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郊外のパラサイト(あなたにオススメの/本谷有希子)

人々がICチップを体内に埋め込む未来の没個性社会を描いた『推子のデフォルト』と、川沿いに立つマンションの1階と11階に住むふたつの家族を描いた『マイイベント』の2作品が入った中編集。

『推子のデフォルト』
同じ幼稚園に通う子供をもつ推子と「こぴくんママ」。
その時代、人々は幼少期から体内にI Cチップを埋め込まれ、スマホのような端末をもたないことが当たり前となっていた。

「好き嫌いの感覚はシアワセフシアワセの基準を生むから取り除いていきましょう」「違いは全ての不幸の元。始めから違いがなければ戦争も起こらず差別も生まれない。全員がシアワセになる」という思想のもと、個性を徹底的に排除しようとする幼稚園の方針に従順な推子だが、一方こぴくんママはただひとり疑問を抱き、スマホを持ち続ける古風な母親だ。

体内に埋め込まれたチップが、脳に直接「あなたにオススメの」音楽や動画を流してくれる(人は会話をしながらそれらを操作している!)時代、推子は既存のコンテンツに飽き飽きし、自分と異質な存在であるこぴくんママを"生のコンテンツ"として楽しもうと近づくが、こぴくんママも徐々に洗脳されていって…というお話。

Amazonで何か買い物するたび、Netflixで何か映画を観るたびに更新されていく「あなたにオススメ」。そこから選び取ったものは自分の好みを反映していることが多く、レコメンドの精度は日に日に上がっていき、何の苦労もなく自分に合ったものだけを選べる便利な時代である。
けれど、我々が「自分で選んだ」と思い込んでいるそれは、本当に自分で選んだものなのだろうか?
ささやかな意思決定さえも、本当は機械によって操作されているのではないか?
どことなく村田沙耶香っぽい近未来の設定ながら、私が日頃感じていた恐怖が描かれていてドキッとさせられた。

『マイイベント』は、マンションの1階で工事の騒音や粉塵に悩まされる家族と、1階より360万円高い11階で、富士山を眺めながらセレブを気取る家族を描いた物語。
ある日、台風によって避難勧告が出されるような川の氾濫が起きて、「ペットのウサギを避難所に持ち込めないから」と1階家族が11階家族の家へ避難しにくる。
日頃から下の階の住人を見下している性悪な11階の夫・渇幸は、1階家族を早く追い出そうと彼らのウサギを隠すなど試行錯誤するのだが、渇幸がウサギを隠していると勘づいた1階家族の静かな応酬劇が始まる。

ふたつの家族の格差、というと韓国映画『パラサイト』を彷彿とさせるが、ここで描かれる格差は郊外のマンションの1階と11階という、全く大したことのないもの。
なのに、渇幸が鍵をかけた部屋にウサギを隠しながら、そこにいる誰もが何も知らないフリをしながら食卓を囲み焼肉を食べるシーンの緊張感がすごい。
小さな格差で我こそ勝ち組とふんぞりかえる渇幸は側から見れば滑稽だが、物語全体を通して漂う緊張感に没入し、最後は一気に現実に引き戻される、短編映画を観たような気持ちになる作品だった。

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