リボルバー

 僕は少し早く海に着いた。友人を待っている。青いスカーフを広げたような空。早起きの花屋みたいな海。口笛を吹く。イエローサブマリンを歌う。優しい風が集まってくる。
 僕は海を駆ける。潮が引いて海は浅い。ずっと先まで進んでいく。耳を澄ませろ。海が言った、海が言った。シーセッド、シーセッド。
「死ぬって事がどういうものか分かる?」
 シーセッド、シーセッド。彼女は言った、彼女は言った。「現実ってものがうまく理解できていない見たいね」って。僕は言った。確かにその後、僕は言った。きっと何か言った。僕はまるで生きている心地がしない。
 波は高く、荒く、強く。頬を撫でる、沈黙を浸す、遠い部屋の孤独を醒ます。やがて、波の陰で僕はサーファーに出会う。下半身付随のサーファー。器用に波に乗るサーファーは言う。「太陽があるうちは笑わないとね」良い日、晴れの日。太陽は水平線と重なりセピア色を浮かべる。暖かな夕暮れ。良い日、晴れの日。
 サーファーは言う。「僕は波に乗って初めて足を得る。それで初めて0から1になる。地面に足がつくと熱いよ」まるで僕がなんでも持ってるような言い方。僕には何も無い。そこにあったモノ。確かにあったモノ。それは既に無い。
 海鳴り。彼女の優しい言葉が、まだ耳に残っている。彼女はもう、僕を必要としていないのに。波の音がして、彼女が目を覚ます。きっと……食パンを食べる。バターを塗って、蜂蜜をかけて、少しも慌てず1日を過ごす。彼女はもう僕を必要としていないのに。海鳴り。海鳴り。日はすっかり沈んでしまった。
 サーファーに別れを告げ、僕は海を後にする。結局、友人は来なかった。家路をたどる。とぼとぼと帰る。あたりは暗い。真っ暗に近い。足が痛い。海を駆けた時、貝殻で足を切ったらしい。
 赤い血。
 前進に痛みは伴う。すごく痛い。すごく寂しい。でも僕は歩くのをやめない。
 緩い丘陵でふと振り返る。先程まで僕がいた海が見える。こんな場所からも、それが見える事が嬉しくて、ついつい僕は笑ってしまう。海面に浮かぶ鋭利な月も笑っている。友人は来なかった。友人はみんな、僕のもとを去った。誰も周りにはいない。
 唯一の救いは、やっぱり君だろう。君という存在そのものじゃなくて、君の形をした何か。君じゃなくて、君を通り抜けたその先の何か。それを求めている。追いかけなきゃいけない。丘の上。相変わらず足は痛い。ぱっくりと足の底は切れている。深い谷底でまだ僕は生きている。君を、君を求めている。

 でも!!突然!!転機はやってくる!!
 君に出会えた!!やっぱり!!!
 足を切る必要があったんだ。必然的損傷。君に出会えた。君じゃなくて君。君の先にいる君。君を本当に必要としてたんだって気づいた。やっと出会えた。僕は優しく君を抱きしめ、君はそれに応える。やっと出会えた!!

 緩い丘を後に、僕らは月を目指す。君は言う「私の人生にはあなたが必要なの」さらに君は言う「たくさんの野うさぎに会いにいきましょう」僕は頷く。月は近い。月は近い。

 確かな浮遊。

 やがて月にたどり着く。空は青い。僕は言う。「これが僕らの求めていたもの」君は言う。「これが私たちの求めていたもの」
 たくさんの野うさぎ。月上は寒い。野うさぎは声をあげる。彼らは太陽を呼ぶために声をあげる。太陽がやってくる。それを、それを待ち伏せた月が喰らう。
 必然的暗転。突然の暗闇は過去の人々の視界を奪う。忘れていた人々。山奥の人々。山に季節は無い。彼らは現実とそれを繋ぎ合わせてしまう。それじゃダメだ。さらに、自分が正しいことを信じて疑わない。冗談じゃない。そんな彼らには少しばかり暗闇が必要だ。一度自分を見つめてみてよ、お願いだから、もう少し優しくなろうよ。
 暗闇は続く。
 周りにあるものは何一つ目に入らない。
 彼らに明日は来ない。
 踏切を渡る電車の汽笛は聞こえない。
 何もそこには無い。

 明日の事は分からない。それでも答えは存在する。きっとそこに存在する。考えを全て投げ捨て空虚を受け入れれば、そこに答えは存在する。売女を知ると良い。売女を抱くといい。愛とは知ること。愛とは知ること。無知や愛憎が、死を望むことに繋がるのだから。
 君は現実を追った。けれども現実は存在しない。現実は身籠らない。君は現実を追った。それなら身体を売ればいい、生活は少し楽になる。君の言う現実はきっとそこにある。愛を知るといい。愛を知るといい。目を瞑れば、危険は少ないのだから。
 全てはじまる。全てはじまる。存在の先に本質は存在する。それは始まる。それは始まる。明日が始まる。

 そこに君はいない。

 でも、僕はここを求めていた。

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