見出し画像

No.2 せかいをのぞく

10歳の誕生日には顕微鏡を、
11歳の誕生日には天体望遠鏡を、
12歳の誕生日にはカメラをもらった。


誕生日のプレゼントは予算内で希望を伝えておける。本格的なカメラを欲しがった私は両親に価格交渉をする。
(何と可愛気の無い子供だ!)

しかし12歳の子供に大きな予算は与えられない。
どうしてもカメラが欲しい私は
「27枚撮りの写ルンですを12個ください」という。

そうして12歳のわたしは、せかいを "324回" きりとる力を得た。
学校には持っていけないので、1年かけて家族を記録し始める。

大興奮した私は早くに324回を使い果たした。
でもその興奮は、そう長くは続かない。


中学生になった私の興味は簡単に移り変わる。
憂鬱と苦悩に満ちた、曇天のような時間が流れていった。

大人になればそれが思春期であると知る。
でも当然、中学生の私にはそんなことは分からなかった。
自分のことを必要以上に寂しく、残念におもってしまう時もある。

仮想現実の世界、終電後の繁華街、真夜中の地元周辺。
わたしは迷い歩いたあの日々の中で、なにをみていたのだろうか。


学校をサボってよく昼寝した河原で、
広い空の下を走る阪急列車を、
ただぼんやりと眺めていた。

遠目に観れば悲しくて、
時間を超えて観れば痛ましいけど、
それでも愛したいような、
そんな日々が流れていった。

ただ河原から眺める空と列車だけが、
ずっと忘れられないほどに美しかった。


15歳。
青春時代にとって時は優しく、
寂寞の日々は願わずとも去っていった。
私は光を取り戻した。

青春の記憶はいつも初夏のようで恥ずかしい。
そのとき出会った彼女もまた、阪急列車に乗っていた。

真夜中が中心の生活も終わり、
私は物理的にも光を取り戻した。

その年の誕生日プレゼント、
私は3年ぶりにカメラを望んだ。
小さいけど、もう使い切らなくて済むデジカメ。


無我夢中で世界を撮った。
仲間、彼女、家族をふたたび、花や空や電車。
色々撮った。

机の引き出しは現像した写真で一杯になった。
溢れかえった写真で、部屋の壁を飾った。

だけど久しぶりに手にしたカメラは、
1年足らずで壊してしまい、
私はそれを修理しなかった。


おわり

#随筆
#誕生日
#カメラ
#宇宙
#花
#空
#列車

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?