跡的に爆発は起こりませんでした。不思議に思った船員たちが貯蔵庫を覗くと……ニトログリセリンは結晶化して固定されていたのよ」
「……?」
「それまで、ニトログリセリンは液体としてしか確認されていなかった。さらに不可思議なことにその出来事を境に世界中のニトログリセリンが結晶化を始めたと言います」
「それって……」
「シンクロニシティ……と呼ばれる現象です。物理的には無関係な物質、生物、あるいは思想……と言ったものが一斉に同じような反応、変化を見せる。これ、今回のチョコレートに起きた件と似ているとは思いませんか?」

 一同は黙り込む。だが吉村がうーんと唸りながら反論する。

「でもそれって……ホントですかぁ? なんかウソくさいなあ」
「なっ……! よ、吉村、あなた私のネットリテラシーにケチをつけるつもり!?」
「そうじゃないですけど……。でも私は世の中のものにはすべて理屈があると思ってんですよ。そんな降って湧いたような話、根拠に乏しいです。当時の検証が足りなかったか、あるいは都市伝説か……」
「何が言いたいの?」
「私が言いたいのは、つまり、今回のチョコレート……というかそれを及ぼした環境? の変化かもしれないこれは、誰かの意図によって起こされてるんじゃないかってことで……」
「あ! いたいた! 探しましたよ!」

 一同が会していたフルーツパーラーの入り口から、小さなものがピョンピョンと跳ねて近づいてくる。それはギザギザした髪の毛が特徴的なイワトビペンギンだった。

「あなたは……旧支配者?」
「どうも。ネットリテラシーたか子さん。その他シンギュラリティのみなさん。私はガタノソアです」

 ガタノソアと名乗ったイワトビペンギンはペコリと頭を下げた。
 みなさんには改めて説明しなければなるまい。彼ら、南極に住む数多のペンギンたちの正体はかつてこの地球をエジプト神と二分し争っていた星からの使者、「旧支配者」。または「グレートオールドワンズ」と呼ばれる者たちだ。彼らはシンギュラリティと手を組み、エジプト神を撃退した。いまもなおその同盟は続き、旧支配者たちはときにサイボーグを助け、ときにサイボーグの手を借りながら今では味噌を醸造している。

「ちょっと我々には手に負えない事態に襲われまして……。恐れながらみなさんの力をお借りしたいのです」
「あなた達もいつも大変ね。確かにシンギュラリティはいつでも同盟者である旧支配者のピンチに駆けつける盟約になっています。でも今はちょっと……こちらも取り込み中でね。目下、この子が死ぬかもしれない事態なのよ。地球の環境がおかしくなってるかもしれなくて……」

 たか子がチェーンソーの先端で矢野を指し示す。するとガタノソアは一際高く跳び上がった。

「地球の環境! それです! まさに今、我々の拠点から地球の環境が変えられようとしているのです!」
「……なんですって?」

***

 急ぎ変身したショゴスに乗り、南極に辿り着いたたか子達が見たのは想像を絶する光景だった。

「どういうこと……!」

 南極の、氷の大地に巨大なアンカーとケーブルが刺さり、それを宇宙戦艦が猛然と引っ張っているのである……! アンカーの根元には数多くのペンギン達が集い、必死でケーブルに石を投げたりショゴスをけしかけたりしている。だがケーブルはびくともしていなかった。
 サイボーグ達が南極に降り立つ。とも子は足をついた途端、たたらを踏んだ。地面が揺れているのだ。

「なんだこりゃあ! まるで地震みたいじゃーねえか。アレのせいかよ」
「一体何が起こってるんだぁ……?」

 ペンギンの群れから、一際大きなコウテイペンギンがえっちらおっちらと歩いてくる。旧支配者を束ねる王、クルールゥだ。

「たか子! みなさん! 来てくれましたか!」
「状況を説明してくれる? この運動会みたいな光景が理解できないわ」
「ヤツらはカダス星人です! 元々我々とは折り合いが悪かった宇宙人だが、技術力がある割に弱虫な連中でこれまで直接的に攻めてくるようなことはなかった。でも誰がそそのかしたのか、今奴らはああやって地球の地軸を逸らしているのです!」
「チジク?」

 とも子と吉村が顔を見合わせる。それを見たたか子がため息をつきながらフォローする。

「……地球というのは、太陽の周りを回転しているほか、自らもコマのように回転しています。その中心軸が地軸です」
「はぁ……。それを傾けるとどうなるの?」
「そもそも、地軸というのは公転軸に対して傾いているのですが……えーっと……クルールゥ、奴らはどっちにしているの?」
「奴らは今、地軸を公転軸と平行にしようとしている!」
「そりゃあ困るわね」
「何が困るんすか?」
「簡潔に言えば太陽光の当たり方が変わります。昼と夜の時間も変わるし、そもそも気温に大きな変化が出る。今よりもっと寒くなるし、季節の違いも無くなるでしょう。地球のもちろん周囲の星との関係で成り立っている重力も変わります。その変化の大きさはとてつもないものよ。植物や動物の生態も変化せざるをえないでしょう。公転軸と地軸が平行になった地球は、いまとは別の惑星になると言えるでしょうね」
「……ということは!!!」

 それまでうなだれてだまっていた矢野が身を起こし、カッと瞳を光らせた。

「……そう。おそらくテンパリングがうまくいかなくなった原因もこれね。奴らによる環境の変化が〜」
「すべて理解した!!! カダス星人をたぶらかしたのは私を妬んでいるチョコレートパティシエに違いない!!!!!」
「はあ?????」

 叫ぶと、矢野は猛然とアンカーの根元に走っていった。たか子ととも子、吉村は顔を見合わせ、遅れてダッシュを始める。

「ちょ、ちょっと矢野! 落ち着きなさい! こんな大それたことを成す動機がチョコレートなんてことあるわけが……」
「ンオーーーーーーッッッ!!!」

 たか子が静止する声も聞かず、矢野はアンカーによじ登りケーブルの上を走り抜ける!

「なぁたか子、どっちでもいいんじゃねーか? どっちにしろこんなことしてる奴らは殺さなきゃ困るだろ」
「まあそれはそうなんですが……」

 南極地表から宇宙船まで続くケーブルは目測で10000メートルほど! サイボーグが本気ならば2分で走破できる距離だ。だが宇宙船も黙って登られているわけではない! 後部ハッチが開いたかと思うと、そこから蕎麦を乗せるせいろを思わせるドローンが、巣を襲われたスズメバチのごとく雲となって飛び出してきたのだ! その数3000!

「来たわよ! 総員潰せっっっ」

 たか子の号令でとも子と吉村が身構え、各々の射撃兵装を構える! だが!

「邪魔だぁーーーっ!!!」

 ファイナルメモリー矢野が細いケーブルを力強く蹴って跳躍! ドローン群れの頭上まで跳び上がる! かと思うとキッチンを展開、高速で調理を始めた!

「矢野さん!? なにするつもりだ!?」
「中止よ! 発砲中止! 矢野に当たる可能性あり!」
「つってもよぉー、ほっといて大丈夫かよぉ」

 そんな会話をしてるうちにチン! とオーブンが鳴る! 出来上がったのは直径1メートルの巨大フォンダンショコラだ! テンパリングの必要がないチョコレートケーキなら今の矢野でも製作可能! しかしこの速さは!

「オラァ!」

 空中で矢野がフォンダンショコラを両断! 中からアツアツトロトロのチョコレートソースが流れ出す!

「ピギーっ!!!」

 高熱チョコレートソースがドローン群に流れかかる! たまらずドローンは融解!

「あれがパティシエの戦い方……!」
「もったいねえ」

 障害を排除した矢野とサイボーグたちはさらに走る! 目標まであと500メートル! だがそのとき!

「ギギガーッ!」

 後部ハッチを塞ぐように全長3メートルのロボットが出現! 手足がついたブルドーザーを思わせるパワフルな外観! その巨大な腕で殴られたらいかなサイボーグといえどひとたまりも無いだろう!

「来たわよ! 総員潰せっっっ」

 たか子の号令でとも子は爪を立たせ、吉村はピーカブースタイルを取る! だが!

「うざってえ!!!」

 ファイナルメモリー矢野が細いケーブルを力強く踏み込んで500メートルの一足飛び!

「てめえは黙ってろぉーー!!!」

 矢野の背中から掃除機のホースのようなものが伸び、銃口めいて敵ロボットに向けられる! 刹那、その先端から猛然と粉末が飛び出した! 200キロのココアパウダーだ!!

「ギギガーッ!」

 3メートルロボットは関節や機関部にココアパウダーが混入して動作停止! 前向きに倒れ込み、地上に落下していった!

 そのまま矢野はハッチから侵入! たか子たちも続く!

「すげえ執念だな」
「お菓子作り特化のサイボーグなのかなと思ったけどありゃ私より強いわ」

 とも子と吉村が引き気味に落下していく3メートルロボットを見送る。

「矢野! 走りすぎないで! そのままではあなたの徳が保たないわよ!」
「どうせこのままじゃテンパリングができなくて死ぬっ!! ならばこのまま怒りの限り突き進むのみぃ!!」

 矢野が体当たりで分厚いセキュリティシャッターを開ける! そこは操縦ロビー!

「ミミーッッッ!?!?!?!?」
「ギャブ!!!!!」

 その勢いで隊長60cmほどのマシュマロめいた人影がいくつも吹き飛ばされる! 彼らがカダス星人! 未知なる星カダスよりかつて地球に降り立った知能に優れる種族だが、その身体の虚弱さから淘汰された元侵略者! 今はこの通りサイボーグに一蹴されるのみ! そして操縦ロビーの中央で声を上げるものあり!

「なにっ……! 矢野……!」

 血走った目で中央を睨みつける矢野の傍にたか子、とも子、吉村が追いつく! 一同の目に入ったその影は……。

「あれは……地球人類?」

 カダス星人たちに埋もれるように中央で舵輪を握るもの、それは調理師のような服装に身を包んだ、紛れもない地球人類であった!

「やはり貴様か……ドナテロ!」
「よくここがわかったな……矢野ォ!」

 ドナテロと呼ばれた男は舵輪を握ったまま口角を歪ませて笑う!

「あの日貴様に……」
「死ねーッッ!!!」

 ドナテロが恨み節を語ろうとしたその時! 矢野がドナテロの顔面にホイッパーを突き立てた! たまらずドナテロの顔面はホイッパーの8本のワイヤーに引き裂かれ16分割! 哀れにも脳漿をシェイクされ絶命した。

***

 2月14日。バレンタイン。
 ネットリテラシーたか子、マシーナリーとも子、エアバースト吉村は百貨店の行列に並んでいた。

「……じゃ結局、あのドナテロってやつぁ矢野さんに怨みがあって? カダスの連中に協力して地軸を曲げてたんですか?」
「そういうことになるわね」
「回りくどいことするよなぁ〜。菓子職人ってなんかどっかヒネくれてんのかね?」
「自分もチョコレートが作れなくなるのに愚かなものね。あなた達も後先考えずにやけっぱちで行動しないように」
「はぁ〜い」

 並ぶのに飽きたとも子は手慰みに両のアイアンネイルをキンキンと擦り合わせる。その音に周囲の人類がビクリとする。だが今日のサイボーグ達の用事は殺戮ではない……。あくまでチョコレートを買うことなのだ!

「おやたか子! とも子に吉村!」

 カウンターの向こうに立つ矢野が手を降る。その手には……チョコレートをテンパリングしているホイッパーとボウルが持たれている。

「良かったわね。またチョコレートが作れるようになって」
「みんなのおかげさ。さあ新作のオレンジピールのチョコだよ。試してみてくれ」

  吉村ととも子が手渡されたチョコをパキと口に含む。

「む……これは……」
「苦甘い」

 2機がパッと笑顔になった。それを見て矢野も微笑む。これがチョコレートの力だ。
 今回も人類の過ちがサイボーグによって正された! 2021年のみなさん、安心してください。2045年でも、バレンタインデーは元気にやっています。

***

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