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15歳の娘が男だと言い出した。(その7)

二人無言のまま、車に乗り、エンジンをかけた。

Sも私も、
何も悪いことなんてしていない。
だけどなんでだろう、この妙な後めたさと、そしてどうしてか、とっても恥ずかしいという気持ちに苛まれ、言葉が出ない。
母親の直感、さっき感じた、何かが起きているという感覚と、
車の中だというのに、購買部の女性達の視線が、未だに絡みついているような感じがして、一体、何から話したらいいのか、混乱していた。
Sちゃんに、聞きたいことは、山ほどある。
でもそれを今…投げて、いいのだろうか。。。
まだ15歳になったばかり。大人でもなく、子供でもない不安定な時期。
この娘が、もし、ぎりぎりの精神状態で、踏ん張っているのだとしたら、
投げかけるのは今ではない気がしていた。。。
自分の不安な気持ちを吐き出すのは、この娘にではないはず。
旦那で十分だ。
いや、でもタイミングってーのも重要だよな、やっぱり、今なのかな…、
なんて、ぐるぐると答えが出ないでいた。
(切り替えなきゃ!)

「とりあえず、ドーナッツでも食べて帰ろうか。」

昔から、何かあると、一緒に甘いものを食べて気晴らしをする習慣が、
私たちにはある。
Sちゃんも、ママも、大好きなあのドーナッツ屋さんに行こう。

私自身が、家庭のこと、仕事のことで凹んでいると、Sちゃんは、パパにおねだりして、二人内緒でよくドーナッツを買ってきてくれることがある。
それは、「まま元気出して」、「ままごめんね」のメッセージとして、受け取ってきた。元気もたくさん、もらってきた。
だから、もしかしたらSちゃんは、「さっきの買い物」が、ママにとっては凹む出来事だと思ったかもしれない。少しあっていて、でもけっこう違うんだけれど、そう思ったのなら、それでもいいや。

このまま家に直帰したら、彼女は、部屋にこもってしまうに違いない。
S奈ちゃんといた時に見せてくれた笑顔に戻ってほしい。引き攣った表情のまま、部屋に籠らせてはいけない気がした。

ドーナッツを頬張るたった10秒間だけでも、「美味しいね!」ってお互いに笑顔で言える時間を持とう。こんなことしか、思いつかなかった。振り返っても、ほんと、情けない親だな、わたし
私の提案に、無言のままのSちゃんだったが、
反論がないということはOKだと思おう。

自宅とは反対側に、ハンドルを切る。
夕焼けに照らされたSちゃんの顔が、バックミラー越しに見えた。
外を眺めているその横顔は、ひどく悲しそうにみえて仕方がなかった。


続く


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