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SFミステリと言う勿れ(ベーシック・インカム/井上真偽)

SFを軸に置いたミステリ短編集。
AI、VR、人間強化、遺伝子操作…と使われている技術が明らかなのでトリック自体に驚きはないものの、シンギュラリティ的に描かれがちなテクノロジーを”美しい謎”として仕上げる、読後感の良い物語ばかりだった。

中でも印象的だったのは、美しきAI保育士・エレナが、不倫を続ける児童の母に対峙する作品『言の葉の子ら』。人間に寄り添うAI・エレナの台詞が、詩的で美しい。

「言語化できない感情は心の澱となります。そうして積もり積もった心の澱は、やがて暴言や暴力といった形で発露します」

「言葉は複雑だ。異性への呼び名一つで、あらゆる感情や状況が様変わりしてしまう。その複雑玄妙な言葉の申し子がまさに私たちなのだとしたら、そして言葉に人間を変える力があるのだとしたら、私たちにもまた人間の問題を解決する能力が備わっているのではないだろうか」

「もし人が人への愛情を失うというなら、その愛情を取り戻す方法をともに考えよう。だが、彼女にはー固い殻に閉じこもる雛のように私を拒絶する母親には、そういった私の思いはまだ届かないに違いない。だから私はじっと待とう。彼女の準備が整うまで。彼女が私と、自分の弱さを受け入れてくれるその日が来るまで。人とともに、人の不完全さに寄り添いつつー」

未来がこうだったらいいのにね、と願うばかりの物語の数々。
しかし最後の『ベーシック・インカム』で、おそらくは著者自身と重ね合わせたのであろう主人公の言葉によって、その意図が明かされる。
この構成も素晴らしかった。
この小説にはきっと、King Gnuの『カメレオン』が似合う。

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