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閉塞的な夢のはなし(鍵のない夢を見る/辻村深月)

直木賞を受賞した短編集。
田舎で暮らす女性たちの悲劇を凝縮したような息苦しい物語ばかりで、タイトルとのギャップに驚いた。主人公は以下の通りだ。

・空き巣犯の母をもつ小学生と、その友達…『仁志野町の泥棒』
・合コンで知り合った男に放火現場で再会した女性…『石蕗南地区の放火』
・出会い系サイトで知り合ったDV男にのめり込んでしまった女性…『美弥谷団地の逃亡者』
・夢ばかり追いかける恋人に心をすり減らした女性…『芹場大学の夢と殺人』
・マタニティーズハイのあと産後うつになった女性…『君本家の誘拐』

これらの悲劇は特に田舎だから起きるというものではないが、架空の地名が連なることで、主人公たちの鬱屈や閉塞感が厚みを増すような印象をもった。
田舎の閉塞感は私もよく知っている。
自分の地元、そして祖母の住む街がそうだった。
誰かが結婚した、離婚した、就職した、転職した、出産した、病気になった、誰かの子供が受験に合格した、落ちた。他人の人生のハイライトが町中に拡散されるスピードは、スマートフォンなどなかったにも関わらず現代のSNSに近いものがあった。
有名大学に合格した私は知らぬ間にヒーローになっていたし、祖父の葬儀で出会った名前も知らない遠い親戚に、そのことを褒め称えられたりもした。他人の人生など、テレビドラマと同じ娯楽に過ぎないのである。

短編の中で最も印象的だったのは『美弥谷団地の逃亡者』に出てくる笙子という女性だ。笙子は短大を出て街の財団法人に就職し、結婚すれば退職が当たり前の職場で独り身のまま36歳を迎えていた。
コンパで知り合った消防団の男性に言い寄られるものの見た目も中身も受け付けないからとやんわり断り、「なぜこんな男しか寄ってこないのだろう」と嘆いていた最中、仕事で行った放火現場でその男に再会する。
「このエリアで放火をすれば私に会える、それを知っていてこの男が放火をしたのではないか?」
脳内でホラー映画のような考察が出来上がり、職場の後輩に共有する。笙子の読みは当たり、間もなく男は放火容疑で逮捕された。ところがニュースで流れた男の動機は「消火活動をしてヒーローになりたかった」というもの。
なぜ本当の動機を話さない?なぜ私の話をしない?後輩に「笙子さんが原因じゃなかったんですね」と言われるじゃないか!
笙子は怒り心頭に発する…という物語だ。

男の動機の真相は描かれていないが、「自分に会うために放火までした男がいる」ということが、ひっそりと笙子の自尊心を満たしていたことは想像に難くない。
噂好きな人たちは、自身が話題の中心人物となることを嫌がっているように見せかけて、心のどこかで歓迎する節がある。笙子もまた、自分の知らないところで語り継がれる物語を欲していたのだろう。

読み終えたあと、『鍵のない夢を見る』というタイトルの意味について考えた。
JーPOPの歌詞にありがちな「夢の扉」というイメージを当てはめるならば、その扉を開くための鍵がない=可能性がない、それでも夢を見ることを諦め切れない人の物語、といったニュアンスだろうか。

鍵のない夢を見る者たちは通常、鍵がないという事実に気がついていない。
それは、ある種のとても幸福な夢だ。

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