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まなざしの違い(世界をこの目で/黒木亮)

バンカー、証券会社、商社と世界中を飛び回りながら会社員時代を過ごし、現在は専業作家となりイギリスで暮らしている黒木氏のエッセイ集。
サハリンやマダガスカルといったマニアックな国々での冒険譚から、著者の生い立ちに纏わるエピソード、小説家の舞台裏までテーマは多岐に渡るが、著者の小説を読んだことがない私でも十分に楽しめる内容だった。

海外冒険譚といえば、沢木耕太郎の『深夜特急』が真っ先に思い浮かぶ。あの作品の臨場感は凄まじく、自室で読むだけで著者の旅を追体験しているような気分になるし、読後は無意識に次の旅先を検討してしまう。まさにバックパッカーのバイブルと呼ぶにふさわしい。

一方で『世界をこの目で』は、著者の一歩引いたまなざしが印象的だった。冒険譚につきものの誇張や煽り、感傷といった要素が一切なく、ありのままの現実が淡々と綴られている。
後書きによると、著者は
”金融マン時代は借り手本人と彼らが住む国を、作家になってからは取材対象やその場所を、「必ず『自分の目で』虚心坦懐に見て、真実に一歩でも近づくこと」を心がけている”とのこと。
なるほど、と思った。

一人で海外を放浪することを「自分探し(笑)」と揶揄されることは多々あって、実際、話し相手のいない膨大な時間の中で、人は自分と向き合わざるを得ない。
それでも黒木氏が徹底して外に意識を向けられるのは、海外生活の長さによる「慣れ」と、見たもの全てが小説のネタになり得るという職業柄、取材目線が染み付いているからなのだろう。

著者の生い立ちには何の興味もなかった(失礼)ものの、生後7ヶ月で養子に出され、実父と邂逅するエピソードは衝撃的だった。大学時代、当時まだ何も知らない彼は箱根駅伝にも出場した長距離選手だったが、後に、実父がかつて明治大学競走部の主将で、箱根駅伝で優勝のテープを切った人物であると知る。
(そんなドラマのような話でさえ、このエッセイの中では低温調理で差し出されている。)

慣れによる精神的余裕や、年を重ねることによる思考の成熟を経て、人の意識は徐々に外に向くものなのだろうか。
久々に一人旅がしたくなった。

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