『赤の交差点』ジャンル:恋愛

晴美はひどく憂鬱だった。
大学を卒業した彼女は、長年付き合っていた恋人の正俊と結婚を考えていた。
だが人生とは思い通りにはいかないもので、彼女が卒業すると同時に正俊は100キロも離れた場所への転勤が決まり、引っ越してしまったのだ。その上、今日は夜勤だから電話もできない。彼女にとって遠距離恋愛は苦痛でしかなかった。
「もっと近くなら良かったのに。最近は連絡しても反応薄いし」
彼だって忙しい。わかっていてもつい愚痴がこぼれる。
彼は大学の先輩で、とても優秀で気配りのできるスポーツマンだった。頼れる部活の先輩で憧れの人。それが晴美にとっての正俊だった。
「あの人はグイグイ引っ張ってくれるタイプだったのに、将来の話になると逃げ腰になるっていうか、話を逸らすんだよね。本当に将来のこと考えてくれてるのかな」
「男ってそういうもんじゃん」
友人の由恵は適当に答える。散々彼女の惚気話を聞かされてきた由恵は、この手の話に少しうんざりしていた。
「せっかく休みに遠出したんだからさ、そんな辛気臭い顔しないでもっと余韻に浸らせてよね。あ、喉乾いたからコンビニ寄るね」
由恵は不気味なほど薄暗い、少し古びたコンビニに車を停めた。
「ずっと運転させちゃってごめんね。私、なんか奢るよ」
晴美がそう言ったとき、背後からけたたましい高音、空気が揺れたと錯覚する程の衝撃が辺りに響いた。
「交通事故だ」
傷病者が無事か確認しに向かう由恵と、怯えながらついていく晴美。携帯で救急車を呼ぶ人。事故車から出てくる青年。もう一つの大破した車からは赤い液体が流れ出ている。平和な田舎道が非日常に侵食される中、晴美はただ傍観者であった。
不安を駆り立てるサイレンに包まれながら、救急車と消防車が到着した。
数十分後、原型を留めていない車から救助された血塗れの男女を見て晴美が呟く。
「どういうことなの」
晴美はその状況が理解できずにいた。車から救出された男は、間違いなく恋人の正俊だった。隣の女は誰かわからない。正俊も女も
意識がなく、すぐに救急車に運び込まれた。
今日は仕事じゃなかったのか。あの女性は誰なのか。そんな疑問すら浮かんでこない。赤色灯で照らされた辺りの風景とは対照的に、晴美の頭は真っ白だった。
離れていくサイレンの音が、晴美の心に暗く、深く、重く響き渡っていた。

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