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不定期連続小説「ひっぷほっぷ」第一話


白と赤の光しかほとんど存在しない深夜の国道23号線。そこは彼らにとって高速道路だった。

田舎にかかる通称23号は知立市と西尾市、安城市、豊川市をつなぐ西三河の主要道路だ。

深夜1時。この時間になるとほとんど車はトラックばかり。そんな三河の生活を支えるトヨタ関連のトラックを横目に二人の男はほとんど会話もないまま家に帰っていた。

三河人の誇り世界のトヨタが誇るハイブリット車プリウス。こいつは燃費がいいだけではない。結構走る(速く)。普段よりも判断力が落ちていることなどお構いなしに運転手はハイビームで地元へトラックをかき分け車を走らせていた。


キムという男


皆が想像するいわゆるヤンキーの茶髪に、少し浅黒い肌。ちょっと釣り目で破れた学校のジャージをまとっている彼の名はキム。ジャージがオーバーサイズなのは当時からなのか近頃瘦せたからなのか。まともに行かなかった高校で買わされた服の有効活用だろう。彼はほぼお決まりでこの服を着ていた。

真っ黒な愛車に名はまだない。金輪際つける気もないだろう。

塗装の仕事用具で溢れた仕事兼用のこの車は実にシンナー臭く、素人が窓を閉めて乗っていたら10分と持たずに気持ち悪くなってしまう。慣れている彼らは冬だろうが窓を全開で換気し暖房をフルでつけるというなんとも地球環境に悪い乗り方をしていた。

しかし今は帰り道である。車内の様子は普段と違った。

プリウスの車内を満たす香りは、ほんのり甘くどこかシトラスで時折鼻を刺した。しかしその匂いは攻撃的なものではなく彼らはその香りに酔っていた。


「”シグナルテレグラムスカイフォンウィーチャット証拠が消えるピーーー♪”やばぁくないすか?」


口ずさみながら話しかけるキムの顔は楽しそうで、行きの道中、

「まーじ社長が明日の現場遠いところにしてむかつくんですよー」

などと話していた内容などまるで忘れ、明日など存在しないかのようだった。



20歳。成人式で暴れるヤンキーとは訳が違う。彼は成人式などそもそも行ってもいないし今となっては目立つことなどしたくない。

学校、町、家族、行事という行事からは無縁。集団で暴走をしたり、喧嘩をしたりそんなこともあったが彼はもう大人だった。

地元の先輩が営む塗装屋で働きながら夜には車を走らせ笑顔で家に帰りnetflixでアニメを見る。

15の時自分が思い描いたものとは異なる20歳のキムはいつも通り枕を背に、

思い描いた通りの人生を歩む人などいったいどれほどいるのだろうか。想定の範囲に収まる人などいったいどれほどいるのだろうか。

そんなことを考えながら、どことなく見ていたアニメの流れる携帯画面を乾いた目で眺め彼は笑ったと同時にひどく咽たむせ。時計の針が午前3時を回る頃には蛍光灯が照らす明るい部屋には、誰がヒロインかもわからぬ女子の声に混ざり時折寝息がしていた。




キムの休み


「のどいったっ・・・」独り言とともに目覚めてまだいまいち機能しない目はそのままに、手の感覚だけでソファの隙間からスマホを探しだし眼前に取り出した。一瞬寝坊したか?と疑ったがすぐにそんな疑念は消し飛んだ。9月10日(日曜日)午前11時。今日は休みだ。しかも午前中に起きれた。最高じゃないか。心の中で歓喜した。この喜びを早く身体全身で感じなくては!!

仕事がある日は体がなかなか起きないものだが、休みとなると話は変わる。すぐに体を起こし灰皿のあたりに目をやる。パチンコ屋の北斗のライターの隣に黒色の愛くるしい姿!あった!ガラスパイプだ。

昨日帰ってきて詰めたネタがまだ焦げたまま残っているのを確認してそのまま北斗のライターではなく、しっかりとターボライターを選んで手に取り勢いよく火をつけた。

すぅっと大きく吸い込んで肺の下のほうへできるだけ煙を押し込んだ。

3秒いや5秒、いや10秒呼吸を止めて・・・無理だった。8秒くらいのところでゲッホゲホゲホッ大きく咽こんだ。こうなったらもう一緒だ。

俺は慌てない。咽るものは仕方がない。ゲホゲッホ・・・抵抗はしない。が、苦しい。。ゲホゲホッ

30秒ほどむせ返したところでやっとその拷問から許された。ふぅっと大きな深呼吸をして、少し額に汗を感じながら軽い高揚感を感じていた。

「のどいたっ。。」そういえば起きた時から喉が渇いていたのを忘れていた。テーブルの上にあるペットボトルの水を右手でとって一気に500ml飲み干した。「みずうまっ!!」ひとりでCMのように大きな声で水の感想をいってびしょびしょの口元をTシャツの袖で乱暴に拭った。拭き取れてもいなかったし、袖も濡れたけどとりあえず満足だった。

腹が減ったしマックいこうかなぁ。昼からも特に予定のない俺はパイプにまた火をつけ2、3回それを繰り返していた。

ソファが体を包み込んで次第に部屋の静けさも綺麗だが、休み気分な音楽が聴きたいなぁなんて思い始めたころだった。

しまった!!

飲み物を飲み干したのを忘れていた。

仕方がないので重い腰を上げ、冷蔵庫へ向かうがその道のりは遠い。いや遠く感じるのだ。覚悟を決めて1歩2歩・・・あれ?今日は結構冷蔵庫近いぞ!などとしょうもないことに嬉しくなりながらもたれかかるように冷蔵庫を開けるとコーラがそこにはあった。なんと!!

昨日の俺はセンスがいい!!二重の幸せで気分は最高潮でソファへ戻り、一度落ち着こうとタバコに火をつけた。煙を吸い込むたびになんでもないようなことに幸せを感じまさにロード状態。iphoneからはリッキーがイカした声で「俺は俺だ。誰でもねぇ。」とお前は誰だと俺に問いかけていた。

ウィンストンのバニラのほんのり甘い香りを含む煙が窓から差し込む光に照らされていつもより白く夏の積乱雲のように見えては消えた。

なにしたらおもしれーかなぁ。別に仕事頑張りたいわけでもないし、やりたいことがあるわけでもない。とりあえずウシさんに電話するかぁ。ってまだ早いな。夕方かけよっと。

いつの間にか俺の体はソファに沈みこんで、ずっとやってる携帯ゲームをなんとなくやっていた。部屋には東京ハスラーが流れていた。






第二話「まさとのある日」はこちらで公開中

*この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。






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