「人類を滅亡させるべきか否か」という問いについて、10人が議論する様子を描いた作品。それぞれ違った(そして極端な)価値観を持ち合わせた10人が、一瞬で人類を滅亡させる力をもつ魔王に命じられ、答えを出そうとする。
この設定だけ読むと荒唐無稽な感じがするものの、本気で相手を論破し合うハイレベルなディベートが延々続くので、めちゃくちゃ面白かった。これを一人で書き上げた作者、頭の中どうなってるんだ。すごい。
登場人物は以下10人。
はじめ、人類滅亡に賛成するのは、自分の人生が辛いブルーと、反出生主義者のブラックのみだが、ブラックがひろゆきばりにディベートが強いので、中盤では賛成派に寝返る人が現れる。
例えば世界を「ハエが浮かんだスープ」に例えるくだり。
終始こんな感じで議論を展開していくブラックを、レッドは虚無主義にすぎないと批判する。
ディべートでたまに現れる「そういう話じゃないんだよ」という奴、みんなこれか…。
私が言語化できなかった部分だったので、すごく腑に落ちた一節だった。
また、反出生主義について、賛成派のブルーは保護猫の例を挙げる。
野良猫を捕まえて不妊・去勢手術をして元に戻し、地域猫として世話をするシステムは、猫好きにも受け入れられている。なぜなら「野良猫は不幸だからいない方がいい」という価値観が共通しているから。
これに対し、人間は猫より知的に高度であるため、並列に語られるべきではないという反論が出るが、ブラックはここでも強く主張する。
現に「高度な知性をもっていること」を理由に、イルカやクジラの漁に反対する団体もいるという。(知らなかった…)
中盤から、議論は哲学に近い領域に入る。
特に「無」から「有」を生み出す罪という章は面白かった。
ここまでいくとブラックが正解か?人類滅亡という答えを出すのか?と思いそうになるが、後半で影の主役・グレーが現れる。
グレーは誰よりも哲学っぽい思想を展開するので少々分かりにくいのだが、結局、道徳は人生を豊かにするためのツールにすぎず、利己的に人生を楽しむことが「よい生き方」であるという、開き直りみたいな意見を述べる。
「子どもをつくるという娯楽が自分にとって楽しそうならそうする。自分がいま感じていることだけが世界で、全てはその中の登場人物に過ぎない」
そして最後、10人はひとつの意見にまとめるのではなく、それぞれが魔王に結論を述べ、魔王に選択をゆだねることに決める。結局、魔王はボタンひとつで人類を滅亡させるが、残された召使との会話のなかで、再び人類を創り出すと宣言する。
「なぜって?俺がそうしたかったからだ」と。
「なんだかんだと言ったところで、利己的であることが善と思うしかない」という、なんとも人間らしい終わり方だった。