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言葉に頼らないジャルジャルの言葉(今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は/福徳秀介)

酒も呑まずタバコも吸わず女遊びもせず、ひたすらコントを作り続け、コントを愛しコントに愛されたコンビ、ジャルジャル。遊んでなんぼの一般的な芸人像からかけ離れた彼らは、かつて芸人仲間からロボットだのサイコパスだのと揶揄されていた。日々YouTubeに一定のクオリティを保ったコント動画をアップし続けているいま、さらにロボット感は強まっているような気もする。
この小説は、そんなジャルジャルの福徳さんによる、コメディではない文学作品だ。

以前、吉本と文藝春秋がコラボした「文藝芸人」という雑誌で福徳さんの短編小説を読んだことがある。まず物語として面白く、そして台詞の随所に、おそらくは無意識的にジャルジャルらしさが散りばめられていたのが印象的だった。もし作者を知らずに読んだとしたら「この人ジャルジャル好きなのかな?」と思ったはずだ。

今作『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』は、大学生の恋愛の物語。舞台は福徳さんの出身校でもある関西大学で、友達を作ることが苦手な男女が惹かれ合うなかでさまざまな事件が起きるという、特段変わった要素のないストーリーである。
この作品で福徳さんが伝えたかったメッセージは、主人公・小西の祖母の台詞、そしてヒロイン・桜田の父の手紙に詰まっているように感じた。(それらの言葉の多くは、福徳さんの家族が実際に発したものなのだと思う。)

私は「幸せ」のことを「さちせ」、「好き」のことを「このき」と、読みます。それは、「幸せ」を少しでも早く伝えたくて、「好き」を少しでも時間をかけて伝えたいからです。

福徳さんはコントの中のキャラクター「チャラ男番長」として、ひっそりと、そして意外と長いことTwitterを続けている。重度の人見知りである福徳さんのパーソナリティを知っている私からすれば、もはや狂気さえ感じるキャラクターである。

この本を読んで初めて知った「さちせ」の由来。
あまりにも素敵で驚いてしまった。

この物語には何度か、数ページにわたる長台詞が出てくる。
誰かに話しかける、ただそれだけのことに途方もない勇気を必要とする不器用なキャラクターが、相手のリアクションなど眼中にない様子で、堰を切ったように話し出す場面。気迫に満ちていて、恐怖すら覚える。

福徳さん自身、彼女にプロポーズしようと高級レストランに連れて行ったものの最後までどうしても言い出せず、結局本人を目の前にしてLINEで伝えたと話していた。そんな感じできっといつも、黙っていても、頭のなかでは長台詞が渦巻いているのだろう。
人見知りで、不器用で、シャイな人だ。
だけどそれ以上に、言葉を大切にしている人なのだろうと思った。

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